第17話【届いた想い、再会の庭】
「ふぅ」
起きたときに軽く息を吐く。
昨日、ユリアナ嬢の絵を描いた俺は、起きてすぐなのにドキドキしていた。
疲労感は昨日よりも少ない。
「殿下、起きられましたか」
寝室には、レーナが来ていた。
侍女だから俺が起きるタイミングでもやってくるんだよな。
「ああ」
ベッドから降りると着替える。
その際に、ユリアナ嬢を描いた紙を入れた封筒を胸ポケットに入れ、朝食を。
食べ終わったら、準備を済ませて外へ。
「ごきげんよう、殿下」
「おはようクレア嬢、これからルイッツホーフ家へ向かう」
廊下を歩いている途中、クレア嬢と出会った。
彼女は執務室へ向かっていて、補助仕事をしようとしていた。
「殿下、今日こそ想いが届きますよ」
微笑みながら、俺を見つめていた。
その表情には、送り出す気持ちだけを感じられた。
「公務は視察名目で調整済みです。時間はたっぷり取ってあります」
レーナがそう説明する。
気にしなくて良いって事か。
「ありがとう、助かる」
俺は外に停めてある馬車に乗り込んで、ルイッツホーフ家の領地へ。
レーナも一緒に乗っていた。
視察名目なので、形式上はルイッツホーフ公爵領へ行く必要があるから。
数時間掛けて地方にある領地へ。
馬車が揺れる中、胸のポケットには封筒が入ったまま。
(昨日描いた絵。完璧じゃないけど、俺の気持ちは込めた。選ばれなくても、今日こそ伝える)
俺はそんな事を考えながら、窓から景色を見ていく。
王都郊外の田園地帯が広がっている。
「殿下、まずは領地の視察ですから」
「そうだな」
まだまだ時間はたっぷりある、落ち着いていこう。
畑では作物が育てられていて、農作業をしている様子が目に入った。
「王太子殿下! ようこそいらっしゃいました!」
村の中心地で降りて、村人から出迎えられる。
笑顔を見せており、視察に来たことが嬉しそうだった。
「ああ、調子はどうだい?」
「最近は天候も良くて、安定しています」
「それは良かった」
歓迎されていて、俺自身名目上であるが気分は良かった。
「ユリアナ様の殿下だ!」
「殿下、ユリアナ様がいないと、村も寂しいですわ」
何人かは、ユリアナ嬢を含めてで覚えていた。
やはりここでは、彼女と一緒にいるって思われているみたいだ。
それに婚約破棄のことも、伝わっているんだな。
「王太子様って、ユリアナ様みたいに優しくない!」
「えっ!?」
しかも、子供からそんな事まで言われたし。
それから教会などを視察していって、また馬車に乗り込む。
また王都に戻って、ルイッツホーフの屋敷へ。
「さて、ユリアナ嬢に会おう」
「時間的に夕方になりますが、問題ありません」
再び馬車が揺れる中、俺の拳が汗ばんでいる。
これから彼女に会うのだから。
王都までは数時間かかるが、緊張し続けていた。
(土下座は禁止だったな。でも、どう渡せばいいんだ?)
普通に渡せば良いのか。
謝りながら渡せば良いのか。
そして土下座は禁止だが、片膝をつく覚悟は見せても大丈夫だろうか。
窓の外で通り過ぎる田園地帯や村を見て、考えを整理していく。
「着きましたね」
「ああ」
夕焼けに染まった王都。
その中にあるルイッツホーフ家の屋敷の前。
緊張したままであるが、馬車から降りたって、屋敷の敷地へと向かっていく。
一歩ずつ近づくにつれて、ドキドキしていく。
扉の前に立ったら、扉を叩いて誰かが出てくるのを待つことにした。
「殿下ですね。本日は視察でしょうか?」
出てきたのは、使用人の男性だった。
平然とした様子で、驚いていない。
「公務の視察もあるが、ユリアナ嬢に用がある」
「ユリアナ嬢、ですか」
彼女の名前が出てきた途端、少し驚きながらも俺を応接室まで案内した。
少しすると、紅茶が出てきたので、移動で疲れたのもあって飲むことに。
応接室から見える庭は、夕焼けに照らされて、美しく見せていた。
(あの時と同じ応接室だ。でも今日は土下座じゃない、想いを伝えるだけだ)
そういえば最初に土下座をしたとき、俺はこの応接室に案内されたんだっけ。
ただ紅茶は飲めなかったし、庭も見れなかったな。
「お待たせしましたわ」
ユリアナ嬢がやってきた。
何日かぶりに会う彼女、変わっていない。
完璧な様子を見せている。
「殿下、今日は公務でいらしたのですね。何かご用でしょうか?」
彼女と出会った瞬間、緊張が高まってくる。
無表情のままで、俺を見ていた。
このまま何もしなければ。
ユリアナ嬢は、きっと別の誰かと幸せになる。
ーーそれでもいいはずだった。
だが、覚悟は決まっている。
どうやって切り出そうか悩んでいたが、意を決して口を開く。
「これを渡したく、ここに来た」
ユリアナ嬢に胸ポケットから取り出した、封筒を差し出した。
緊張していて、差し出した手は震えている。
それをユリアナ嬢は受け取って、彼女はゆっくりと開けた。
