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王太子に転生しましたが、何故か悪役令嬢に土下座をしました  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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第16話【描いた想い、届く前に】

 朝、身体を起こしながら、だるい気持ちでため息を吐く。


「はぁ~、眠い」


 起きると疲労感が残っていて、二度寝したくなってくる。

 昨日の公務による疲労が回復していない。

 だが今日も公務があるはず。

 なのに、また布団の中で眠りたかった。

 身体を起こしたが、また横になろうとしていた。


「殿下、おはようございます」


 するとレーナが寝室にやってきた。

 笑顔を見せていて、俺の疲労を気にしていないかのように。


「朝食のご準備が出来ています」


「ああ」


 弱い声を出しながら、レーナに返事をする。

 でも身体は動かない。


「遅れますので、お手伝いいたします」


「ま、待て」


 平然としながら、俺をベッドから下ろそうとする。

 ただ、レーナだけの力では難しかったのか、ちょうど歩いていた文官のガスペリに声を掛けた。


「ガスペリ様、お手伝いをお願いします」


「はぁ、分かりました」


 彼は面倒くさそうにしながらも、俺をベッドから引き剥がそうとしていた。

 結構な力があるんだな。


「お、おい!?」


 無理矢理引っ張られ、そのままベッドから出ることに。


「結構強いな!?」


 文官なのに結構な力があるんだな。

 俺はそのまま服を着替えさせられる。

 ここまできたら仕方ないので、俺は朝食を取る。


「兄さん、ちょっといい?」


 食べている間、弟のペテルがやってきた。

 王子であるが歳は離れていて、前世における小学生くらいの年齢。

 朝食は食べ終わっているみたいだな。


「どうした?」


「ユリアナ様と婚約破棄してから三週間だけれども、大丈夫なの?」


 不安そうな表情で俺を見ている。

 ペテルも気にしているんだな。

 一昨日、十五件くらい婚約打診が来ているって言われていたからな。


「まあ、何とかなるよ」


「僕もお嫁さん欲しいのに、兄さんがいなかったら僕の縁談も止まっちゃうからね」


 そうだよな。

 俺が婚約者不在で、ペテルだけ婚約者がいたら不自然だもんな。


「何とかするよ」


「いいお嫁さん、出会えるといいね。じゃないと、僕が王太子になるかもって言われちゃっているし」


 にっこりはしているけれども、ちょっとだけ引きつっている。

 ペテルが王太子って、俺が廃嫡はいちゃくになる前提じゃないのか。


「王様ってあこがれるけれど、大変になっちゃうって」


「そうはならないようにするよ」


 苦笑いしながら、朝食を終えた。

 そして執務室へ。


「殿下、昨日は本当にお疲れ様でした」


 執務室にはクレア嬢がやってきていて、資料を手に持ちながら優しく微笑ほほえんでいた。


「本日は少し軽めの公務に調整しました」


「ありがとう」


 俺は軽く笑みを見せながら返事をした。


「昨日の一日で、ユリアナ嬢がいかに支えてくれていたかを実感したよ」


「それは良かったです」


 クレア嬢もにっこりとしている。


「ユリアナ嬢に何かを送りたい。謝罪や手紙じゃなくて、心のこもった何か」


 俺は少し考え、言葉を続けた。


「前世で一番得意だったものだ」


 立ち上がって、拳を握りしめる。


「ユリアナ嬢のイラストを描いて送る」


 前世でイラスト投稿サイトに上げていた、推しであるユリアナ嬢のイラスト。

 それを今でも描けば、ユリアナ嬢にとっては変わった証拠になるはずだ。


「クレア嬢、絵を描こうと思う。ユリアナ嬢に渡したい」


「殿下の前世の想いが詰まったものなら、きっと届きますよ。完璧じゃなくていいんですから」


