第23話【決断の前夜、それぞれの想い】
「殿下、少々よろしいでしょうか?」
執務室に慌てた様子で、文官のガスペリが入ってきた。
急ぎの用事みたいだ。
「どうしたんだ?」
「数日後、王室会議が開かれます」
それを聞いた途端、頭が真っ白になった感じになる。
ドクンと心臓の音が跳ねて、喉が締め付けられるような感じだ。
まさかもう、開かれるのか。
(時間が無いのか!?)
ユリアナ嬢の心が完全に開いたわけじゃないのに。
「殿下、大丈夫ですか?」
心配そうに彼は見つめていた。
「わ、分かった」
ガスペリに対して、そう返事をすることしか出来なかった。
視界の端が少し暗くなって、手のひらがじわりと汗ばんだ。
ドキドキと胸の音がはっきりと聞こえてくる。
「ユリアナ嬢にまだ返事をもらえていないのに。クレア嬢と婚約を結ぶっていうのが、仮だって完璧に公となってしまう」
深く息を吐いて、目を閉じて心を落ち着かせようとする。
いつかはこうなるって分かっていた。
それでも王室会議が開かれていないからこそ、この状態を維持できた。
ユリアナ嬢と再び婚約を結ばれるまでの時間稼ぎに。
(覚悟は出来ているはずなのに、こんなに動揺するなんてな)
だが、貴族間の噂話で仮だって伝わっている。
それを糾弾されることになるだろう。
「殿下、お顔が!?」
書類を持ってきたレーナが俺の様子を見て、困惑していた。
「も、問題ない」
苦い笑みを見せ、彼女を落ち着かせる。
そして大きく息を吐いた。
「本当に廃嫡が決まるかもしれない」
俺の処遇だって決められるかもしれない。
そうなれば、ユリアナ嬢との婚約も出来なくなる可能性だってある。
「でも、俺はユリアナ嬢を選ぶ。それだけは変わらない」
だがこの覚悟だけは、曲げられない。
もしも廃嫡になったって、一緒になるという気持ちだけは変わらない。
「クレア嬢の覚悟を無駄には出来ない」
ユリアナ嬢のために仮の婚約を結ぶって言ってくれた。
ここで、全て無に帰させるわけにはいかない。
「でも、彼女を道具にしたくない」
彼女の提案を受け入れたけれども、彼女に何も返せていない。
仮を本当にしてしまえばいいかもしれない。
いや、それは本末転倒だな。
けれど、その覚悟に甘えるだけの男にもなりたくなかった。
この場で考えても、結論が出てこない。
だからもうちょっと考えないとな。
「それにしても、ユリアナ嬢は知っているのだろうか」
ガスペリに訊けなかったが、どうなんだろうか。
いや、レーナに訊いてみようか。
「レーナ、王室会議が開かれるのは知っているか?」
「はい。聞きました」
彼女も王室会議は知っているんだな。
良かった。
「ユリアナ嬢は王室会議について知っているのだろうか」
「知ることになると思いますよ」
「そうか」
平然と肯定している。
やはり把握する訳か。
「どう思うのだろうか」
焦るのだろうか。
分からないが。
「彼女の『まだ怖い』という言葉が胸に刺さる。あの涙を無駄にしたくはない」
俺が作ってしまった溝は、まだ出来ている。
数日で埋めるのは難しいだろうな。
「だからこそ、俺は王室会議を乗り越えないと」
誤魔化しは通用しないだろう。
特にオリエッタ嬢の前では。
それに、王家や貴族達がどう思うのか分からない。
「時間は待ってくれないな」
モラトリアムは、もうないだろう。
*
【ユリアナ視点】
「王室会議が開かれるのね」
報告書を受け取ったわたくしは、ぼんやりと夕方の空を眺めていた。
殿下が追い込まれている。
わたくしのせいかもしれない。
「殿下はどう切り抜けるのかしら」
あの日、婚約を破棄されてからこんな事になるなんて。
状況はおかしいかもしれない。
「わたくしは、受け入れるべきだったのかしら」
そうなれば殿下はこの状況にならなかった。
だけど。
(怖い)
頭の中で気持ちが浮かんでくる。
また、失うかもしれない。
また、間違えるかもしれない。
手をぎゅっと握って、顔を少し落とす。
(でも)
殿下の言葉を思い出した。
「それでもいい」
安心する言葉。
「待つから」
そう言ってくれていた。
だけど待ってくれる時間がもうない。
