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王太子に転生しましたが、何故か悪役令嬢に土下座をしました  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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第21話【嫉妬の炎、揺らぐ心】

【ユリアナ視点】


 わたくしは急いで身支度を整えて、馬車に乗り込んだ。

 王宮へ向かう途中、報告書を何度も読み返していた。

 指先が震えて、紙がカサカサと音を立てる。

 やはりそこには、『クレア・ユングホルツ嬢と婚約を結びます』という文字が、冷たく並んでいた。


「クレア嬢が殿下の婚約者に、本当に?」


 声に出して呟いた瞬間、胸の奥が鋭く痛んだ。

 まるで鉄の爪で心臓を掴まれたような痛み。息が詰まり、喉がひりつく。

 手が震えていて、思わず強く握りしめていた。紙がくしゃりと音を立てた。

 正式に婚約するのかしら。


(どうして?)


 馬車の揺れに身を任せながら、わたくしは目を閉じた。

 思い出すのは、婚約してからの頃。


「ユリアナ嬢、ずっと一緒にいてくれますか?」


 まだ幼かった殿下は、わたくしの隣で少し照れながら言っていた。

 あの頃の殿下は、わたくしを「完璧な婚約者」として見つめてくれていました。

 わたくしは完璧な令嬢であろうと必死でしたわね。

 笑顔を崩さず、言葉を慎重に選んで、殿下の弱さを決して許さずに。

 それが正しいことだと信じていた。


「君との婚約を、ここで解消したい」


 なのに、それから納得いく理由も告げられずに王宮の応接室で婚約破棄された。

 何日かして、殿下は屋敷の応接室で床に頭をこすりつけた。

 行動が理解できなかったものの、謝罪であることは分かった。

 彼がした事で、わたくしの胸に走ったのは、怒りよりも深い痛みだった。

 ”完璧じゃなかったから、捨てられた”。その思いが、わたくしを長い間縛り付けた。


「わたくしを捨てたの?」


 そして先日、殿下からもらった絵。

 歪んだ線と、優しい横顔。

 完璧じゃないけれども、温かさだけは確かに伝わってきた。

 添えられた言葉、『完璧じゃなくても、この気持ちだけは変わらない』、今も脳裏に焼きついている。

 あの瞬間に、わたくしの心は揺らいでいた。

 少しだけ、殿下を信じたいって思ったのに。


「殿下はわたくしを選ぶって言ったのに、どうして?」


 疑問が頭の中で巡っていく。


「わたくしが臆病おくびょうで、すぐに返事ができなかったから、殿下は諦めてしまったの?」


 何度も保留にしてしまった。

 絵をもらった時から、徐々にわたくしも心は開きつつあった。

 オリエッタ嬢が出てきてから、危ない状況になりつつあったにもかかわらず、返事ができなかった。

 そのためなのかしら。


(わたくしが、もっと早く返事をしていれば。わたくしが完璧でいようとしなければ)


 嫉妬と後悔と恐怖が、波のように押し寄せてくる。

 涙が一筋、頬を伝った。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 隣で座っているサルチャクが心配そうに声をかけた。


「ええ、何とか」


 馬車は王宮へと急いでいた。


「殿下、どこにいるのかしら」


 久しぶりにわたくしは、王宮へ足を踏み入れた。

 王宮へ来たのは、婚約破棄されて以来ね。

 わたくしの中では、あの時から変わっていないように感じる。

 そう思ったのは入口だけ。


「クレア嬢が婚約者になるらしい」


「新しい婚約者が決まりそうなのか」


「オリエッタ嬢ではないのか」


 わたくしの耳に入ってくる、貴族や侍女の会話。

 報告書にあったとおり、婚約者にクレア嬢がなるというのは本当らしい。

 だからこそ、殿下に訊きたかった。

 あれほどまでに、戻したがっていた。

 それなのに、クレア嬢と一緒になろうとするなんて。

 伏線はあったかもしれない。


「ルイッツホーフ公爵令嬢、ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ様」


 文官が声を上げた。

 途端にこっちの方に注目して、王宮の雰囲気が変わる。

 結構ざわついている。


「ユリアナ嬢が今さら王宮に?」


「婚約破棄されてから初めてじゃないかしら」


「もうクレア嬢が婚約をしたというのに」


 貴族達の視線は冷たかった。

 ひそひそとこちらを見ながら、噂話をしている。

 侍女達は丁寧にカーテシーをするが、目には好奇と憐れみが混じっている。

 使用人達は気まずそうに視線を逸らしていた。

 前までだったら、わたくしを羨望せんぼうの眼差しで見ていた人いたはず。

 それが今は、まるで過去の亡霊を見るような視線に変わっていた。

 これが前婚約者という訳ですのね。


「クレア嬢」


 殿下を探していると、先にクレア嬢と出会った。


「ユリアナ様」


 落ち着いた表情をしていて、婚約者らしい雰囲気を出している。

 微笑ほほえみながら、わたくしを見つめていた。


「殿下と婚約なさるの?」


 早速わたくしは彼女に問いかけた。


「はい。そういう形になります」


(やはり、本当に)


