第22話【微笑む令嬢】
【オリエッタ視点】
「なるほど」
この時私は、レオポルド殿下がユリアナ様やクレア様と一緒にいる状況を、柱の影から見ていた。
私と殿下が結ばれるって、王宮や貴族内では決まりかけていましたのに。
つまり私が、王太子妃になれたはず。
まさか、殿下とクレア様が婚約を結ぶことになるとは。
それを聞いて驚きましたが、そこへユリアナ様がやってくるなんて。
嫉妬なのでしょうか。
修羅場が起きているのは分かります。
クレア様と話し合った後に、ユリアナ様が走り去ろうとして、追いかけながら殿下が止める。
そして殿下とユリアナ様は、本心をぶつけていた。
「クレア様との婚約は、時間をつくるためのものだ」
殿下が言い放ったのは、さらに驚くべきもの。
本当はユリアナ様を選ぼうとしている。
つまり、クレア様とは本当の婚約ではない。
扇子を閉じて、私は微笑んだ。
「オリエッタ様?」
伯爵令嬢のミリア嬢が心配そうに訊いてきた。
彼女は私と一緒に、様子を伺っていたから。
「何でもありませんわ」
笑みを崩さずに、返事をする。
「クレア様は、”仮”の婚約なのね」
「仮、ですか」
殿下達のやりとりで、完全に分かりました。
立場を守るために、偽りを行うなんて。
でも、分かりますわ。
彼が愛しているのは、ユリアナ様ですからね。
「王太子殿下は、婚約者を失ったままではいられない」
「クレア様に決まろうとしていますが、現在も不在でしたね」
一ヶ月が経とうとしている。
再縁が出来ていないのであれば、王太子として危うい状況。
「だから時間を作った」
ミリア嬢は私の話に頷いていた。
そして私は微笑んだ。
「面白いわ」
この状況、どうなっていくのかしらね。
私には派閥の貴族がいますけれど。
*
ユリアナ嬢が王宮にやってきた翌日。
窓の外は曇り空で薄暗い。
俺は公務の合間に執務室で考え事をしていた。
考える内容は、ユリアナ嬢に関すること。
彼女は涙を流しながら、彼女の本音を聞いた。
もし追いかけなかったら、取り返しの付かないことになったかもしれない。
「ユリアナ嬢の『まだ怖い』という言葉が、胸に刺さる。でも、俺はもう逃げない」
彼女がそう打ち明けていたからこそ、時間を稼がないといけない。
クレア嬢と婚約を結ぶという状況にしないとな。
「殿下、ちょっとよろしいでしょうか?」
レーナが紅茶を持ってきながら執務室へ入ってきた。
「どうしたんだ?」
慌ててはいないものの、少し冷や汗をかいている。
「王宮内で噂が広まっています」
「どんな噂だ?」
広まるのはおかしくないが。
「殿下の婚約についてです」
「俺の婚約?」
気になったので、俺は執務室を出ていって噂を直接確かめることにした。
どんな噂が広まっているのだろうか。
少し歩いていると、噂話は聞こえてきた。
俺は気づかれないように、聴いてみることに。
「クレア嬢の婚約は仮らしい」
「王太子殿下はユリアナ嬢をまだ諦めていないとか」
秘密にしていたことが貴族達に知られている。
確かに昨日、王宮内でユリアナ嬢に話したが、ここまで広まるのか?
「婚約を政治利用しているのか?」
貴族達がざわついている。
誤解じゃないけれども、時間稼ぎのためには何とかしないと。
ただ、そこへ。
「皆様」
オリエッタ嬢がやってきた。
優雅に微笑んでいて、落ち着きがあった。
「王太子殿下はお優しい方ですから」
一拍、間が流れる。
「昨日の”お話”も、つい聞こえてしまいましたの」
ゆっくりと丁寧にオリエッタ嬢は打ち明けた。
「情に流されてしまったのかもしれませんわ」
説明するようにしながら、俺の印象を決めようとしているようだった。
訂正したいが、ややこしくなるだけかもしれない。
だが、貴族達に悪印象を与えるわけには。
「クレア嬢の”思いやり”で」
扇子で口元を隠しながら、微笑んでいる。
(ここで出るべきか?)
