7 迷子をお届けします
「・・・・じゃあ、行こうか」
キャスの小さな手をつなげば、きれいな碧の瞳がこちらを見上げてくる。
ここで子供たちと暮し始めて初めて、家族のお迎えが来た子供たち。
今から、待ち合わせの場所へと向かうのだ。
「サクヤ、抱っこして」
無邪気に差し伸べられた手に笑って、望み通り抱き上げた。
銀のきれいな髪から覗く丸い耳の柔らかい毛が鼻先をくすぐる。
思わず鼻を擦り付けるとくすぐったかったのか、かわいい笑い声があがる。
(うわあああ~~~~獣耳ちびっこ最高~~~~!!!)
拾ったときは泥とほこりにまみれていたそこからは、今は子供特有のお日様とどこか甘酸っぱいような幸せな香りがした。
「サクヤ止めろ、変態臭い」
夢中でクンクンと香りを堪能していると、後頭部に衝撃が走り、我に返る。
顔をあげれば、あきれ顔の少年と、双子の片割れであるシェーンを抱いたチェインが立っていた。
「アドル、私は変態じゃない。愛でてるんだ」
「わかった、わかった。時間に遅れるから行くぞ」
さりげなく私の手からキャスを取り上げて歩き出す背中は、もう見上げるほどに大きい。
出会った頃はガリガリで私より小さかったのに、あっという間に抜かされてしまった。
アドルは、少し赤みがかった金髪に琥珀色の瞳で、非常に整った顔をしている。
きちんとした格好をさせたら物語の王子様っぽくて、女の子たちの初恋をさらいまくっているイケメンだ。
青年と呼んでも差し支えないんじゃないかと思うほど大きいけど、年齢はまだ14歳。
この世界の人間の発育は良すぎると思う。
まあ、足りなかった栄養がしっかり取れるようになった結果だと思えば、なんだか誇らしくもあるけど。
ちなみにアドルは、私が拾った子供第一号だったりする。
うつろな瞳で路地の片隅にゴミに埋もれるように転がっていた。
初めて見た時は、人ってこんなにガリガリになれるんだって衝撃を受けたもんだ。
思えば、アドルに会ったせいで私の異世界生活、路線変更されたんだよねえ。
今では、私の留守を安心して任せられる頼れるみんなのお兄さんだ。
なんなら私より威厳あるし、初対面の人はたいていアドルをグループのトップ認定するんだよね。
それなのになぜか本人はかたくなに私をたてようとする。
下剋上、してもいいんだよ?
「アドルは、留守番しててほしかったんだけど」
「ティンが居れば大丈夫だ。何が待ち構えているかもわからん場所に、サクヤだけ行かせられない」
ぶらぶらと待ち合わせ場所に向かいながら、さりげなくシェーンとキャスにフードをかぶせる。
獣耳はかわいいのだが、この国では嫌厭されるものだし、隣国に敗戦したばかりの今はなおさらトラブルの種になりかねない。
「この国の人間よりは信用できそうだったけどね」
迷いなく武器を手放し膝をついた昨日の騎士の姿を思い出しつぶやけば、アドルの眉間にしわが寄る。
「サクヤは人を信用しすぎだ」
「アドルは……は~い、気を付けます」
人を嫌いすぎ……と続けようとして、止めた。
昔、半ば無理やり聞き出したアドルの過去を思えば、無理もないと思えたから。
大通りを抜け、人々の憩いの場になっている噴水のある広場へとたどり着く。
「・・・・・・いっぱいいる」
広場へと足を踏み入れる一歩手前で足を止めたチェインがぼそりとつぶやいた。
獣人は同族が気配で分かるらしい。
何それ、便利。
と思ったけど、残念ながら消そうと思えば簡単に消せるそう。
まあ、狩りするのに気配消せなきゃ不便だよね。
ちなみに強い人ほどそういうのが上手いのはお約束。
つまり、チェインが感じた《気配》は、あえて出してるってことか。
「逃げられそう?」
信用はしても、それとこれとは別問題。
常に狩られる弱者としては、逃げ道確保は死活問題だ。
ぼそりと聞けばこくりと頷かれた。
「わざとらしく空いてるから、罠かもしれないけど・・・・・」
「・・・それはまた・・・・」
「・・・・・・止めとくか?」
チェインの言葉に思わず顔を見合わせる。と、噴水のほうから誰かが駆け寄ってきた。
「シェーン!!キャス!!」
一瞬身構えるも響く声に力を抜く。
大人しく抱かれていたチビたちが、するりと腕から抜け出して、声の方へと走り出した。
止める間もない早業。
だけど、止めれたとしてもそんなことはしなかったと思う。
「母様!!!!」