「ずるいですわ」
少しだけ笑みが出てきていた。
調子の良いことを言って。
あんな言い方されたら、逃げられないじゃない。
「わたくしは」
窓に向かって呟く。
夕暮れから夜になろうとしていて、硝子にはわたくしの顔がほんのり映っている。
逃げれば、きっと楽でしたわ。
でも、それではもう二度と殿下に手を伸ばせない。
だからこそ。
「もう逃げません」
*
「ユリアナ嬢……」
俺は王宮の執務室にある窓から、ぼんやりと景色を見ていた。
時間は夕方から夜になっていて、橙色の空に藍色が包もうとしている。
すでに今日の公務は終えている。
「明日、王室会議か」
陛下《父上》言われていたけれども、ついに行われるんだな。
文官のガスペリから伝えられたが。
数日間は、落ち着かなかったな。
公務を平然と続けていたが、それでも表情は強張っているのを感じていたな。
ユリアナ嬢へ再び会いたかったが、逆効果になるかもしれないと思って会えなかった。
「オリエッタ様の派閥が貴族達を動かしています。会議で廃嫡を強く推す声が上がる可能性が高いです」
入ってきたレーナがそう説明していた。
「やはりか」
大きく息を吐いて、レーナを見つめる。
「クレア嬢との婚約は、どうなるのだろうか。仮なんだけどな」
時間稼ぎのために行ったこと。
正式にしてはいけないもの。
「完全に無かったこととなるかと」
「だよな」
いずれにしても、行き着く先になったかもしれないが。
ユリアナ嬢と再度婚約してから行うべきだったもの。
それが、このタイミングになってしまった。
「廃嫡にならないとすれば、オリエッタ様と婚約することですが」
唯一の方法と言える。
「それは難しいかもしれない」
しかし俺は顔を下に落としながら、返事をする。
「やはり俺はユリアナ嬢と結ばれたい」
そしてレーナに伝えた。
「失礼します」
扉がノックされて、クレア嬢が入ってきた。
今日の公務は終えているはずなんだが。
ただ彼女は不安そうな表情をしていた。
「クレア嬢、どうしたんだ?」
「王室会議は明日ですね」
大きく息を吐いて、俺を見つめている。
「ああ」
軽く返事をした。
「私の提案をしたばっかりに、大変なことに」
「いや、君のせいじゃない」
大きな原因はユリアナ嬢との婚約を破棄した事だ。
俺が楽な方に逃げたばかりに。
「いずれこうなっていたからな」
苦笑を見せて、少し和ませようとする。
そんなの出来そうにないが。
「明日はどうされるんでしょうか?」
「成り行き次第だな」
軽く息を吐いて、自分を落ち着かせる。
どう追及されるか分からない。
厳しいことになるのは確実なのだが。
「殿下、明日で決着がつくなら……私はもう、殿下のそばで見守るだけでいいです」
はにかんでいるが、表情には不安が残っていた。
「クレア嬢、ありがとう。でも俺は諦めない。ユリアナ嬢を待つ」
だから、俺も笑みを見せて、クレア嬢を安心させる。
「分かりました」
彼女は執務室を出ていった。
「さて、王室会議で全てを決着させよう」
*
【クレア視点】
「明日、ですね」
とうとう来てしまった。
王室会議が。
それまでに、ユリアナ様との再縁が決まれば良かったのですが。
間に合わなかった。
でも、こうなったからには乗り越えないと。
いや、乗り越えられないかもしれない。
オリエッタ様は何を考えているのか分からないし。
『恋と王冠とティータイム2』のライバルなのだから。
それに、王族や主要な貴族達が集まっている。
単純に済みそうにないかな。
「殿下は大丈夫なのでしょうか」
この状況でも、私は殿下を心配している。
もうちょっと私を心配すればいいのに。
寝室の鏡で自分の顔を見てみた。
ちょっと疲れているのかな。
乾いた笑みになっているし。
「仮の婚約、無効にされるかな」
私が提案したものだから。
それ自体は問題ない。
問題ない訳ではないけれども。
だって、ハッピーエンドが取り消しになるような気持ちだから。
いや、もうとっくに無くなっているから。
結ばれる可能性はほぼゼロに近い。
どうでもいいかもしれない。
殿下が転生したって分かった時に、そうなっているのだから。
