第28話【未来への誓い】
「終わったな」
会議が終わって、王族や貴族達がそれぞれ会議室を後にする。
俺も会議室へ出ると、緊張が解けて安堵感が身体を包んでいく。
大きく息を吐いて、さっきまでの重さを身体から出していった。
「二人の婚約者が認められるなんて」
「これから大変になるぞ」
廊下で貴族達がひそひそと噂話をしていた。
「婚約の問題は解消した。あのお二人ならお似合いだろうな」
「そうかもしれない。無事に婚姻まで進めるだろうか」
「再び破棄なんて事にならないといいが」
賛同する意見や懐疑的な意見が飛び交っていて、評価は分かれているみたいだ。
当然だろうな。
ユリアナ嬢とクレア嬢を選んだから。
ただ、俺への視線は冷たいものから畏敬の念を覚えたものであった。
「これで、やっと始まるな」
俺は少し前に出た二人にそう言葉を告げる。
「ええ。これからですわね」
笑みを見せながら、頷くユリアナ嬢。
「おめでとうございます、殿下」
軽く拍手をしながら、はにかむクレア嬢。
俺は廃嫡の危機を乗り越えたのであった。
「さて、本日は失礼いたしますわ。再びよろしくお願いいたしますわ」
「ああ」
ユリアナ嬢は微笑みを見せながら、王宮を後にした。
「私、今日の分の残った書類を片付けてきますね」
続いてクレア嬢も、先に執務室へと向かっていった。
にっこりとしたまま廊下を歩いている。
「殿下、お疲れ様です」
レーナが駆け寄ってきた。
会議には参加していないが、気になっていたのだろう。
「ありがとう」
笑みを見せながら彼女に返事をする。
「無事に終わりましたか?」
心配そうにしながら、会議の結果を確認してきた。
「ああ。無事に終わったよ」
俺は簡単に返事をする。
すると、レーナの目には涙が浮かんでいた。
「良かったです。これからも支えられるんですね」
「そうだな。俺だけじゃなくて、二人ともな」
ハンカチを差し出しながら、決まったことを説明していく。
「ユリアナ様とクレア様もご一緒になられるんですね」
涙は浮かんだままだが笑顔を見せて、嬉しそうにしていた。
「そうだ」
軽く頷いて、肯定する。
先に戻っていった二人の顔を思い出した。
「おめでとうございます!」
祈るように祝福の言葉を。
「私、先に戻っていますね」
レーナはカーテシーをして、この場を後にした。
俺は彼女の後ろ姿を見ながら、俺は廊下を歩いていく。
「さて、ウール氏に報告書を送らないと」
独り言のように、レーナは呟きながら歩み去った。
「レオポルド殿下」
少しして俺を呼ぶ声がして振り返ると、先に会議室を出ていったオリエッタ嬢が立っていた。
もう帰ったのかと思ったが、残っていたんだな。
「オリエッタ嬢」
会議にて廃嫡の議題は却下された。
王太子妃になる願望は潰えたのだが、彼女は何を思うのだろうか。
「少々お話し、よろしいかしら?」
敗れたものの、気品さはそのまま。
「ああ」
頷きながら、庭園に面した回廊で話すことに。
夕焼けが庭園の奥の空を染めている。
「ユリアナ様とクレア様のお二人と結ばれるで確定でよろしいのですね」
オリエッタ嬢は微笑みを見せ、扇子を半開きにしたまま、胸元に持っている。
「そうだ。あの後、すぐに会議は終わったからな」
肯定の返事をして、オリエッタ嬢を見つめた。
少し息を吸い込んだ後、ゆっくりと息を吐いて彼女も俺を見つめる。
「今回は私の負けですわ」
少し間が空いた後、ぽつりと口から漏らした。
敗北を認めながらも、落ち着き払っていて、寂しさは見せていない。
オリエッタ嬢は庭園の方を見て、再び言葉を続けた。
「ですが、私の信念が間違っていたとは思っておりません」
「分かっている。君が国を想っていたことは」
王太子妃や王妃になろうとしていた事、それだけが目的ともいえない。
それだけだったら、アルマータ派の貴族達が味方になるわけはないのだから。
「ええ。だからこそ、殿下の治世を見届けさせていただきますわ」
何かが落ちたように優しい笑みを見せている。
恨みなどの目は一切無い。
