第26話【三人の夜】
夜になって、俺は王宮の離れにある小さな応接室へとやってきていた。
ここは庭園に面していて、室内から花々を眺めることが出来る。夜なので暗くて庭園はあまり見えないが。
「クレア嬢もユリアナ嬢もやってくるよな」
陛下《父上》が招集している。
来ない理由は無いだろうな。
緊張しながら、彼女達がやってくるのを待つことにした。
「父上は来ていないな」
果たして来るのだろうか。
それとも。
「殿下が先に来られていたんですか」
クレア嬢がやってきた。
「ああ」
肯定の返事をすると、クレア嬢は微笑んだ。
「丁度良いですね。会議後に言った講習内容は出来ましたか?」
最後の講習か。
ユリアナ嬢に想いを伝えるっていう事だったな」
「まだ完全には」
「そうでしょうね
俺が答えると、はにかみながら俺を見つめた。
「このタイミングですから、伝えてくださいね」
やはりどこか寂しげな様子を見せ、教えていった。
「これで私の講習は終わりです」
短かったかもしれないが、本当に再縁が出来そうなところまで来た。
正しかったのかな。
「ありがとう」
「いえ、殿下の力ですよ」
クレア嬢は軽く頷いた。
「殿下にクレア嬢、お早いですね」
次に部屋に入ってきたのは、宰相のデメルジスだった。
ポットを手にしながら。カップは既に人数分、応接室の机に置いてある。
「宰相閣下が立ち会うのでしょうか?」
「そうだ。陛下ではあまり話せないかもしれないという、ご配慮だ」
宰相でも、重々しくなるかもしれないが。
考え方によっては、ほんの少しだけ軽いのだろうか。
「心配しないでくれ、私はただ聞いているだけ。後で陛下に報告するが」
「分かりました」
余計に緊張するよな。
深呼吸をしながら、ユリアナ嬢が入ってくるのを待つことにした。
「お待たせしましたわ」
ユリアナ嬢が入ってきた。
クレア嬢と顔を合わせるものの、言葉は出てこなかった。
俺は上座へ、二人は下座へと座って話し合いが始まった。
照明はいつもより抑えているのか、扉が閉まると共に重い雰囲気を出していた。
宰相が紅茶をカップに入れて、言葉を発した。
「揃いましたな」
「はい」
頷いて、宰相はさらに続ける。
「まず、クレア嬢との婚約は朝の会議においては、認められなかった」
王室会議での事を説明していった。
「異論はあるか」
宰相は俺達を見て、確認する。
「ありません」
「ございません」
言葉を返すことなく、受け入れていた。
少しだけ応接室には沈黙が流れていく。
「よろしい。では三人で話し合うように。私はこれより口を挟まない」
宰相は壁際に置かれた椅子に座って、メモを取り出した。
話し合いを記録するためだろう。
「殿下、あなたの考えを聞かせてください」
宰相の言葉の後、最初に口を開いたのはクレア嬢だった。
「俺は」
深呼吸をしながら考えを述べていく。
「ユリアナ嬢を選ぶ」
答えると、再び応接室には沈黙が流れていった。
「そうですか」
クレア嬢は小さく息を吐いて、微笑みを出した。
「だからユリアナ嬢、君の意思を聞かせてほしい」
俺はユリアナ嬢の目を見て、彼女の言葉に耳を傾ける。
「わたくしは、まだ少しだけ怖いです」
軽く息を吐いて、彼女も俺を見つめていた。
「それでもわたくしは逃げません。殿下の気持ちも、この状況も全部受け入れます」
クレア嬢もユリアナ嬢の話に口を挟むことなく、聞き続ける。
「ですが一つだけ教えてくださいませ、殿下はクレア嬢をどう思っていらっしゃいますの?」
「大切だ。恩人で、支えてくれた人だ」
逆に問いかけてきた事に対して、クレア嬢を見ながら答えていく。
「それ以上に、好きだ」
クレア嬢は俺を見つめながら、何かを考えているようだった。
「そうですか」
ユリアナ嬢は軽く頷いた。
「それを踏まえてもう一度、聞かせて頂けますの?」
「俺はそれでもユリアナ嬢を選ぶ」
少し紅茶を飲み、答える。
「綺麗に振られましたね」
クレア嬢は微笑む。
俺は墓穴を掘ったように感じてしまった。
「分かっていました」
庭園の方を見て、さらに続ける。
「ですが、ちゃんと聞きたかったので、今ので十分です」
笑みを見せたまま、今度は俺を見つめた。
「これで私は、ちゃんと”負けられます”」
クレア嬢は自ら負けヒロインとなろうとしていた。
会議後でも言ったその言葉を聞いたら、胸が少し痛んだ。
「クレア嬢……」
「大丈夫ですから、あの時から分かっていました」
寂しさを出しているのに、顔を落とすことなく笑みを見せている。
「それに殿下はちゃんと選びました。それで十分です」
言い終わると、少しだけ間が空いた。
「私は、身を引きます」
クレア嬢は深呼吸をして、紅茶をゆっくりと飲んだ。
「仮の婚約でしたし、正当性がありません」
