第25話【余波】
この日の王室会議は終わった。
クレア嬢との仮の婚約に関しては、ほぼ破綻することに。
こうなるのは分かっていたが。
それでも、ユリアナ嬢に対する想いは、王族や貴族達に伝えられたはずだ。
「ふぅ」
大きく息を吐いて、会議室を後にした。
貴族達は俺と距離を取りながら、出て廊下を歩いていった。
アルマータ派に関しては、廊下の端でひそひそと噂話をしていた。
「レオポルド殿下の王太子の資質に関しては、大きく疑問符がついたな」
「私情優先にするなんて。許されないことだ」
「ユリアナ嬢と婚約を破棄してから、様子がおかしくなっていたが」
「破棄したのに、再縁を選ぶとはな」
俺に聞こえるか聞こえないかの音量で、話している。
こっちをチラチラと見る目は、ゴミを見るような感じで、敵意を見せていた。
俺はオリエッタ嬢を選ばない王太子だからな。
再びため息をついて、廊下を歩いていく。
(間違っているかもしれない。それでも)
そう思うことにしたが、手は少し震えている。
中立であろう王族や貴族に、呆れたような表情をして「終わったな」という空気を出していたからか。
王太子の座を捨ててもいいと言ったからか。
大きな事を言ってしまったな。
(それでも、オリエッタ嬢を選ぶつもりはない)
だが、後悔していない。
むしろこうなったら、突き通すしかないから。
「殿下、お疲れ様でした」
後ろから、クレア嬢がやってきた。
笑みを出しながら、俺を見つめていた。
「ああ」
「良かったです」
クレア嬢は笑みのまま、思ったことを打ち明けていた。
「ありがとう」
「私、ちゃんと役に立てましたね」
瞳を軽く閉じて、軽く息を吐いていた。
「そうだな」
彼女のおかげで、一旦は最悪の状況は逃れられたと思う。
「これで終われますね」
一瞬だけ、クレア嬢は窓の外を見る。
「私、正しく”負けられましたね”」
そして寂しさを出した。
何故か胸が少しだけチクリと痛みを感じる。
「殿下、最後の講習です」
名残惜しそうに、伝えてきた。
とうとう最後なのか。
「ユリアナ嬢に再び想いを伝えてください」
抽象的だけれども、クレア嬢の覚悟が見えていた。
「分かった」
頷いて聞き入れる。
「さて、私は書類仕事がありますので、一旦失礼します」
「ああ」
パンッと手を叩いて、クレア嬢は先に執務室へと向かっていく。
「殿下」
今度は、ユリアナ嬢がゆっくりと歩いてきた。
「来てくれたのか」
すると心配そうな表情をして、俺を見つめた。
「どうして、あんなことを」
責めている様子はない。
確認するようだった。
「本当に王太子の座を捨てる覚悟を、出しても良かったのでして?」
気持ちを伝えるために言ったが、ユリアナ嬢の胸に刻まれているようだった。
「ああ。俺はもう決めた」
声は震えることなく返事をする。
「なぜ」
焦ったような表情をして、問いかけた。
「決まっている」
一旦目を閉じて、言葉を続ける。
「君を選んだからだ」
そう言った途端に、廊下は少し静かになる。
ユリアナ嬢は少し俯いて、言葉をゆっくりと出した。
「ずるいです」
困ったような笑みを見せて、顔を上げる。
「そんな言い方、されたら」
笑みのまま、息を吐いていた。
「逃げられないじゃないですか」
でも俺から見ても、嬉しそうだった。
「しかもそんな覚悟を見せてくるなんて」
さらに言葉を続ける。
「私、逃げる理由が無くなります」
それは彼女の向き合う意思を表示しているようだった。
ゆっくりと廊下を歩いていく。
「では、失礼しますわ」
しばらく俺は、彼女が帰っていくのを見ていた。
「お見事ですわ、殿下」
後ろから声がした。
振り返ってみると、オリエッタ嬢が立っていた。
称賛しながら近づいていく。
「オリエッタ嬢もお疲れ様」
簡単に労いの言葉をかける。
「ですが」