一瞬、迷った。
だが。
「オリエッタ嬢」
俺は気がつくと声を発していた。
「変なことを言わないでもらいたい」
そして彼女の前に出てきていた。
何故か言葉に悪意を感じたから。
「あら、殿下。聞いていらしたのですか?」
「気になったからな」
貴族達はそそくさと、移動していった。
「勘違いなさっているようですが、私は陰口など叩いておりませんわ」
笑みを崩さずに、俺を見つめていた。
確かに表向きだけみたら言っていないのかもしれない。
「情に流されたけれど、殿下はお優しいと」
軽く拍手をして、会話を続けていく。
「クレア嬢の思いやりがあってこそ、ですから」
何だろうな、悪役令嬢以上に悪役令嬢っぽい。
ただ言い返すことは出来なかった。
「ですので、気にしすぎですわ」
扇子で口元を隠した。
「殿下、仮であるならば廃嫡を覚悟しなくてはいけませんわ」
「それは分からないな」
仮じゃなくなればいいのだからな。
「そうですわね、また後日」
扇子を閉じて歩いていった。
「広まっていたな」
執務室に戻ると、俺はクレア嬢に呟いた。
クレア嬢は隣から資料を持ってきていた。
「私と殿下の婚約ですか?」
「ああ、仮であることも知られていた」
ため息を吐きながら、苦笑いをする。
「確かに知られる可能性はありましたが、昨日の場面では」
「そうだよな」
王宮の中で打ち明けちゃったからな。
知られるのは時間の問題だったんだろうな。
「あと、オリエッタ嬢と少しだけ揉めた」
「何をしているんですか」
眉をひそませ、呆れながら俺を見つめていた。
「クレア嬢を悪く言っているように感じてな」
ため息を吐き、正直に話していく。
「感じてって、本当に言っていたんですか?」
「分からない。オリエッタ嬢は言っていないと」
そのまま伝えると、軽くクレア嬢は頷いた。
「見ていないので分かりませんが、今のタイミングは殿下の立場に関わりますよ」
忠告をクレア嬢からされる。
「そうだな」
カチンと来てしまったのは、俺が悪いな。
「でも、少しだけ嬉しいかな」
「えっ」
「私のことで揉めたのですから」
顔をほんのり赤くしているクレア嬢。
その様子は、ヒロインの姿だった。
「まあな」
少しだけ嬉しくなってしまう。
オリエッタ嬢と揉めるのは良くなかったが。
*
【クレア視点】
殿下がオリエッタ嬢と揉めてから数日後。
私は書庫を出て、王宮内の回廊を歩いていた。
「クレア様」
誰かに呼び止められた。
振り返ってみると、オリエッタ様が立っていた。
扇子を開いて微笑んでいる。
「オリエッタ様、ごきげんよう」
「ええ、こちらこそ」
笑みを見せたままで、私に近づく。
「婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
当然知っているから、私はそのまま感謝をする。
「でも」
オリエッタ様はさらに一歩近づいた。
「偽物の婚約は大変でしょう?」
彼女の言葉で、持っていた資料を少し落としそうになった。
持ち直したので散らばることはなかったけれど。
「私、全部知っていますの」
微笑みながら私を見つめてくる。
「王太子殿下は、ユリアナ様を待つために」
一拍置いて、笑みを強めた。
「あなたを使っているのでしょう?」
図星だから、何も言えない。
「そして、それを”知っていながら”受け入れている」
彼女は完全に把握していた。
沈黙が回廊に流れていく。
「かわいそうですわ」
露骨に悲しそうな表情を見せた。
一気に変えられるなんて。
「愛されない婚約者なんて」
何を思って言っているんだろう。
「それでも殿下の隣に立つと決めたのですわね」
私を察して、言っているのか分からない。
「愛されないって、そんなこと」
事実かもしれない。
だけど私は言い返したかった。
モヤモヤする。
ヒロインとして愛されたい気持ちはあったから。
「ええ、そうです」
だけど、少し吹っ切れて肯定した。
「殿下は私を愛していません」
すると悲しそうな表情は少し驚いていた。
「だけど」
軽く息を吸った。
「それでも私は、殿下の隣に立ちます」
私は彼女に言い放つ。
「クレア様、安心してください」
再び、オリエッタ様の表情は笑みに変わった。
「私が殿下を救って差し上げます」
前世で見た、通販番組みたいな表情。
おまけでもつくのかしら。
「どういう意味ですか」
私は訝しげな表情で、訊いてみた。
「王室会議が開かれます」
オリエッタ様の言葉で、私は目を丸くした。
正式な婚約は王室会議で決まるはず。
「そうなれば」
オリエッタ嬢は口元を扇子で隠した。
「婚約は無効になります」
その言葉を聞いた途端、私は歯ぎしりをした。
「あなた、私だけじゃなくてユリアナ様までも!」
無効になれば、時間稼ぎだって無駄になってしまう。
婚約が決まっていない状況に逆戻りに。
すると殿下は廃嫡になって、ユリアナ様と再縁することも不可能になる。
それが狙いなのね。
「まあまあ、まだ決まりではありませんの」
私をなだめるように、落ち着いた口調を続けている。
「王太子妃は、王国の安定のために選ばれるべき」
言葉を続けたまま、じっと私を見て微笑む。
「恋愛ではなく」
そして扇子を閉じた。
踵を返し、私から背を向ける。
「政治で」
去り際に、そう言い残して。
私も冷静になれなかった。
やはり、前世で遊んでいた次回作、『恋と王冠とティータイム2』のライバル。
手強い。
「クレア様!」
オリエッタ様の後ろ姿を見ていると、レーナさんが慌ててやってきた。
「どうしたの?」
息を切らせ気味でレーナさんは答えた。
「数日後、王室会議が開かれます」
全てが決まる場が、ついに来た。




