4 守りたい大切なもの~後編
鼻歌を歌いながら、自室に向かう。
この拠点がある場所は、スラムでも外れに当たる。
もともとここら辺を収めていた領主の屋敷で、人が住まなくなって数十年放置されている廃墟だった。
なんでも当時の住人が惨殺されたそうで、夜な夜な幽霊が徘徊すると言う噂があり、スラムの住人ですら寄り付かない曰くつきの場所だった。
この街に来た当初、住む場所を探していた私は、単独乗り込んで探索した。
第一村人ならぬ第一死にかけの子供を拾ったのを皮切りに、次々仲間(という名の養い子)が増殖してた頃で、心底居場所に困っていたのだ。
宿に泊まるにはお金がかかる。
それ以前に、いかにもスラムの病んだ子供を複数連れている人間を泊めてくれる宿などほぼ無かった。
辛うじて受け入れてくれたと思ったら、まとめて奴隷商に売り飛ばされそうになったこともある。
正直、お化けよりも生きてる人間のほうが怖い。
今思えば、安心して眠れるのなら幽霊とだって添い寝してやる、なんてヤサグレてた時期だから出来た暴挙だった。
結果、飛び回る家具や幽霊らしき白い影を相手にひるむどころか、大真面目に自分たちの窮状を訴えた挙句に同居話を持ち掛けた。
そんな常識はずれな行動をした私をみて、呆れたように正体を現したのは、一人の頑固そうなご老人だった。
彼は水と風の魔法を得意としており、侵入者を脅かして追い払っているうちに幽霊屋敷の名をいただいてしまったらしい。
で、人よけに都合がよかったから、その噂に便乗していたそう。
この屋敷の正式な持ち主で、例の惨殺されたと言う噂の領主の甥にあたるそうだ。
後に話を聞いたところ、実は噂は老人が撒いたもので領主は惨殺などされておらず、平和に田舎で90歳まで生きての大往生だった。
老人は人嫌いの偏屈だけど、困っている子供を見捨てるほどの人でなしではなかったようで、弱っている子供たちを守りたいという私の熱弁に負けて、屋敷に住むことを許可してくれた。
話しているうちに意外と押しに弱そうだと感じて、ごり押ししたともいう。
そして、話し合いの末、屋敷の敷地全体に認識疎外の結界を張って、そこにあるのに人の意識が向きにくい状況を故意に作ることに成功した。
ご老人が魔法研究の一家言持ちだったことも幸いで、「こういう魔法ない?」と聞いた私にいろいろな魔法を教えてくれた。
亀の甲より年の劫とはよく言ったものだ。
認識されなければ、いたずらに侵入されることも無いわけで、安全な住居後ゲットだぜ!!
ボロボロだったけど無駄に広い屋敷と、雑草はびこるを通り越してまるでジャングルのようだった敷地内も、魔法頼みのごり押しできれいに改修整地してやった。
ご老人の目が飛び出しそうになってたのはいい思い出。
今では一応離れで一人暮らしの体をとってはいるけど、子供たちに勉強を教えてくれたり相談相手になってくれたりと、すっかりいいおじいちゃんと化している。
偏屈人嫌いキャラはどこに行ったのかと思ったけど、助かってるので突っ込まない。
どうも、もともと人づきあいが苦手だったのに、親友と思っていた人物が嫁と浮気していた挙句に托卵され、さらに借金まで背負わせられそうになっていたことを知り、人を信じられなくなったそう。
同居半年のお祝いでだしたお酒に飲まれて、へべれけで泣きながらカミングアウトされた時はどんな顔していいやら困ったよ。
そんなヘビー体験、ローティーン集団に語られても・・・・・。
次の日、しっかり記憶を無くしてたから、私たちも聞かなかったことにして、暗黙の了解でなかったことになった。
けど、「大人は信用できない」と警戒してたみんなが、それ以来少しずつ打ち解けていったから、まあ、いいんじゃないかな。「かわいそうな大人だ」目線がちらちらしてたけど・・・・・。
そんなこんなでスラムの中にしてはあり得ないほど快適な拠点を得たおかげで、贅沢はできないけど食べるのには困らない生活ができている。
何しろ、庭が広かったからね。
せっせと開墾して畑にしたさ。なんなら、鶏もどきとヤギもどきまで飼いだしたおかげで、動物性たんぱく質もゲットして、それでも足りないときは森で採取したり、年長組が荷運びのバイトに出かけたりした。
それでも、やっぱり救えない命はあったけど。
ひとりじゃないって大切だ。
みんなで支えあって、私たちは、今ここで生きてるんだ。
無駄に広いお屋敷なので、私は贅沢にも1人部屋をもらっている。
おまけにお風呂付だ。
魔法でお湯を満たして入り放題。
こういう時、魔法のある世界でよかったとしみじみ思う。
ちなみに清浄の魔法もちゃんとあるよ?