すると扇子で口元を隠しながら、言葉を続けていた。
「それでは”勝てません”」
扇子で隠しているものの、笑みは出していた。
「”恋”には勝てても」
そう言葉に出しながら、クレア嬢やユリアナ嬢が歩いていった方向を見る。
「”王”にはなれませんわ」
また俺を見つめ、言い放つ。
「王太子の座を捨てる覚悟はあっても」
一拍置いて、さらに。
「王になる覚悟がありませんもの」
「覚悟がない?」
眉をひそめながら、俺は返事をする。
「ええ」
頷くことなく返事をしていた。
「選ぶ覚悟ではなく、選ばせる覚悟が必要ですの」
扇子を閉じて俺に突きつける。
「さて、次は負けませんわ」
そして踵を返して、歩いていく。
「まだ終わりませんわ」
彼女の後ろ姿を見ているだけしか出来なかった。
俺は見終わると、執務室へと戻っていく。
今日の公務はほとんど進んでいないのだから。
「大変でしたね」
「ああ」
レーナが紅茶を持ってきながら、そんな言葉をかけてくれた。
軽く飲んで公務を再開していく。
「とりあえず、こちらは終わりましたよ」
クレア嬢が書類を持ってきながら、返事をしていた。
さっき王室会議に参加していたのに、出来ているなんて。
「すまないな」
「いえ、どんな結果であっても、支えますからね」
はにかみながら、クレア嬢は文官室へ。
ある程度公務をした後、昼食のために食堂へ。
廊下を歩いている途中、弟のペテルに近い貴族達が話し合っていた。
「会議でのレオポルド殿下の発言なんですが、皆様もご不安では?」
オリエッタ嬢も混ざっているようだった。
「そうかもしれないな」
貴族達は頷いていた。
「王国の安定を考えるなら、別の選択肢もありえるな」
不穏な感じがするな。
大丈夫なのだろうか。
ただこれ以上、立ち聞きをしていると良くないから、行くことにしよう。
昼食を食べていく。
一旦は終わったけれども、まだまだこれからだ。
「兄さんも今、お昼ご飯なんだね」
ペテルが食堂へやってきた。
彼にも用意されているから、同じタイミングになったんだな。
隣り合わせで座っている。
「ああ、会議が行われていたからな」
「大変だったね」
スープを飲みながら、会話をしていく。
「王室会議の話、みんながしているよ」
だよな、王族や貴族達が噂話をしていくだろうな。
ペテルにも伝わっているって訳か。
「兄さんは、ユリアナ様を選ぶの? 破棄したみたいだけど、再び婚約者に?」
心配そうな表情をして、俺を見つめている。
「そうだな」
嘘じゃない。
真実だからな。
「兄さんがオリエッタ様を選ばないから、廃嫡になりそうって。貴族達が言っているよ。もしかしたら、王太子は僕になるかもって」
小さな手でローブの裾をぎゅっと握っていた。
苦笑いしながら、彼の頭を優しく撫でる。
「もし僕が王太子になったら、兄さんはどうするの?」
ペテルが問いかけたが、分からなかった。
廃嫡になるから、現状のままではいられないのは分かるだけ。
「悪いな、怖がらせて。確かに俺は廃嫡になっても構わないと思っている。でも、お前を王太子にさせるつもりはないよ」
落ち着いた言葉で、ペテルを安心させようとする。
「え?」
「俺がちゃんと王太子の座を守る。それか、守れなくても、ペテルにはもっと普通の人生を歩ませたい。王様になるなんて、とても大変だからな」
彼は食べている途中なのだが、目を潤ませている。
それでも笑おうとしていた。
「兄さんが王太子じゃなくなったら僕、寂しいよ。でも、兄さんが幸せならそれでいいかな」
彼を抱きしめて、静かに伝える。
「ありがとう、ペテル。俺は婚約したい令嬢を選ぶ。たとえ王太子じゃなくなっても、家族であることは変わらないからな」
「そっか。良い結果になってほしいな」
「だよな。さて、冷めちゃうから食べようか」
それから料理を食べていって、昼食を終えていく。