 わたくしの胸が痛んでいく。

 ズキズキと突き刺さるように。

 報告書に書かれていたことは、事実だった。

 わたくしの視界が、急速にぼやけていく。


「ですが、これは」


 クレア嬢が続きを言おうとした。


「そう」


 わたくしが咄嗟とっさに止めてしまった。

 これ以上は聞きたくないと思ってしまったのかしら。


「どうしたんだ、クレア嬢」


 すると、殿下がやってきた。

 クレア嬢の隣に来ようとした瞬間に、足を止めた。


「殿下」


 彼もわたくしに気づいたのか、驚いた表情をしている。


「ゆ、ユリアナ嬢!?」


 慌てふためいている。

 突然の訪問だったから、気づかなかったのでしょうね。

 侍女のレーナとも会っていませんでしたし。


(殿下はクレア嬢を)


 心の中で黒いものが渦巻いていく。

 薄れることなく、濃くなっていった。


「え?」


「元婚約者?」


「修羅場?」


 周囲がひそひそと噂話をしていた。

 注目を浴びている。

 この状況って、修羅場ですのね。まあ、間違っていないかも。

 その瞬間、わたくしの中で何かが決壊した。


「失礼しますわ!」


 わたくしはいたたまれず、逃げてしまった。

 取り返しがつかないように思い、わたくしが場違いのように感じてしまって。


「待ってくれ!」


 馬車の方へと走っていく。

 もう遅すぎたのかしらね。

 わたくしがもうちょっと、信じていれば。

 でも、殿下はわたくしの手を掴んで、わたくしを止めようとしていた。


「お、お願いだ、話を聞いてくれ」


「はぁ、はぁ」


 息を切らしながらも必死な表情。

 わたくしも走ったから、息が切れそうになっていますが。


「で、殿下、婚約を決められたそうですね」


「あ、ああ」


 わたくしが問いかけると、殿下は頷いた。

 こんな事をされるなんて。


「殿下は、二度も裏切るつもりですの?」


 そう言葉を出しているわたくしの目には、再び涙が出始めている。

 声が震えていた。


「また、わたくしを捨てるつもりですか?」


 周囲が見ているのも構わずに、涙を流し続けていた。

 先日屋敷で見せた以上の涙を。


「あれは、嫉妬しているのか?」


「婚約者を取られて泣いているんだろうな」


 噂話をしている声が聞こえるけれども、どうでもいい。

 涙は止まらない。


「ユリアナ嬢」


「どうして殿下があんなに再縁を望んで、動いていらしたのに」


 殿下が言っていることをほぼ無視しながら、言葉を続けていく。


「絵をいただいて嬉しかった。本当に、殿下の想いが伝わっていましたのよ」


 膝から崩れ落ちそうになりながら、必死に言葉を続けた。


「わたくしは殿下を信じようとしてたのに!」


 感情を出しながら、殿下にすがりつく。

 完全にわたくしは負けたように思えたから。


「それなのに!」


 視界は涙でにじんでいる。


「わたくしだって、殿下を諦めたくないのですわ!」


 殿下に向かって想いをぶつけていく。


「側にいたいのに、クレア嬢が!」


 少しの間、わたくしの涙声が響いた。


「違う」


 殿下は言葉が途切れたのを見計らい、わたくしを見ながら言い放った。

 周囲がざわついていた。


「何がですの」


「俺が本当に選ぶのは」


 軽く息を吸っている。


「ユリアナ嬢だ」


「え?」


「最初からずっと」


 追いついてきたクレア嬢は、静かに目を閉じていた。

 そして小さく呟いた。


「良かった」


 わたくしは殿下が言っていることを理解できず、混乱していた。

 クレア嬢と婚約するのに、わたくしを選ぶって。

 どういうことなのかしら。


「クレア嬢との婚約は、時間を作るためのものだ」


「時間をつくるため、ですの?」


 王太子に婚約者がいないのは、王国として良くないこと。

 わたくしが婚約破棄されてから、一ヶ月は経とうとしている。

 だから、形だけでも婚約者を作ろうっていうつもりなのかしら。


「クレア嬢、本当なの?」


「はい」


 わたくしが問いかけると、クレア嬢は頷いた。


「俺は、廃嫡になっても君を選ぶ」


 矛盾むじゅんしているかもしれない。

 殿下が廃嫡にならないように動いていたのに。


「それは本心ですの?」


「ああ」


 肯定の返事をする殿下。

 嘘じゃないのね。


「で、殿下」


 再びわたくしには涙が出てきてしまった。

 嬉しいからなのだろうか。


「大丈夫だ、俺が守る」


 わたくしを殿下が抱きしめてくれた。

 温かくて安心する。

 このまま受け入れてしまいたかった。

 本当なのは分かっているから。

 でも、まだあの日の事が残ったまま頭の中を支配していた。


「まだ怖いです」


 だから殿下にこう告げてしまう。

 すると彼は微笑んだまま、返事をする。


「それでもいい」


 殿下のこの言葉は、今までで一番落ち着く感じ。


「待つから」


 涙が落ち着くまで、わたくしは言葉を出さなかった。


「少しだけ時間をください」


 か細く出しながら、彼への返事を行った。

 保留にしていたけれども、決めなければいけない。



 王宮の廊下で、二人が静かに向き合うなか、遠くでオリエッタ嬢の影が動く気配がした。


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