自ら引き下がろうとしているのに、前を向いて理由を説明していた。
どうしてそんなに堂々としているのだろうか。
ヒロインとして、狙っていたんじゃなかったのか。
「それにユリアナ様でしたら、より王国のためになるでしょう」
はにかみながら、一つずつ話していくクレア嬢。
「殿下が本当に選んだのは、最初からユリアナ様でしたから」
途中まではユリアナ嬢はクレア嬢の話を聞いていた。
ただ、説明が終わるとクレア嬢に向いて口を開いた。
「どうして、そんな風に決めるんですの?」
まるでクレア嬢の選択を受け入れられないかのように、問い詰めた。
悪役令嬢として、受け入れてもいいのだが。
「好きだからです」
俯いた後、ぽつりとクレア嬢は答えた。
本心なのだろう。
「殿下もクレア嬢も、お互いに好きなんですのね」
そう呟きながら、紅茶を飲むユリアナ嬢。
「だからこそ、でしょうか」
簡単に分析をしていく。
「殿下、クレア嬢の事はこれで良いんですの?」
「えっ?」
俺を見つめ、そう問いかけた。
ただ言葉に詰まって、上手く返事が出来ない。
「申し上げますが、クレア嬢を切り捨てるのは違いますわ」
はっきりと断言した。
俺に言っているのだろうが、クレア嬢にも伝わっていそうだが。
「わたくしと同じような事をするつもりでしょうか」
ユリアナ嬢はそう呟きながら、クレア嬢を見た。
俺は息を飲む。
「クレア嬢も簡単に引き下がるのも、違いますわ」
思っていなかったのか、クレア嬢は一瞬だけ目を丸くしていた。
「そんなの、優しすぎますよ」
ただ、すぐに嘆息を漏らしながら、悲しそうな表情をする。
「でも、それが殿下なんですよね」
髪を触りながら再び庭園を眺めた。
応接室は沈黙に包まれる。
俺は再び息を飲み、ユリアナ嬢、続いてクレア嬢を見る。
「クレア嬢、君を切り捨てたくない」
そしてゆっくりと口を開いて、想いを吐き出す。
「本気でそう思っている」
軽く息を吐く。
「王太子の座を失ってもいい」
視線は二人に向いたまま。
「それでも、二人を手放したくない」
覚悟をユリアナ嬢とクレア嬢に伝えた。
「俺はーー」
息を吸って、言葉を続ける。
「二人を選ぶ」
それは俺としての告白だった。
「本気ですのね」
紅茶を飲みながら、俺の言葉も飲み込んでいた。
「ああ」
「ちょっと待って。そんなの許されるの?」
目を丸くしながら、クレア嬢は俺を見ていた。
ゲームにおいて、そんな状況が無かったのもあるだろうな。
信じられない表情をしている。
「分からない。だが、俺としては君も幸せにしたい」
一度は仮の婚約をした。
そして、俺と結ばれるために動いていたのだから。
「クレア嬢、貴女はそれでよろしいでしょうか?」
ユリアナ嬢がクレア嬢を見つめ、確認していた。
「わたくしと殿下の間に、入り込む形になりますが」
問いかけに答えるように、クレア嬢は穏やかな表情をする。
「ええ。私は殿下の幸せを願っています。それがユリアナ様と共にいることなら、私はそれを受け入れます」
そしてゆっくりと頷いた。
「でも」
一拍、言葉が詰まった。
「本当は、隣にいたかったです」
困ったような表情をしたが、すぐに落ち着いた表情に。
応接室にはまた沈黙が流れていく。
重い空気だったが、少しずつ温かさを感じていった。
「三人で一緒にいたい」
俺は二人に向かって言い放つ。
さっきと似たような言葉であるが、強く推すように。
「わたくしも、考えますわ」
少し悩んだ後、ユリアナ嬢から言葉が。
「ですが逃げませんわ」
「私は殿下のそばにいられるだけで十分です」
ユリアナ嬢が返答した後、クレア嬢からも答えが出てくる。
二人はほんのりと笑みがこぼれていた。
「さて、話し合いは纏まったようだな」
ずっと話を聞いていた、宰相が口を開いた。
「はい」
俺は宰相の言葉に頷く。
「陛下から伝言だ。明日の午後、もう一度王室会議を行う。その場で、正式な答えを出すように」
結論は保留になっていた。
もう一度行って決めるんだな。
「認められなければ、廃嫡の審議を正式に行う」
それは、上手くいかなければ、俺は王太子じゃなくなるということ。
今日の話し合いすら、意味をなさなくなる。
「分かった」
俺は拳を握って、軽く目を閉じた。
目を開けると、ユリアナ嬢もクレア嬢も覚悟しているようだった。
「逃げませんわ」
ユリアナ嬢はまるで本を胸に抱きしめるような仕草を。
俺やクレア嬢を見て、何かを思い描いているようだった。
「ついにラスボスですね」
クレア嬢は静かに微笑みながら、目には強い意志を。
ゲームみたいに例えているな。
宰相に連れられ、俺達は応接室を出ていく。
それぞれ別れる直前、俺は二人に言い放つ。
「明日、俺は絶対に二人を選ぶ。もう、逃げない」
二人は俺を見つめ、静かに頷いた。




