第24話【王室会議】
会議が始まると、宰相が言葉を開く。
「議題は、王太子レオポルドの婚約について」
やはりそれだよな。
むしろそれ以外に開く理由は無い。
「殿下、説明を」
「はい」
俺は立ち上がって、説明していく。
「ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ嬢との婚約破棄後、調整を続けておりましたが」
周りを見ながら、続ける。
「子爵令嬢である、クレア・ユングホルツ嬢との婚約を決めました。先日には、ボリス陛下へも報告を行いました」
アルマータ派の貴族達は表情を出さないけれども、俺を見ている。
仮だって知っているが、王室会議だからだろうな。
「クレア嬢、こちらは事実で問題ないのか?」
宰相が彼女に確認を伝える。
立ち上がって口を開いた。
「勿論です。参加はしておりませんが、父上のユゼフ子爵には報告しております」
「ユングホルツ子爵家とは、王室会議での承認後に進める予定でして」
クレア嬢の言葉に補足する形で、言葉を続けていく。
まだ平穏のまま。
このまま無事に終わってくれれば良いが。
無事すぎるか。
「少々、よろしいでしょうか」
俺の声を遮るように、声が会議室に響いた。
「オリエッタ嬢か」
彼女は立ち上がって、発言していく。
一斉に視線が彼女へと向いていった。
「恐れながら、申し上げます」
軽く息を吸って、俺やクレア嬢を見た。
「現在の婚約は”正式なものではありません”」
立ち上がったままのクレア嬢は目を見開いていた。
「どういう意味だ」
俺の説明を反論するオリエッタ嬢の言葉に対して、父上は訝しげな表情を見せた。
「クレア様との婚約は仮のもの」
微笑みながら、俺をじっと見つめていた。
「時間稼ぎのためのものです」
「なっ!?」
父上は驚いた表情をして、俺へ視線が向く。
「先日のお話しも、偶然耳に入ってしまいましたの」
笑みのまま口元に手を当てているオリエッタ嬢。
「事実ですよね、殿下?」
「…………」
俺を見つめ続けているオリエッタ嬢の問いかけに対して、俺は否定する言葉が何も出てこない。
無言の時間が少しの間流れていく。
「王太子が婚約を”偽装”するなど」
笑みから厳しい表情へと変わる。
「国家の信頼を損なう行為ですわ」
彼女の言葉と共に、困惑した表情をする貴族達。
「それは事実なのか」
「仮の婚約など認められん」
貴族達は一斉に口を開いた。
「王太子の資格に関わる問題だぞ」
「クレア嬢は利用されたのか?」
怒りの表情を見せて、俺やクレア嬢を見ている。
王族も俺を見ながら顔をしかめていた。
「利用ではありません」
立ったままだったクレア嬢が言葉を返す。
「私は、自ら選びました」
胸に手を当てながら、厳しい表情になっている貴族達を見回して。
「承知の上での婚約です」
「愛されていないのではないか?」
貴族の一人が問いかけた。
「それでも構いません」
クレア嬢は軽く頷いて、言い放った。
「殿下のためなら、覚悟の上です」
言葉の最後に一瞬だけ、微笑みながら俺を見た。
「健気ですわね」
クレア嬢の発言が終わると、オリエッタ嬢が再び口を開いた。
彼女へ攻撃をするため。
「ですが、それは”婚約”ではなく”犠牲”ですわ」
にっこりとしながら、オリエッタ嬢は言葉を放った。
「ええ。犠牲でも構いません」
不快な表情をオリエッタ嬢に見せながら、クレア嬢は一言を。
「犠牲でも構わないと」
オリエッタ嬢は嘲笑うようにクレア嬢を見た。
「王太子妃に相応しいとは思えません」
「……っ!」
オリエッタ嬢の口撃でクレア嬢は、表情を歪ませている。
このままではいけない。
「待ってくれ、俺が悪いんだ。クレア嬢は俺の事情を察して、協力してくれたんだ」
クレア嬢へのフォローのため、発言をする。
「責めるなら俺を責めろ」
オリエッタ嬢や貴族達にそう付け加える。
「王太子殿下が私情を優先するのは、国の安定を脅かす行為です」