ペテルとは向かう場所が違うから、別れることに。
執務室に戻ると、レーナが待っていた。
「殿下、陛下より『今夜、ユリアナ様とクレア様の三人で話をしろ。最終的な答えを聞く』と伝言がありました」
三人で話をするのか。
ユリアナ嬢は分かるが、クレア嬢ともか。
「分かった」
レーナに返事をする。
ユリアナ嬢とは婚約の意思を発言した。
ただクレア嬢とは、仮の婚約者としてだったから、認められなかった。
彼女はそれを覚悟の上で仮の婚約者になってくれた。
(それなのに、俺は何も返せない。)
だからこそ、ヒロインを捨てようとしていた彼女にハッピーエンドがないと。
仮だから認められない。
ならば、本当なら良いのだろうか。
正しいのか分からないが。
(それでも)
クレア嬢の笑みを思い浮かべる。
「俺は、答えを出さなければならない」
ハッピーエンドを燃やしてしまった責任を取らなければならないだろう。
「しかしクレア嬢を再び巻き込んでも良いのだろうか」
彼女はハッピーエンドを望んでいた。
でも俺の気持ちを知って、ユリアナ嬢と再縁させるために動いてくれた。
まだ結ばれたいという気持ちは、残っているのだろうか。
無かったら、中途半端になってしまう。
それだけが気がかりだ。
*
【オリエッタ視点】
王室会議でレオポルド殿下とクレア様との婚約は、ほぼ無効に出来た。
ただ、殿下がユリアナ様に告白していた。
もう私には、結ばれる可能性はほぼ消滅したようなもの。
王太子妃になるというのは難しいかもしれない。
それならば。
「陛下、会議後ですがよろしいでしょうか」
私は無礼ではあるが、謁見室で陛下と話し合うことにした。
同じ派閥の貴族と一緒に。
「どうしたのだ」
「恐れながら申し上げます。レオポルド殿下の私情は、もはや王室の信頼を大きく損なっております。廃嫡の審議を、正式に開くべきかと存じますわ」
私が中心となって、陛下に訴える。
「クレア嬢と偽装の婚約をしたり、破棄したユリアナ嬢に再縁を求めたりと王宮をかき乱しています」
「王太子としての資質があるのか、疑義を感じる状態になっております」
アルベン侯がそう続けた。
他の貴族達も同様に。
それを陛下は淡々と聞き続けている。
「ですので、審議を開くよう申し上げますわ」
最後に私は陛下にもう一度。
少しの間が、謁見室内に流れていく。
「オリエッタ嬢よ、その意見は重く受け止めた。しかし、最終的な判断は私が下す」
そして陛下は口を開いた。
話は聞いてくれましたが、保留状態。
それでもいいです。
動くのでしょうから。
*
【ユリアナ視点】
わたくしは一旦、屋敷へと戻った。
昼食を取り、自室で椅子に座りながら、今は夕方ちかくになろうとしている窓からの景色を見ている。
「わたくしへはっきりと告白するなんて」
殿下は王室会議にて、直接婚約に関する言葉を伝えた。
王族や貴族達、それに陛下もいる、あの場にて。
嬉しいけれども、大丈夫なのかしら。
「会議の結果が、貴族の間で大きく広がっているみたいです」
「そうですのね」
会議室から帰る途中においても、オリエッタ嬢の派閥らしき貴族達が噂話をしていました。
こういうのは、広がるのは早いですから。
「殿下は廃嫡の危機です」
「やはりそうなりますのね」
大きな原因は彼によるものなのは分かる。
それでも、彼には王太子でありつづけてほしい気持ちがあった。
わたくしは大きくため息をついて、机の引き出しからスケッチブックを取り出す。
何枚もページを開いていって、彼の横顔を描いたところを見つめた。
「わたくしがもっと早く答えを出していれば」
こうはならなかったのかもしれない。
でも、怖かった。
再び同じようなことになるかもしれないと。
(殿下、変わったのかしらね)
見ていくうちに安心する。
破棄されてからは、拒絶する気持ちもありましたのに。