それに殿下は、ユリアナ様と結ばれたがっている。
邪魔するわけにはいかない。
再縁出来ないと廃嫡になる。
だから仮の婚約を結んだわけで。
(『恋と王冠とティータイム』の世界だよね)
だけど道がズレちゃって、分からなくなっている。
でも、オリエッタ様が来ているからゲームと同じような世界なんだよね。
ゲームと同じように攻略出来たら良いんだけれども。
最初はなっていたけれども。
だから、ハッピーエンドの近くまで来れた訳で。
途中から殿下が土下座してから、外れちゃった。
私は殿下のために講習をしているし、仮の婚約を結んじゃうし。
「なるようになるしかならないかも」
結局は現実だから、思い描いたシナリオにはならないのかな。
軽くため息をついて、窓から王都の景色を見てみる。
曇りで星が見えない。
「だけど、逃げない。決着を見届けないと」
殿下が誰を選ぶのか。
それを最後まで見届けるのが、私の役目。
『恋と王冠とティータイム』のヒロインだからこそ、立ち向かうべき。
結ばれないのは分かっていても、それが私の覚悟。
寝坊したらまずいから。
私はベッドに入って、眠りについたのだった。
*
翌朝、俺は朝食後に陛下《父上》に呼び出されていた。
謁見室には、厳しい目つきで俺を見て座っている。
「おはようございます」
緊張しながらも落ち着いた声を出して、平常心を保とうとする。
「レオポルド、王室会議が開かれる。それは覚悟しているな?」
穏やかながらも、棘があった。
やはりその事だよな。
「勿論です」
「今日でお前の意志をはっきりさせろ。国を優先するか、恋を優先するか」
二択しかないということか。
「父上、俺の答えはもう決まっています」
考えは頭の中に。
曲げることはするつもりはない。
「そうか」
席を立ち上がった父上。
王室会議に出席する準備だろう。
「遅れないようにしろ」
「はい」
俺も会議に出る準備をしていくことに。
とはいっても、礼服へと服装を整えるくらいだったが。
王宮内の廊下には、貴族達が歩いている。
誰もが俺に向けて冷たい目線を送っていた。
「王太子殿下が私情を優先するなど、国への裏切りだ」
冷ややかな噂話も聞こえてくる。
「オリエッタ嬢こそ、正室に相応しい。ユリアナ嬢やクレア嬢よりも」
会議室には、王族や主要な貴族、宰相らが集まっていた。
長方形の長いテーブルを中心にして、それぞれ座っていた。
オリエッタ嬢は既に会議に参加している。
黒に近い深紫の金の刺繍が入ったドレスを着て、扇子を手にしていた。
彼女の周りには、アルマータ派の貴族達が。時折話しかけたりもしている。
アルマータ派の貴族達は俺を冷たい目で見ていた。
「ごきげんよう、殿下。私、不安でたまりませんの」
微笑みながら、オリエッタ嬢が俺に近づいてきた。
不安って、どこにあるのだろうか。
「こっちもだよ。俺の処遇に関するものだからな」
苦笑いしながら、返事をする。
「どうなるのか、気になりますわね」
そして軽くカーテシーを行う。
「では本日、よろしくお願いしますわ」
彼女は席に座っていった。
「殿下、よろしくお願いします」
クレア嬢も会議室に。
俺を見て軽く挨拶をした。この場だから、簡単に。
「ああ、こちらこそ」
ただ服装はいつものブラウスやロングスカートではなく、ライトグレーのドレスに身を包んでいる。
この場だからだろうな。
「ユリアナ嬢は来るのだろうか」
王室会議の事を知っているなら、来る可能性が高い。
まだ見えていないが。
「来た」
会議が始まる少し前、ユリアナ嬢が入ってきた。
アイボリーの控えめなドレスを来て、ゆっくりと席に。
「よろしくお願いします」
「あ、ああ」
俺を見ると軽く一礼をした。言葉も簡単に。
偶然か、空席の状況もあってクレア嬢の隣に座っていた。
やがて父上も入って、会議室は静かになっていく。そして会議は始まった。
長い会議卓の上座中央に陛下。
その右に宰相、左に俺。
側面にはオリエッタ嬢や主要貴族が並び、下座にはクレア嬢とユリアナ嬢が並んで座っていた。
「王室会議を開始する」
議長でもある父上が開式を宣言した。