「クレア嬢との仮の婚約など、茶番に過ぎません」
それをアルマータ派の貴族が反撃をしてくる。
言い返したいが、完全に間違っているわけでもない。
「殿下は国を思っていられないのか?」
「国を裏切るつもりなのか?」
さらに追及の声は止まらない。
「クレア嬢との婚約が、仮ならば婚約を結んでいないと同然だ」
「王太子殿下はモラトリアムを延長したいために、形だけ結んだにすぎない」
会議室は俺やクレア嬢を攻撃する声で騒がしくなる。
「お待ちくださいませ」
すると、このざわめきを止めるように芯の通った声が響く。
同時に、会議室は静まり返った。
「ルイッツホーフの令嬢、どうしたんだ」
「その婚約は」
ユリアナ嬢が立ち上がって言葉を発する。
「わたくしのためのものです」
はっきりとした目つきで、俺を見つめた。
「ユリアナ嬢?」
「殿下を止めたのは、わたくしです」
周囲はユリアナ嬢に注目している。
「ユリアナ嬢が、絡んでいるのか」
王族の一人がそう問いかけた。
「殿下は、わたくしを選ぼうとしていました」
ユリアナ嬢は頷きながら、説明していく。
「ですが、わたくしが応えられなかった」
軽く息を吐いて、言葉を続ける。
「だからーー」
一拍置いて、ユリアナ嬢はクレア嬢を見つめた。
「クレア嬢が、時間を作ってくださったのです」
彼女がそう発言した途端、会議室はざわめいていた。
「では、元婚約者が原因か」
注目していた貴族がそう分析をした。
「責任はユリアナ嬢にあると」
俺は彼女の発言を見守っていた。
まだ言えそうに無いのだから。
「元婚約者の感情に王太子が振り回されているのか」
伯爵の一人が呟いた。
「ええ。責任はわたくしにあります」
硬い表情だが、緊張は全くない。
彼女の実力なんだな。
「ですが、それでも」
周囲を見回す。
「殿下を諦めるつもりはありません」
この言葉には、彼女の強い意思を感じた。
会議室は一瞬だけ、完全に静まり返った。
「違う」
だがそれを否定するように、俺は口を開く。
「殿下?」
困惑した表情を見せるユリアナ嬢。
「責任は、すべて俺にある」
胸に手を当てて、周囲に言い放った。
「俺が選んで、俺が決めた」
言っている俺の声も震えも無かった。
何故か落ち着いている。
「クレア嬢との婚約も」
そう言葉に発しながら、クレア嬢を見る。
「ユリアナ嬢を待つことも」
今度はユリアナ嬢を。
「全部、俺の意思だ」
そしてオリエッタ嬢を見る。
「つまり、全てを巻き込んだと?」
「ああ」
ざわめきはさらに広がっていく。
「なんということだ、私情を優先しすぎだ」
「王太子としての資質があるのか」
そしてしばらく会議室は騒がしくなる。
ただそれをしばらく聞き続けていた。
「さて、この状況からすると、クレア・ユングホルツ嬢との婚約は、形だけの方便に過ぎないと判断するしかありません」
少しして、宰相はそんな結論を出した。
「そうだ」
俺は言い返すこともなく、宰相の言葉を受け入れていた。
違うと、言えるわけでもない。
「会議の冒頭で報告したクレア嬢との婚約は現状、仮のままであるとして、本日は正式に認めるわけにはいかない」
父上がそう宣言する。
これで、仮の婚約は無くなったわけだ。
「クレア嬢にユリアナ嬢、座ってよい」
「はい」
二人は父上の言葉で、席に座る。
「さて、王太子殿下には、婚約者がいない状態となります」
「早急に正式な婚約者を決める必要がある」
宰相の言葉に続けるように、父上がそう言葉を。
「レオポルド、婚約を結べないと廃嫡も視野に入ると言ったが、どうなんだ?」
父上が問いかけてきた。
廃嫡か。
そうなるよな。
「外交面でも、婚約者がいない状態では他国との関係も危うくなります」
補足するように宰相が説明を。
先日も言っていたな。
「王太子殿下のご意志は、ユリアナ嬢に向いているのは承知しております。しかし、王族の婚姻は私情で決めるものではありません」
