6 サクヤの事情~後編
結局、食べるだけ食べて泣き疲れて寝てしまった私が、落ち着いて話を聞けたのは翌朝だった。
聞いたことのない声で鳴く鳥の声(朝から聴くような爽やかなものでは決して無かった)で目を覚ました私は、記憶にない天井に一瞬ギョッとして、それから、昨日あった事を思い出した。
6畳くらいの部屋にベッドと机、小さなクローゼットがあるだけの部屋は、住んでる人の気配がしなかったから、客間か何かなんだと思う。
そっとベッドから降りたら木で作られたスリッパみたいなものが置いてあって、ありがたく拝借する。
コレ、木靴ってやつ?意外と履き心地良いけど、走ったら痛そうだな。
扉を開ければ、昨日食事をもらったキッチン兼リビングで、おじいちゃんがこっちに背中を向けて何かしていた。
「目が覚めたならそっちの扉出た先に井戸があるから顔を洗ってくるといいわい。ついでに鶏小屋から卵を拾ってきてくれんかのう」
振り向かないまま指さされた扉はいわゆる裏口みたいで、開けたら直ぐに外だった。
「………井戸」
石が積まれた井戸は上に半分だけ木の蓋がしてあって、そこに紐のついた桶が伏せて置いてある。
「コレで水をすくうの……」
こちとら上下水道完備の都会っ子である。
井戸なんて、近くの国営公園でインテリアとして設置されてたお洒落な手押しポンプくらいしか触った事、無いんだけど……。
とりあえず、何かのテレビで見た事を思い出して、井戸の中へ桶を投げ入れてみる。
「って、重っ!!」
引き上げると思ったより重量があって焦った。
「え?コレ、上まで上がるの?!どうやって??」
試行錯誤の末、どうにか引き上げた桶には半分も水が入っていなかった。
力任せに引っ張ったせいで桶が振られて零れてしまったんだ。
「ま……、まあ初めてなんだし上出来でしょ!うん!」
気を取り直して桶を下に置くと顔を洗う。けど……。
「タオル……ない。拭くものないじゃん、どうしよう……」
少し迷った後、ワンコみたいに首を振って水気を飛ばす。それから着てた服の裾で適当に拭って、手で掬った井戸水で口濯いで……もう、コレで良いや。
「洗顔ない、タオル無い、歯ブラシない。そもそも水道存在しない〜♪」
なんとなく即興で歌いながら、おじいちゃんに言い渡されたミッションを思い出す。
「鶏小屋って………コレかな?」
裏口のすぐ横に小学校のウサギ小屋みたいなのがあって、覗き込んだら複数の目玉と目が合った。
「………鳥?え?、これの卵、食べるの?」
そこには、七面鳥くらいの大きさのカラフルな鳥が入っていた。
見た目は鶏っぽい。
ただ、色が赤青黄色と原色カラフルなだけで。
「おお……たまごの殻がマーブル模様」
子供会で参加したイースターの行事を思い出す。
お母さん達が彩色した卵を見つけるゲームだった。
「………イースターエッグと思えば可愛い……かなぁ?」
気のせいか、親の仇のように睨まれてんだけど。
中にいる原色鳥に。
「お邪魔しまーす。おじいちゃんがね、卵取ってこいって言うのよ。貰うね?貰うよ?」
そぅっと刺激しないように扉を開けて、1番近くにあった所から2つ、卵を拝借した瞬間。
「ドゥ〜ルドゥルドゥルゥ〜〜〜!!!」
ドスの効いたけたたましい鳴き声が響き渡る。
朝の鳴き声、お前か!
と、突っ込む前にリアルに突進された。
慌てて外に飛び出し扉を閉める。間一髪!激突してきた鳥はかなりの勢いだった。
あれ、下手なところにぶつかられたら巻き込まれて転ぶ。絶対転ぶやつ!
「ドゥルドゥルドゥ〜〜〜!!!」
格子越しに恨めしげに睨まれ、ゲシゲシと格子に蹴り入れてるんだけど。
本当にコレ、食べて良いものなの?ヒヨコとか産まれない?