駆け寄る二人をしっかりと抱きとめた女性の髪は見事な銀髪。
言葉もなくただ強く強く二人を抱きしめる様子を見れば、相手が誰かなど疑う余地もない。
なんとなく声もなく見つめる先で、大柄な男性が、固く抱きあう三人をさらにまとめて抱きしめた。
こっちは見事な金髪だ。
空になった手をぎゅっと握りしめて、その光景を見つめるチェインの目が切ない色に揺れる。
それに気づいて、わざと乱暴に肩を組んだ。
すぐに、反対側からもチェインの肩に腕が回る。
「良かったな」
「・・・・・・ああ」
ぽつりと返したチェインの腕が同じように肩に絡みついてきて、一瞬後にどこかすっきりした顔で笑った。
「ああ。あいつらに迎えが来て、ほんとに良かった」
かみしめるような声はまだ少し複雑な色を残していたけど。
ま、こんな顔で笑えるなら、大丈夫。
「はえ?」
そんなふうに仲間同士でほっこりしてると、不意に横から何かに引っ張られた。
自分の状態を確認するより早く、ガキン!剣を合わせる鈍い音と共に視界が反転した。
「ほえ?」
ついさっきまで、感動の親子の再開にほっこりしてたはず。
なんだけど。
なんで、すぐそばで切り結ばれた短剣と長剣の向こうに険しい顔のアデルを見てんだっけ?
と、力負けしたアデルが、後ろへ飛び跳ねるようにして下がる。
そだね。最近成長著しいといっても、まだ14だし。相手が大人、しかも鍛えられた騎士じゃ分が悪いよねえ。
「サクヤを放せ」
威嚇するような低い声。にらみつける赤い瞳は、眼力で人を殺せるならそうしたいとでも言いたげな剣呑な光を宿している。
その横で、チェインも油断なく鎖のついたナイフを構えていた。
場の空気が一気に重くなる。
そんな中、私をいまだに抱きかかえている腕の持ち主の顔を見ようと顔をあげた。
見覚えのある精悍な横顔。
昨日の手紙渡してきた騎士じゃん、この人。
てか、斜め下のアングルでもイケメンはイケメンのままなんだな。
顔面格差がなんかやな感じ。
ちょっとイラっとしたので巻き付く腕に強めに電流を流してやる。
痛みというかしびれて力抜けるんだよね、これ。
するっと抜け出し、アデル達の元に戻る。
「アデル、大丈夫だから落ち着いて」
ポンポンと険しい顔を宥めるように短剣を持つ腕を軽くたたくも、眉をしかめ体の後ろへと隠されてしまった。
あらら。
「困ったなあ」と隣のチェインに顔を向けるもこちらも険しい顔を崩すことなく、ちらりとこちらに視線をくれただけで警戒態勢続行の構え。
うーん、どうしたものか。
そして、アデルの背後に隠される私に、なぜだか目の前の騎士様も険しい顔になる。
なんでさ?
そもそも、あの人が突然私を抱きかかえたからアデルたちも警戒してるわけで。
なんでそっちまで怒ってるの?
「「何してるの~~!? サクヤたちをいじめないで!!」」
疑問符でいっぱいの私を置いてきぼりに、なんだかどんどん緊迫していく空気をぶち壊してくれたのは、泣きすぎで少し鼻声になった元気キッズの声だった。
父親らしき男性に抱えられた二人が、身を乗り出すようにして叫んでいる。
なんなら、シェーンは父親の腕から飛び出そうと暴れてるし、キャスはさっきとは別の意味で泣き出しそうだ。
「レフィール。気持ちは分かるが、これはお主が悪い。警戒させてどうする」
「その方たちは、この子たちを保護してくださったのでしょう?なぜ、剣を向けるのです」
更に二人の両親らしき人たちも声をかけてくる。
その声に、油断なく剣を構えていた騎士の体からふっと力が抜ける。
音もなく、剣が鞘に納められた。
「この度は、子供たちを守って下さりありがとうございました」
その様子を確認した母親が、すっと前に出て、頭を下げる。
その言葉に合わせるように両腕に子供たちを抱えた父親も頭を下げた。
とたん、ざわりと空気が揺れる。
周囲を囲む騎士たちから感じる動揺に、彼らが平民・・・・・というか、得体も知れぬ孤児に頭を下げるなんてありえない存在なんだろうなって感じる。
まあ、そんなの知った事じゃない。
ほんの少し心の隅がイラっとしたけれど、目の前で大切に子供たちを抱えてるこの人たちが悪いわけじゃないこともわかる。
元の世界と違って、この世界には明確な身分差ってやつがあるんだからしょうがない。
むしろ、心の底から感謝をしているんだってちゃんと伝わってきたから、素直に頷いた。