 クレア嬢は微笑みながら俺を優しく見つめていた。


「殿下、道具は私が用意します。上手く描けるのでしょうか?」


 レーナも同様ににっこりとしている。


「感謝する。昨日描いたら、線がぐにゃぐにゃだったが」


 苦笑いしながら俺は、絵を描くことに意気込んだのだった。


「では今日はこの後、貴族との会議が行われます」


 スケジュールを確認しながら、伝えていくレーナ。

 今日も会議があるのか。


「そうか、ありがとう」


 俺は会議へと参加していった。

 会議はやはりユリアナ嬢がいなかったから、貴族から『ユリアナ嬢がいれば良かった』と陰口を叩かれていたが。

 それから昼食を済ませて、自室へと戻った。


「よし、始めるか」


 午後からは公務がない。

 だからレーナが用意してくれた紙やペンを使って絵を描いていく。

 何日も会っていないからな、記憶頼りになりそうだ。


「前世では見なくても描けていたんだ、何とかなるはずだ」


 だが、線が震えていて綺麗ではない。

 緊張しているし、ずっと描いていなかったから感覚を忘れているんだ。

 昨日一度描いただけだから。


「何だこれ」


 描き上がったユリアナ嬢は、顔が似ていない。

 前世で描いていたような絵であるが。

 記憶とは全然違っている。

 どうしてだ。


「違うな」


 俺は紙を破り擦れてて、描き直していく。

 再び描いていくが、やはりユリアナ嬢の顔はさっきよりは似ているが程遠かった。

 描き直しだな。

 ゲームでのユリアナ嬢と現実のユリアナ嬢は、一致していたはずだ。

 でもどちらかていうと、思い出して描いているのは”ゲームのユリアナ”になってしまう。

 もう一回描き直そう。


「ダメだ似ていない」


 違う。

 似ていないんじゃない。

 俺はーーユリアナ嬢を”見ていなかった”。

 だから描けないんだ。


「殿下、調子はどうでしょうか?」


 クレア嬢が様子を見に部屋にやってきた。

 微笑んだまま、辺りを見回した。


「紙が雪景色みたいになっていますよ」


 そして床に散らばっている、失敗作の紙を見てつぶやいていた。


「上手く描けないから、何度も描き直しているんだ」


「殿下、イラスト投稿サイトに出していたって言っていましたね」


 一昨日言っていた事を思い出したように、訊いてきたクレア嬢。


「ああ」


 それに俺は肯定する。


「今生じゃ評価は最低ですね。”いいね”が一個取れるかどうかですよ」


 クレア嬢は微笑みのまま俺を皮肉っていた。


「うるさい! 前世は推しパワーで描けていたんだ!」


 言い返しながら、描き続けていく。

 このままじゃ、描き損じの紙が増え続けていくだけだ。


「でも殿下。前世では”見られる絵”を描いていたんですよね?」


「そうだな」


 『恋と王冠とティータイム』のファンアートとして、評価を得られていたし。


「殿下は」


 クレア嬢は少しだけ目を細めた。


「ユリアナ様を”好きな自分”を見ているだけです」


 細めたまま、そう言い放つ。


「本人を、見ていません」


 その言葉は俺に突き刺さるようであった。


「今回は”届く絵”を描いてください」


 そうクレア嬢は指導していた。


「じゃあ、もっと似せれば良いのか?」


 俺はそう思ったので、訊いてみた。


「違います」


 するとはっきりと否定される。


「でも、こちらは上手いですね」


 さっき捨てたものはクレア嬢が見て、そんな評価が出ていた。

 多少はブランクを埋められたからだろうな。

 まだまだ線がぐにゃぐにゃな感じだったが。


「ありがとう」


 とはいえ、完璧に描くのは難しいな。

 彼女の顔はしばらく見ていない。それで思い出しながら描いていっても、似ていない感じになってしまう。

 何回か描いていても、現状の俺としてはこれが精一杯だな。


(完璧じゃなくていい。俺の想いが伝わればいい)