「アイツらオスじゃからヒナは生まれんわい」
恐る恐る確認すれば、カカッと笑って、卵をフライパンの上でポンと割った。
あ、良かった中身は普通だ。
中まで原色マーブルだったらどうしようかと……って。
「オスが卵産むの?」
「ドゥルドゥードリはオスもメスも卵を産むのう。オスの産む卵は雌への貢物じゃ。カラフルなものほどポイントが高いらしいぞ? 雌が気に入った卵を受け取れば番の成立じゃな。ちなみに貢物の卵はメスが産卵するための栄養になるそうじゃ」
「へ?それってうちらが食べちゃって良いの?」
「そのために飼っとるんじゃ。そもそもウチに居るのはみんなオスじゃから、アピールもなんもあったもんか」
目を丸くした私に答えると、すでに綺麗に焼き上がったべーコンとサラダが乗った皿に卵を追加する。
「終いじゃ。持ってけ」
綺麗に盛り付けられた皿を2枚、テーブルに運べば、すぐにおじいちゃんが追いかけてきた。
手には水とオレンジ色の液体が入ったデカンタにコップ。
「さぁて、食べながらでも、いい加減色々説明せねばな」
正面に座ったおじいちゃん。を、改めて見つめる。
相変わらずの美老人だ。
今日はローブは来てなくて、白いシャツにベージュのゆったりとしたズボンを履いてた。
料理してたからかシャツの腕は軽く捲ってるんだけど、覗く腕は細身ながらもしっかりと筋肉がついているのが窺える。
え?ハリウッドスターかな?
「とりあえず、自己紹介じゃな。わしの名はカリオン。引きこもる前は魔法使いとして国に仕えとったが、今はしがない隠居じゃ」
言われて気づく。
そういえば、自己紹介もしてなかったや。
マジか、私。
名前すら知らない人のお家で、ご飯もらって爆睡って。
「あの。佐倉由里耶です。ご挨拶もせずにすみません。昨日からお世話になってます」
慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「ほほ。そんな慌てんでも良いよ。よろしくな」
目をパチリと瞬いた後、おじいちゃん………カリオンさんがにこりと笑った。
ジェントルなしぐさで促され、腰を下ろす。
「サクラユリヤは・・・・・」
「あ、由里耶で良いです。佐倉はファミリーネームなので」
フルネームで呼ばれて慌てて訂正する。てか、切れ目入れずに一息に呼ばれると自分の名前なのに違和感バリバリになるって、初めて知ったわ。
「ふむ。理由はおいおい話すが、今後は、名をすべて名乗るのはやめておくことじゃ。悪い魔法使いに知られれば、へんな契約魔法をかけられることもあるからの」
「なにそれこわい」
違和感に慄いてる場合じゃなかった。
「そこら辺の常識も違うようじゃな」
「ていうか、私のいた世界に魔法なんてありませんでしたから……。というか、当然のように私を異世界の人間として会話してるけど、なんでですか?」
そう。それも不思議だったんだよ。
カリオンさん、最初から、私が何も知らない前提で話してるし、行動してるんだ。
「お前さんの体に魔法の痕跡がこびりついておったからな。ユリヤは何かに引きずり込まれそうになって抵抗したんじゃろう?そしてあの場所に落ちた」
パンをかじりながら、こともなげにカリオンさんが断言して、私の口があんぐりと開いた。
「引きずり込まれるっていうか、なんか気がついたら変な場所にいて……走って逃げようとして……転んだら、いつの間にかあそこだったんだけど……」
しどろもどろに説明しようとする私に、カリオンさんが、あの日、私の身に何が起きたか、ざっくりと話してくれた。
誰かが、何らかの目的をもって、異世界から私を呼び込もうとした。
だけど、魔法使いの魔法に抵抗した私の力が強かったため、召喚陣から飛び出し時空の狭間から落ちてしまった。
何の目的で呼び出したかは不明。カリオンさんが発見したときに私にこびりついていた魔法の痕跡から辛うじて読み取れたのは、この大陸のとある国の物だろうという事。