「私は王妃になりたかったのですわ」
オリエッタ嬢は軽く息を吐き、庭園の花を見る。
「それは栄誉のためではありません。この国を、より良い場所にするために」
この一瞬だけは見ているのは花だけではなく、王国全体を見ているようだった。
「レオポルド殿下であろうと、ペテル殿下であろうと構いません。私が支えることで、国が繁栄するのであれば、それが最善と考えております」
最善か。
婚約者が不在だったから、王太子妃になれるチャンスだと思ったのかもしれないな。
「ユリアナ様やクレア様のように、誰か一人を愛することはできないかもしれません。ですがーー私はこの国を愛していますの」
軽く俯いて、言葉を続けていく。
「後付けだったとしても」
そう付け加えながら、俺を見つめる。
「いつか。私はペテル殿下と共に、国を支えますわ」
扇子を閉じカーテシーをして、ゆっくりと歩いていく。
「ああ、期待している」
そして振り返って、再び言葉を。
「頑張ってくださいませ。レオポルド王太子殿下」
夕焼けに輝くオリエッタ嬢の表情は、綺麗であった。
「殿下、陛下が執務室でお呼びです」
レーナが再びやってきて、俺を呼んだ。
回廊を後にして、陛下《父上》の謁見室へと向かうことにした。
*
【クレア視点】
書類の整理を行って、ふと私は窓から見える夕暮れの景色が目に入った。
こんなに綺麗だったなんて。
いつも見ているけれども、今日はより美しい。
「私、ハッピーエンドになったんだよね?」
自分に問いかけた。
神様がいるわけじゃないから、返ってこないんだけど。
でも実感できていた。
私はハッピーエンドを迎えているって。
『恋と王冠とティータイム』のハッピーエンドとは違っているんだけど。
だって、私だけじゃなくて悪役令嬢《ユリアナ様》も結ばれているんだから。
「これで良いよね」
ユリアナ様を破滅させなかった。
土下座を指摘して、転生がバレる。
王太子《殿下》を講習という名のサポートして、王太子がユリアナ様に正しい謝罪をする。
仮の婚約をして、猶予を伸ばす。
手強いライバルのオリエッタ様に勝てた。
ユリアナ様と私が同時に結ばれる。
どんなルートなんだろう。
前世でこんなルートで遊んだことなんてない。
王太子ルートだったんだよね。
改造でもしたのかな。
だけど面白いルートだったかもね。
「でも、これからゲームから完全に外れていく」
どうなるか分からない。
まあ、|ユリアナ様が婚約破棄した《あの》日から、ゲームとはズレていたけれど。
一度は私、ハッピーエンドが燃えたと思っていたのに。
ヒロインじゃなくて、モブに堕ちていくかなと。
でも燃えた先に、本当のハッピーエンドが出てきた。
だからこその、今。
「現実はもっと大変になりそうね」
ハッピーエンドのその先は、どれだって現実が続いている。
ゲームでは語られなかったけれども、その先はあるはず。
むしろこれから、”ゲームと同じだった”という道案内が一切無い状態で進まないといけない。
面白いかもしれないし、つまらないかもしれない。
それは実際に見ないと分からない。
だけど、これからも私はレオポルド殿下を支えないと。
私のハッピーエンドがここまでだったとしても。
それが私に与えられた現実なのだから。
いえ、私だけではない。
ユリアナ様と一緒にレオポルド殿下を支える。
共に婚約者であるのだから。
「今日の仕事はこれで完了」
書類を片付け、ゆっくりと息を吐く。
私は文官室を後にした。
ちょっとだけ、絵でも描こうかな。
*
【ユリアナ視点】
「今日の王都もいつものように、終わる」
屋敷に戻り、窓から王宮の方向を見た。
空は橙色から藍色へと染まっていく。
「わたくし、また婚約者に戻ったのね」
現実なのだけれども、少しだけ夢のようだった。
いえ、昼の会議においてオリエッタ嬢に話した言葉だって、はっきりとわたくしが口に出しているのは覚えている。
それでもわたくしは数ヶ月前と同じ、再びレオポルド殿下の婚約者という立場に戻っていた。