それから、険しい顔をしているアデルの肩をもう一度軽くたたいて、その背中の影から前に出た。
「二人がお父さんとお母さんのとこに戻れてよかったです」
大切に抱えられた二人と目を合わせ、にこりと笑いかけた。
「二人が頑張ったからだ。本当によかった」
「「サクヤ~~」」
2人がふにゃりと笑う。
見たことの無い柔らかな笑顔は、きっと心から安心できる場所に戻れたから。
そんな顔をさせてあげられなかったことは少し悔しいけど、そんな笑顔が見れたことを心から嬉しく思う。
「大きな怪我はありません。できるだけ衣食住は整えたつもりですけど、所詮路地裏の子供たちだけで暮らしている場所です。栄養状態とか不備があれば申し訳ありませんが、そこはご容赦ください」
出来るだけ丁寧な言葉遣いを意識して、深く頭を下げた。
こちらに落ち度はないと思うけど、身分制度のあるこの世界で、私たちのような存在はとても弱い。
それこそ理不尽な言いがかりで命を奪われることも日常茶飯事なのだ。
だから、手紙を確認したとき、面倒だなと少し思った。
上質な紙に書かれた端正な文字。明らかに上流階級の香りがしたからだ。
私からしたら善意の保護も、相手によっては、どんな言葉に変換されるかもわからない。
そう考える程度には、私もこの世界に染まっていたし擦れたって事なんだろう。
人の善性だけを信じる子供のままではいられない程度には、苦渋を舐めさせられた。
「そんな!頭をあげて!あなたは子供たちの命の恩人なのよ!!」
驚いたような声に、顔をあげる。
今にも泣きそうな母親の顔に肩から力が抜けた。
隣りに立つ父親のほうも苦渋の表情だ。
ただものではない雰囲気もあるし、おそらく私の行動の意味もしっかり伝わっているんだろう。
「では、良かったです。無事に親御さんに引き渡せたことですし、私たちはこれで」
因縁をつけられることもなさそうだし、お役御免だろう。
まだ少しピリピリしている二人に目配せをして、辞去の挨拶をしようとする、けど・・・・。
「ちょっと待ってくれ。子供たちの恩人をそのまま帰すなど、非常識な事はできない。どうか私たちにお礼の場を設ける事を許してはくれないだろうか」
穏やかに響く低い声に引き留められた。
あ、やっぱり?そう簡単に帰してはくれないよね。うん。知ってた。
足を止め、困り顔で隣に立つ二人をちらりとみる。
どうする? 逃げるか? 無理がない? ん、無理だろ。
忙しないアイコンタクトで会話する。
周囲をさりげなく囲む騎士たちもさることながら、目の前のお父さんから逃げれる気がしない。
両手が子供で塞がってるのにそう感じさせられるほど、格が違った。
まあ、魔法でワンチャンあるかもしれないけど、さりげなく側に立つあの騎士がなあ・・・・。
どうシュミレーションしても、二人を逃がすことはできても、自分は捕まる未来しか見えない。
さらに言えば、ここを逃げ切ったとしてチビ二人は拠点の場所知ってるんだよね。
30人近い子供たち連れて逃げれる場所もないし、詰み、だね。
まあ、いやな感じもしないし、悪いことにはならないでしょう。
ふう、とため息をついて、体の力を抜く。
私の様子に、両脇の二人も緊張状態を解いた。
「別にお礼が欲しくて二人を拾ったわけじゃないんだけど」
だけどどうしてもそれだけは言いたくて、ぼそりとつぶやいた。
「ああ、もちろんそうだろう。これは無事に子供たちを取り戻すことのできた親の自己満足だよ。私たちの泊まってっている宿に食事の用意を頼んでいるんだ。そこでゆっくりと話を聞かせてくれないか?」
いささか態度の悪い私にも、変わらない穏やかさ。
ああ、うん。逆らうだけ無駄だ。器が違う、あきらめよう。
なんなら、近所にあったお寺の住職を思い出した。
常に穏やか。いたずらにも寛容で。
だけど、本当に悪い事をしたときは死ぬほど叱られた。魂に刻み込まれるほど怖かった。
……脱線した。
現実逃避してもしょうがないし、腹をくくるとしますかね。
お読みくださり、ありがとうございました。
迷子の返還終了。
しかし、まだまだお家には帰れそうにありません。
お寺の住職
近所の子供たちに奥さんが習字を教えていたため、境内が子供のたまり場になっていました。
近所の怖い大人って、貴重な存在だよな~と、大人になった今はしみじみ思います。