 だからこそだろう。描いているうちに、そんな気持ちが出てくる。

 手紙だって、完璧な文面にしていたらユリアナ嬢には届かなかった。

 絵だって同様かもしれない。

 伝わるには想いを込めないと。

 前世の俺なら、もっと綺麗に描けただろう。

 でも今の俺は、それでも描く。


「よし、出来た」


 今日一番の出来な絵が出来た。

 ユリアナ嬢の横顔の絵。

 優しい微笑みと心のこもった目が特徴的。

 線がゆがんでいるものの、想いが伝わる絵。

 完璧じゃないものの美しく感じる。


「良いですね、綺麗です」


 クレア嬢が見て、感想を一言。


「そうなのか?」


「はい、完璧ではありませんが優しい表情は、殿下の想いが入っています」


 続けての言葉は、クレア嬢の本音を打ち明けているようなもの。


「嬉しいな」


 思わず俺はにっこりとしていた。

 さて、このままだったら伝わらないから、言葉を添えよう。

 何が良いんだろうな。


「うん、これが良いな」


 俺はこの絵に『前世で何枚も描いた君を、今生でも描きたくなった。完璧じゃなくても、この気持ちだけは変わらない』という言葉を。


「伝わると良いですね。謝罪文よりも良い感じです」


 微笑みながらクレアは添えた文字を見ている。


「そうだな」



【ユリアナ視点】


 昼下がりのルイッツホーフ家。

 わたくしは昼食を済ませた後、自室で紅茶を飲みながら書類を片付けていました。


「殿下はどうなったのかしら?」


 かなり大変な公務をしていたようだけれども、気になってしまった。

 わたくしが調整していたけれども、大丈夫だったのかしら。


「ユリアナ様、昨日の殿下の動向が分かりました」


 サルチャクが報告書を持ってきた。


「あら、殿下が孤児院で子供に『顔が引きつってる』と言われて固まった」


「はい。絵も描かれたそうです」


 確か殿下は前世の記憶があるって言われたときに、そういった事をおっしゃっていましたわね。

 それを描いたのかしら。


「会議でわたくしのセリフを丸パクリして、貴族が苦笑い」


「前にお嬢様が会議で言ったことを、そのままおっしゃっていたそうです」


 変えたりしなかったのかしら。

 何も考えずに言ったの?


「茶会で令嬢達れいじょうたちに、『ユリアナ様の社交術が恋しい』とため息をつかれていた」


 あら、彼女達はわたくしを評価されていたのね。

 殿下はうまく立ち回れなかったの?


「本当に殿下は失敗し続けているわね」


「そのようです」


 呆れながらわたくしは報告書を眺めていた。

 これだけ見たら、無能と言われても仕方が無い。


「でも、殿下は本当に一人で頑張っているのね」


 こんなに失敗しているのが証拠。

 失敗しない方が良いかもしれないけれど。


「そんなに苦労するなんて、わたくしがいなくても、変われるのかしら?」


 変わろうとしているのは伝わってくる。

 わたくしはスケッチブックを開き、殿下の横顔が描かれているページを開く。

 そして彼の横顔に手を触れた。

 絵だけれども、何故か愛おしく感じてしまう。


「わたくしが完璧であろうとしたせいで、殿下の弱さを許せなかった。それが、殿下を逃げさせたのかもしれない」


 それはわたくしにとって、一番失敗してしまったこと。

 もう少しだけ完璧さを放棄していれば、わたくしはそのまま婚約者のままだった。


「あら、『クレア嬢が殿下の肩を揉んでいた』と?」


 報告書に書かれているその文字を見た瞬間、胸がざわついた。

 どうして彼女がそんなに近いのかしら。

 肩を揉むなんて、どういうつもり?

 確かにクレア嬢が子爵令嬢ししゃくれいじょうであるから、ある程度近いのもあり得ますわよ。

 でもわたくしは、そんな事したことないのに。

 わたくしは、殿下の隣にいただけでしたのに。


「殿下のそばに、クレア嬢がいますのね。わたくしは、もう必要ないのかしら?」


 声が弱々しくなっていく。

 手にしているスケッチブックごと震えていく。



「よし、これでいい」


 俺は描き上がった絵を封筒に入れた。

 本当は送るつもりだったが、汚れないために。

 私信用の封筒で、宛名あてなは『ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ嬢』と。


「レーナ、明日ルイッツホーフ家の領地に行く。公務の名目で。でも、本当はこれを渡したい」


 形の上で、視察をする。

 そして彼女と会う。


「分かりました。調整いたします」


 そう言って、レーナは出ていった。



【ユリアナ視点】


 夜、窓辺から王宮の方向を見てみた。

 王都が星空に包まれている中、遠くには灯りがついている王宮も見える。

 今日も無事に終わったのかしら。


「殿下、本当にわたくしがいなくても立ち上がれるの?」


 わたくしは景色を見ながら、ため息を吐いていた。

 昨日の様子から見たら、全然立ち上がれそうにない。

 だけど、必死に立ち上がろうとしている。

 彼の覚悟は、本物かもしれない。


「それとも、わたくしが必要だったの?」


 でも報告書の通りだったら、殿下はわたくしがいないといけないように感じる。

 わたくしがいて、始めて彼は王太子としての実力が発揮できるとでも言いたいかのように。

 クレア嬢でもなく、わたくしで。

 わたくしがいないと、立てない人だったの?


「殿下。何か変わったの?」


 わたくしは手を組みながら、祈っていた。



 就寝前、寝室で軽く息を吸って、目を閉じていた。


「明日、ルイッツホーフ家へ向かう」


 そして俺は拳を握りしめ、意気込んだのであった。

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