だからこそ、夢だって思ってしまうのかもしれない。
ですが、数ヶ月前と異なることがある。
「クレア嬢もご一緒に」
殿下の婚約者はもう一人。
クレア・ユングホルツ嬢も。
シュナイエ王国の歴史において、ほぼ前例の無い出来事。
わたくしはどう振る舞えば良いのかしら。
ただ、他国においては複数の婚約者や妃を持つのは、あり得る話。
それを学びながら、動くべきなのでしょうか。
まだまだこれからですわね。
「殿下、今度のわたくしは完璧じゃないかもしれません」
好きだからこそ、完璧になろうとしても不完全なものになってしまう。
無理矢理取り繕うとすれば、余計に完璧じゃなくなる。
ならば、不完全なことを理解して動くしかない。
「わたくし、殿下を愛していますわ」
王太子妃になるものとして、わたくしは現実に向き合う必要がある。
この先のシュナイエ王国のために。
覚悟は決まっています。
完璧じゃないから、クレア嬢と共に補いながら動く。
わたくしとクレア嬢、共に支えれば国はより良いものになる。
そう信じています。
「さて、ペンはありますわね」
わたくしは机の引き出しからスケッチブックを取り出して、絵を描き始めた。
*
回廊から謁見室へ向かう途中、俺は色々と考えていた。
頭に浮かぶのは、ユリアナ嬢とクレア嬢の顔。
「俺は二人を選んだ」
それは大きな結果になろうとしている。
誰も行っていなかったことを、行った。
かつてユリアナ嬢一人と婚約していた時以上に、責任を伴う。
単純では済まないかもしれない。
内外の様々なものによって、押しつぶされてしまうかもしれない。
だが、選択したこと。
逃げるわけにはいかない。
後戻りなんて出来ないが、俺の中に後悔は無かった。
「王太子として二人を支えないといけない」
そして、王となった時も。
彼女達を幸せにする必要がある。
父上や他の王の二倍は覚悟が必要だ。
俺は大きく息を吸い込んで、これからの現実を受け入れる準備をする。
歩いているうちに、執務室の前に。
「失礼します」
扉を叩いて、謁見室へ。
既に父上は座っていた。
「レオポルド、座りなさい」
父上は優しく促した。
向かい合うようにしながら、俺は席に座る。
「会議の後だが、話がしたかったのでな」
穏やかな表情をしながら、父上はゆっくりと口を開いていく。
「まず、王とは何か」
父上は質問を投げかけてきた。
「国民を導いて、国のために上へ立つ人物です」
俺は思案を巡らせながら、考えていることを述べていく。
それを頷きながらゆっくりと聴いていく父上。
「ああ、そうだな。王は国の利益になる事をしないといけない」
「言わば奉仕みたいな感じでしょうか」
俺が口にした言葉を、父上は再び頷く。
「だからこそ、責任は重いものになる」
そして深呼吸をして言葉を続けていく。
「今回の件は、愛を大きく優先したものだ」
「理解しております」
ユリアナ嬢を愛しているからこそ、クレア嬢を愛したからこそ、二人を選んだ。
利益を考えないで。
「よろしい」
俺の返事に対して一言。
「確かに王という存在は、愛と責任の両立は難しい部分がある。民から選ばれる存在よりもな」
所謂共和国っていうのか。
そっちも結婚していたって、愛が大きく関わるのは王よりも少ないかもしれない。
バランスもとりやすいだろうな。
「だからこそ、国のために何が出来るか。この事をこの先は考える必要がある」
父上は俺を見つめながら、続けていく。
「王には覚悟が必要だ」
「はい」
「レオポルド。三人で、もう一度話し合うとよい」
この言葉に、俺は静かに頷いた。
父上は優しい笑みを見せ、俺を送り出すような表情をしていた。
そして謁見室を後にする。
「ユリアナ、クレアーー」
俺はその夜、自室で灯りを頼りにしながら絵を描いた。
二人の名前を静かに呼びながら、俺は筆を走らせる。
不思議と失敗することなく、順調に描き続けられていた。
この絵が、三人の未来の始まりになると信じて。
そして明日、三人は再び話し合うことになったのであった。