元の世界に戻るには、私のいた世界の座標を知らないと無理なので、呼び出した魔法使いを見つけないといけない・・・・・・。
「戻れるんですか?!」
「時空の座標さえわかればな。じゃが、壊れた魔法の、更に消えかけてた痕跡では、さすがにそこまでは読み取れんかった。悪いの」
ちょっと申し訳なさそうに謝られたその時の私は、どれだけ規格外の事をカリオンさんが言っていたかなんて知るすべもなかった。
ただ「帰れるかもしれない」という希望が見えたことに夢中になっただけだった。
最も、カリオンさんの元でこの世界の常識や、異世界転移特典なのかなぜか使えるようになっていた魔法の使い方なんかを学ぶうちに、その希望ももはや奇跡レベルの困難だという事が分かったんだけど。
そもそも呼び出した人物が分からない。
なにしろ、異世界転移の魔法はかなりややこしく難しいうえ、発動する際の魔力も馬鹿みたいに使う。
そのため、通常は複数の魔法使いが協力して発動させるのだ。
だから私を呼ぼうとしたのは、貴重な魔法使いを複数集められる権力者である可能性は高い。
「だいたい呼び出したいものを的確に呼び出せるかは、運任せの所も大きくての。ざっくりとした指定はできるが、泥の中に手を突っ込んで手探りで探す……みたいなものなんじゃ」
とのことで、そんな不確定なものにすがるような輩が、まともな目的とも思えない。
見つかって下手を打てば、逆に捕まって悪用される未来が見える。
何しろ私は、この世界でも珍しいほどの膨大な魔力を持っていたのだ。
おそらく、その豊富な魔力目当てで呼び出されたのだろうと言われた。
あのまま捕まっていたら、何をさせられたのか。想像するだけで恐ろしい。
だけど、召喚者を見つけなければ、元の世界には戻れない。
つまり私は、広いこの世界でどこにいるかもわからない魔法使い(バックには権力者)を、自分の存在が露見しないように見つけ出す。
という無理ゲーを強いられているってわけ。
頼れるのは、元大国の賢者と呼ばれる魔法使いだったカリオンさんお墨付きの、膨大な魔力量を手に入れた自分だけ。なので、話し合いの末、がっつり鍛えてもらうことにしたのだ。
・・・・・・控えめに言ってスパルタだった。
というか、鬼だった。
少しでも早く一人前にしてください、と、頼み込んだ自分を時間が戻せるなら殴ってでも止めたいと何度思ったかわからない。
陸上部の監督が仏に思えるほど、すごかった。
おかげで、この世界にきて約一年後には、この世界で生きていけるだけの知識と力を手に入れることができた…と、思う。
少なくとも、カリオンさんに出発の許可をもらう事が出来た。
そして、初めて会った日にカリオンさんが「多分あの国の魔法使い」と言っていた国の王都へと向かい……。
そして、今がある。
やましいことしてる人がいるのは治安の悪いところだろう、と何気なく足を向けたスラム街で、道端で蹲り死にかけている子供を見つけ。
虐げられる子供たちの現実に触れ。
子供は愛されて守られるものという私の中の常識を覆されかけて……。
我を忘れた。
本来の目的も忘れ、一人でも多くの子供を拾い上げるために走り回り、気が付けばストリートチルドレンの一大勢力を作り上げてた、という……。
本当に、何やってるの、私。
でも、ねえ。
何処にいるかも分からない。と、いうか本当にいるかも分からない魔法使いよりも、目の前で死にかけてる子供のほうが気になったんだもん。
だけど、無気力な何も映さない瞳で道端に転がっていた子供たちが、笑顔で遊んでいる姿を見ると、この三年を無駄だったとは思わない。
私がいることで、助けられた命が、確かにここにあったのだから。
お読みくださり、ありがとうございました。
こうして彼女はサクヤになりました。
名前は本名はまずいってことで佐倉由里耶の最初と最後をとってます。
耳に馴染んだ音の方が咄嗟に反応できるからとおじいちゃんに勧められました。