「あら、わたくしの?」
「そうだ」
中には不完全だけども、俺の想いがこもったユリアナ嬢の横顔絵。
そして添えた『前世で何枚も描いた君を、今生でも描きたくなった。完璧じゃなくても、この気持ちだけは変わらない』。
俺は目を見開いる彼女の様子を見守った。
*
【ユリアナ視点】
サルチャクの報告書で、殿下が今日、ルイッツホーフ家の領地を視察するのは知っていた。
おそらくこの屋敷にもやってくるって、分かった。
いつになるかは、分からなかったけれど。
王都から馬車で数時間かかるような場所なので。
平然としながら、わたくしは屋敷で過ごしていく。
そして夕方に、殿下がやってきて、わたくしに会いたいと言われたのでした。
「これを渡したく、ここに来た」
表情を変えずに応接室に向かうと、殿下は胸のポケットから封筒を取り出した。
封蝋を開けて紙を取り出してみると、わたくしの絵と添えられた文字が。
途端に目を見開いて、それを見ていた。
「あら、わたくしの?」
「そうだ」
わたくしの絵は横顔を描いたものですが、線は歪んでいて決して上手いものとはいえないかもしれない。
そして側には『前世で何枚も描いた君を、今生でも描きたくなった。完璧じゃなくても、この気持ちだけは変わらない』という文。
「殿下、これを描いてくださったの?」
わたくしはスケッチブックに描いた絵を思い出した。
公務の合間に描いた殿下の横顔。
確かにわたくし自身が描いたものも、こんな感じみたいに上手いものとはいえないかもしれない。
だけど、わたくしの殿下に対する想いは詰まっていたはず。
この絵にも同じくらいの想いが感じられる。
気がついたらわたくしの頬から、熱いものが。
いつの間にか涙が出てきていた。
わたくしは絵を胸に抱き、その指先は震えていた。
「ユリアナ嬢、泣いているのか?」
殿下が心配そうにわたくしを見ている。
「わたくしも、公務の合間に、殿下の横顔を描いていましたわ。記録として、ですけれど」
思わず絵を描いている事を口に出していた。
すると殿下は「本当なのか」と言いたいように驚いていた。
嘘ではありませんが。
「お恥ずかしいですし、上手くはありませんので、お見せできませんけれど」
涙を流しながらも、軽い笑みを見せる。
ちょっとみっともないかもしれませんが。
「そうなのか」
興味津々そうな言葉を殿下は、漏らしていた。
「いつか、お見せしますわ」
苦笑いしながら返事をする。
それはいつか分かりませんけれど。
「その時は、殿下の隣に戻れた時に」
少なくとも、そのタイミングでしたら見せれるので。
「ところで殿下。今日、クレア嬢はご一緒ではないの?」
「い、いや」
ふと気になったから訊いてみた。
子爵令嬢のクレア嬢はいなかったので。報告書では、肩を揉んでいらしたのに。
訊くと殿下は少々、狼狽えていましたが。
「そうでしたの」
わたくしは、涙を拭いながら微笑む。
まあ、いいですわ。
「俺は……ユリアナ嬢がいなくなって、初めて分かった。俺は君に頼り切りだった。完璧な君に甘えて、弱さを隠していた。だから、逃げたんだ。でも今は違う。選ばれなくても、君のそばにいたい」
殿下はわたくしの目を見ながら、彼の気持ちを打ち明けていった。
本心なのは分かる。
「殿下。わたくしも、完璧でいようとして、殿下の弱さを許せませんでした。それが、殿下を追い詰めたのかもしれません」
そしてわたくしも、殿下に伝えていく。
投げられたものを返すように。
涙は少しずつ流れていって止まらない。
わたくしは、このまま婚約を戻してほしいと言いたい気持ちがあった。
だけど、怖かった。
「でも、まだ信じられない。二度と捨てられるのは怖いですの」
だからわたくしは殿下に、はっきりとこの怖さを打ち明けた。
拒絶したくはない。
それでもあの日のことは、二度と起きてほしくないと思っていた。
わたくしは、心にある門の直前で想いを止めていた。
そしてこのタイミングで、サルチャクが紅茶を持ってきた。
わたくしや殿下を見ても、何も言わずに。
「信じてもらえなくてもいい。今は、変わった俺を見ていてほしい」
殿下は前のような膝をついて、頭を床にこすりつけるという事はせず、片膝をついてわたくしを見つめていた。
その目には曇りがない。
「……少し、考えさせてくださるかしら」
そんな殿下に対し、わたくしは絵を胸に抱きながら返事をした。
保留であったが、拒絶という意味ではない。
でも今日は、これしか言えなかった。
「殿下。本当に、変わったのね」
わたくしは帰っていく殿下と頂いた絵を見つめながら、思っていることを漏らした。
*
「まだ届いていない。でも、今日で少し近づけたかもしれない」
俺は馬車に戻りながら呟いた。
ユリアナ嬢が最後に俺に話したタイミング、目には涙が流れ続いていたけれども、わずかな希望を浮かんでいた。
だから、彼女のために動かなくては。