ただ、お風呂大好き日本人としては、やっぱりお湯につかりたいからさ。
それはそれ、これはこれ、ってことだよ、うん。
「サクヤ、今日はみんなが帰ってこれたからごちそうだよ」
「了解!楽しみにしてる!!贅沢にやっちゃっていいよ~~」
「サクヤ、後で遊んでね~~」
「今日の勉強のノルマ、ちゃんと終わらせたらね」
部屋にむかう道すがら、すれ違いざまに跳んでくる声に返事を返す。
その表情に暗い影が見えない事にホッとする。
ここにいる子供たちは、みんな、スラムの片隅に蹲っていた子供たちだ。癒えない傷を持った子も多い。というか、他に行き場もなく一人死んでいこうとしていた子供たちばかりだ。
弱肉強食の世界は残酷なほどシンプルだ。
自分の足で動けなくなった者は、容赦なく群れを追い出され死んでいく。
残酷だけど、しょうがない。
スラムでは、自分自身を生かすだけで精いっぱいな人がほとんどだ。
でも、私はそうじゃなかったから、助けたいと思ってしまった。
ひとり、訳の分からない場所に放り出された時、私は救ってもらったから。
偽善でも、そう、したいと思ったんだ。
私でも抱き上げる事が出来るほど小さな体を拾い上げ、一人一人連れ帰った。
残念だけど、癒しの魔法はあるけど欠損は直せないし、死の影にとらわれるほどに進んだ病気も完治することはできない。
ボロボロの体を清めて、末期の水を飲ませてあげる事しかできない無力感を、何度だって味わった。
ガリガリに痩せ細った体に綺麗な服を着せ「今度は幸せな場所に生まれてくるんだよ」と土をかぶせながら、何度悔しさに唇をかみしめただろう。
それでも、繰り返す日々の中。
笑顔を取り戻したふっくらとした頬に癒され、少しずつ重くなっていく体を抱き上げては喜びをかみしめるうちに、少しずつ救える命は増えていった。
メンバーが増え、気づけばスラムの中でもそれなりの地位を築き、他グループとの交流も増えていく。
そうして、この街の「サクヤ」は作られていった。
「・・・・・・まあ、本当はこんなことしてるはずじゃなかったんだけどね」
自室の扉を開けながら独り言ちる。
部屋の中に入る前に自身に清浄の魔法をかけると、ポイポイと靴を脱いで、ばさりとフード付きのコートを脱ぎ落した。
次に頭に巻き付けた布を外す。
適当に編み込んで巻き付けていた髪をほどいて頭を振れば、癖のないまっすぐな髪がさらさらとこぼれた。
「随分長くなったな・・・・」
昔はショートカットばかりだったけれど、今は腰に届くほどに伸びた。
本当は面倒で切ってしまいたいけれど、魔力の多く宿る髪はなかなか良い値段で売れるらしい。
これは非常時の保険なのだ。
上着を脱いで、体にぎっちりと巻き付けたさらしを解けば、ほっと息が漏れた。
もうだいぶ慣れたけど、やっぱり苦しいんだよね。
解放された胸がふるりと揺れる。
日中強固に抑え込まれている割に、すくすくと育ってしまった。
「母さん、スタイルよかったもんね。全体的に父さん似だと思ってたのに、こんなところが似るとは。嬉しいような邪魔くさいような・・・」
全てを投げ捨てて、風呂場へと向かえば扉を開けた途端ふわりと優しい湯気に包み込まれた。
「誰だろう?ザック?」
満たされたお湯に笑みがこぼれる。
魔法を使えば自分で簡単に用意できるけど、私を思って誰かが用意してくれたその気持ちを思うとうれしい。
「あ~~~~、気持ちいい」
猫足のバスタブは最初からこの部屋に備え付けられていたもの。
ここは、もともとこの屋敷の女主人の部屋だったから、いちいち設備が豪華なのだ。
ベッドも無駄にキングサイズだから、よく夜中に泣きべそのチビ達が忍んできたりする。
「おっと、忘れてた」
お湯の気持ちよさに蕩けかけていたけど、チャラッと喉元で細いチェーンが揺れて我に返った。
胸元に揺れる緑の石が付いたペンダントをそっと外す。
「『転移』」
つぶやきと共にフッと手の中からペンダントが消えた。
「あ~あ~。……良し、OK」
確かめるように出した声が、さっきより高くなっているのを確かめて、改めてお湯に体をゆだねる。
少しでも危険を減らすために始めた男装だったけど、成長と共に声の不自然さが目立ってきちゃったんだよね。
最初は変声期前の子供で通じてたんだけど、身長伸びるとやっぱりねぇ。
自分で低い声を出すように努力したって、気を抜くとうっかりするし、焦ると忘れちゃうし。
しょうがないから、頑張って声を変えられる魔法を開発したのだ。
ペンダントに変声の効果をつけて、それを装備している間だけ声を変える事ができる、という。
魔法の常時展開は意外と魔力を使うので、魔力の消費を抑えるために装備品にしたのだけど、おかげで魔力発生のせいで魔法で声を変えていることがばれないという素敵な副産物ができた。
魔法は便利だけど、自分にかけると魔法使った痕跡が残るから、見る人が見れば何かしているってばれちゃうんだよね。
その危険がなければ、わざわざ苦しい思いして胸潰さなくてもいいのに……。
ちなみに、姿を変える魔法は目眩しの応用になるため、触れられると見た目と違うのがバレてしまうので、結局物理で胸を潰すのが1番確実だろうという話に落ち着いた。苦しいのに……。
まぁ、世の中ままならない事がいっぱいなのである。
さすがに、危険を避けるためだけに性別を変える勇気はない。
いや、ちらっと考えたんだけど、みんなに全力で止められてあきらめたんだよね。
そもそも、現在そんな魔法はないため、一から研究を始めないといけなかったし。
今の私にそんな時間の余裕などないのだ。
ほぅとこぼれたため息は何のものなのか。
自分でもよくわからない。
浴槽のふちに頭を預けて目を閉じると、温かいお湯の中に疲れが抜けていくような気がする。
「まさか、こんなことをしてるなんて数年前には想像もしてなかったよね・・・・」
小さく響いた声は、どこに届くことも無く白い湯気の中に溶けて消えた。
お読みくださり、ありがとうございました。
というわけで。
サクヤは女の子でした。
え?気づいてました?(笑
次回は、サクヤの過去編です。