本当にわたくしは殿下のことが好きですのね。
「ユリアナ様、陛下から書状が届きました」
侍女のアレリアが封筒を持ってきた。
王家の印があって、封筒の色も正式な外交文書だと分かる。
「ありがとう」
わたくしは封筒を開き内容を確認する。
『ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ嬢
本日夜、王宮へ再びお越しください。レオポルド王太子とクレア・ユングホルツ嬢と共に話し合いをしてください。
国王ボリス・シャルリ・アースミューレ』
はっきりとした命令文。
帰っているから、こんな形で伝えてきたのね。
「勿論、参りますわ」
拒否する理由がない。
むしろ話したかった。
「すぐにお伝えいただけます?」
「分かりました」
サルチャクにそう伝える。
ただ、クレア嬢とも話すのって、どうしてでしょう。
仮の婚約をしていただけ。
いや、だからこそ話すのかしら。
(クレア嬢の想いってなんなのでしょうか)
彼女は仮の婚約という提案をして、受け入れていた。
偽装なのは、彼女が一番分かっていたのでしょうけれど。
殿下も多少なりとも気持ちはあったのでしょう。
もしかしたらそのまま、王室会議で通る可能性もありますので。
そうでないと、殿下が受け入れるはずがない。
本当に好きではない相手と、偽装するなんて。
(殿下は多少でも、わたくしの次にクレア嬢を好きなのかしら)
訊いてみたい。
でも答えてくれるのかしら。
ただ答えた時に、わたくしはどう思うのでしょうか。
分かりませんわね。
だけど、気持ちは決まっている。
「もう逃げませんわ」
どう話が進むのか分からない。
でも、クレア嬢の気持ちも受け入れるべきかもしれませんわね。
*
【クレア視点】
私は書庫で資料を見ながら、ぼんやりと考え事をしていた。
「これで、仮の婚約は終わった」
完全に私の王太子ルートは消え去った。
あの日から破綻はしていたけれども、王室会議によって確定させられた。
殿下と結ばれることは出来ない。
ゲームオーバーね。
だけど現実は続く。
(本当に、それでいいの?)
誰とも結ばれることは出来ず、私の物語が終わる。
ゲームにおいてもバッドエンドみたいなものだった。
それが現実。
心の中では拒絶したいもの。
ここからサヨナラ満塁ホームランで、ハッピーエンドにしたい気持ちはある。
転生したんだったら、幸せになるのは当たり前だもの。
無理矢理かき乱して幸せを得たい。
だけど。
「構わない」
机に向かって呟きながら微笑む。
ヒロインだったけれども、モブみたいになってしまった。
『恋と王冠とティータイム』のヒロインだったのにね。
今の私は本当のヒロインを側で見ている、ただのモブ。
それでもいい。
私はそのために、殿下に謝罪の講習をしてきたのだから。
あの日に、捨てたようなもの。
だからこそ、殿下はユリアナ様と結ばれるはず。
私は眼中に入っていない。
寂しい感じはする。でも後悔はしていない。
「でも、殿下が幸せになるなら、それでいい」
大きく息を吸って、資料を読み込む。
殿下のために頑張らないと。
「クレア様、こちらにいらしたのですか」
レーナが書庫にやってきた。
どうしたのかな。
「資料を見ていたの」
「陛下より今夜、殿下とクレア様、ユリアナ様で話し合えと」
レーナは淡々と伝言を届けてくる。
王室会議が終わったばっかりなんだけど、早いですね。
「私も?」
その話し合いに私が入ってくるなんて。
「はい」
殿下とユリアナ様が話し合うのは、当然の流れかもしれない。
でも、私も話し合うって。
仮の婚約を結んでいたから?
理由は分からないけれど、陛下の命令であれば従うしかない。
「分かりました」
私はレーナに頷いた。
そして夜になるまで、仕事を続けていったのでした。