年配の侯爵が口を開く。
「オリエッタ・ツー・アルマータ嬢こそ、侯爵家の血筋と国内の安定を約束できる、正室に相応しい」
「彼女は、才色兼備であり、他国の評判も良い」
さらに貴族の一人がそうオリエッタ嬢を推薦した。
「そうだ。オリエッタ嬢ならば、周辺国家も納得するだろう」
次々とオリエッタ嬢を推す声が広がっていく。
「王太子殿下、ユリアナ嬢との復縁は既に破棄された過去でございます。オリエッタ嬢こそ、国内の安定と王室の威光を高めることが出来るかと」
さらにはユリアナ嬢を否定する声が。
会議全体が、オリエッタ嬢との婚約こそが正しいというように動いている。
「自薦になってしまいますが、私であれば理想の王太子妃として、レオポルド殿下を支えられますわ」
オリエッタ嬢もそう宣言する。
本当に出来るのだろうか。
「レオポルド、どうするのだ。オリエッタ嬢を選ぶのか。それとも、王太子の座を捨てるのか」
再び父上が問いかけた。
ユリアナ嬢の選択肢が消えているように感じた。
だが、それでも。
「俺はーー」
目を閉じながら、決めていた結論の言葉を繋いでいく。
「ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ嬢を選びます」
そして会議室全体に言い放った。
王族も貴族達も注目している。
「オリエッタ嬢の方が相応しいと申しているが」
年配の侯爵がそう発言する。
「それでもです。俺は彼女を選ぶ」
「私情に過ぎないじゃないか」
別の貴族が口撃をした。
強めの口調だな。
「やはり王太子として、相応しくないのではないのか?」
厳しい目つきで、発言している王族。
それでも俺には関係なかった。
「相応しくないって言うのならば、結構です」
俺自身に迷いは無かった。
「レオポルド、もう一度訊こう。お前は本当にユリアナ嬢を選ぶのか? それとも、国を優先するのか?」
父上は俺を見ている。嘘のつけない、強い目つきで。
国を優先。
オリエッタ嬢を選ぶということ。
今さら選択肢は無いようなもの。
「勿論です。ユリアナ嬢を選ぶ以外に考えられません」
考えは崩れなかった。
全く変わらない。
「さて、ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ嬢」
「はい」
座っている彼女に目線を向ける。
彼女は優しく返事をした。
「改めて、婚約を申し込む」
「え……」
この場で言われると思っていなかったのか、ユリアナ嬢は目を丸くしていた。
「王太子の地位を失っても構わない」
もう決めた。
どうなっても、大丈夫だ。
「それでも、君を選ぶ」
ユリアナ嬢は軽く目を閉じる。
「殿下、私はその選択を支持します」
クレア嬢が優しく言葉を。
ヒロインという立場ながら、状況を受け入れ落ち着いた笑みを見せていた。
「感情で国を動かすおつもりですか?」
するとオリエッタ嬢が俺を指さしながら発言する。
「それが王太子殿下の判断とは思えませんわ」
呆れたように、笑みを見せていた。
選ばれないと思ったからなのだろうか。
「地位を失っても構わないとは、私情が強すぎる」
「私情のために、間違った選択を取るとは」
アルマータ派の貴族達が、次々と俺を批判してくる。
だが俺にはダメージに感じていなかった。
それをただ聞いているだけ。
「静まれ」
しばらく批判の声が続いた後、父上がそう言い放つ。
会議室は静まり返った。
「レオポルド」
再び父上は俺を見た。
「その覚悟、本物か?」
「はい」
迷うことなく、俺は即答する。
「そうか」
軽く息を吸って、父上は返事をした。
「さて現時点で議論は、保留とする」
周囲を見ながらそう発言した。
「それまでに王太子としての覚悟を示せ」
再び父上は俺を見る。
「はい」
頷いて返事をする。
少し間が空いて、父上は宣言した。
「本日の会議は、ひとまず終了だ」




