2 子ライオンを取り戻せ!
この世界の名前は《レグラスアース》
人族、獣人族、精霊族、魔族と多種多様な知的生物が存在する。
《》《》《》という3つの大きな大陸が確認されていて、それぞれに数多の国が生まれては消えているらしく、小国の名前を全て把握するのは不可能だといわれていた。
1番大きいと言われている《》の中でも、中堅国のひとつ《トラビア》は、人類至上主義で、他種族は冷遇されるのが常識であった。
それが嫌なら、他国に行けばいいというスタンスを建国当時から貫いている。
王政で軍国主義。
近隣の小国を貪欲に飲み込んで肥大化していて、建国298年とこの大陸では3番目に長い歴史をきざんでいる。
そう建国298年。
300年の節目に向けてなのか、トラビアは、隣国へと戦を仕掛けた。
仕掛けられた国の名は《グランドロス》。
大陸1の長い歴史を誇る国ではあるが国土面積はさほど大きくない。だが、山海に恵まれた豊かな国である。
王政ではあるが民主主義寄りで、竜人族の王を筆頭に多種多様な民族が建国当時より仲良く暮らしている。
長寿でオールマティな竜人族に、魔法が得意なエルフや身体能力が高い獣人族。名工と名高いドワーフなども暮らしており、普段はそれぞれ自由にしているが有事になれば結託して事にあたる。
決して自分から仕掛ける事はないが、売られた喧嘩は倍返し。
だけど、侵略する事はなく、被害に応じた賠償金のみ取り立てて速やかに撤退。
あまりにも上が腐りきっていた場合には、再建の手出してまでしてくれる親切対応。
国の柵はいらん、という主義のため同盟国こそないが、どこともそこそこ仲良く『良き隣人』スタイルを貫いていた。
誰が言い出したのか『小さな大国』ともっぱらの評判である。
トラビアともここ100年程のゆるい付き合いであったのだが、平和な時代が続けば、野心も湧くというもの。
幸か不幸か、トラビアは人類至上主義。
人の寿命が平均60年前後であるからして、記録の継承はあっても記憶はすぐに薄れていくもの。
百数年前に起こったグランドロスの「売られた喧嘩は倍返し」な記録は他国の出来事な為、あっとゆう間に消え失せた。
結果。
豊かな小国を飲み込んで肥大した軍国主義国家の面目躍如、とばかりに、愚かにも手を伸ばしたのだ。
タイミングもあったのだろう。
建国298年の節目近くで気が大きくなっていたのに加えて、グランドロスの公爵家へと嫁いだ娘がお忍びで子供を連れて帰ってきていたのだ。
話は少し遡る。
とある獅子の獣人である公爵は、後継も育った事だしと跡目を譲り、かねてからの夢であった物見遊山の旅に出た。
老いたとしても、最強の一角を担う獅子獣人である。
護衛もつけずにお忍びのぶらり旅と洒落こんで、気の向くままに歩き回り、綺麗なものも汚いものも、美味も珍味も楽しんだ。
様々な人に出会い、老いても学ぶことはあるものだと感動したり、たまにはおせっかいの手を出して困りごとを解決したりと、悲喜こもごもの珍道中を満喫していた。
そんな自由も数年続ければ、子供たちからの「いい加減一回帰ってこい」コールも激しくなってきた。
残した家族も気になるしそろそろ帰るかと重い腰を上げ、最後に寄ったトラビアで、己の『番』に出会ってしまったのである。
獣人族にとって、『番』とは、魂に紐つけられた存在で、出会ってしまえは手に入れることしか考えられなくなる。
抱きしめて己の巣に連れ帰り、他者の目に触れさせぬよう大切に囲い込む。
女性にとっても、そこで注がれる愛情に至上の喜びを感じ、相手以外見えなくなる。
まさに世界は2人のために。
だが、滅多に出会える事はなく、大抵が他種族と同じように、普通に恋愛したりまたは政略であったりで結婚するのが常であった。
それが獣人族にとっての常識だった。
番に会える確率はだいたい100分の1で、それを多いと取るか少ないと取るかは個人差である。
中には憧れるあまり番探しの旅に出る猛者もいるのだが、前公爵はそうではなかった。
己の役目を粛々とこなし政略の元婚姻したが、相手とも良好な関係を築き、いままで生きてきた。
獣人族らしく番の存在に思いをはせることもあったが、それよりも公爵家という自分の背負うべきものを優先することを選び、その生き方に納得もしていたのだ。
だが、出会ってしまった。
不幸だったのは、番認定したのが人属であった事。
獣人族同士であれば、えもいわれぬ芳しい香りで分かり合えるのだが、多種族ではそうはいかない。
幸運だったのは、前公爵は既に老齢に差し掛かり、そこらの浮かれる若造とは一線を画した強靭な精神力を持っていた事だろう。
芳しい香りに浮き足立つ本能を、グッと理性の力で押し込めた。
そうして、相手をしっかりと見極める。
歳の頃は15〜6。
孫と同じくらいの年齢ではあるが、幸いにも獣人の寿命は人族の倍以上ある。
見た目にはまだ人の壮年ほどの年に見える己を振り返り、どうにかなるか?と考えた。
さらに娘から他の雄の香りはしない。
自身も15年ほど前に妻を病で亡くし独り身だ。
大人の魅力を全面に。
紳士的に、しかし情熱的に男は娘を口説いた。
自身の父親より年上の男に言い寄られた娘も、最初こそは戸惑ったものの、すぐに絆された。
貧乏子爵家で子沢山の4番目。
愛情はあるが貧乏暇なしで、あまり顧みられぬ生い立ちも背中を押したのだろう。
ついには渋る両親も説得して、前公爵はようやく得た『番』を腕に抱きしめて悠々と凱旋した。
引退した身とはいえ、妻子を養うくらいの甲斐性はあるし、事『番』に関しては獣人族は寛大だ。
100人に1人という事は、意外と身近に番持ちがいるもので、「本能だししょうがないよね」と多少の無茶は納得してしまう。
何しろ、明日は我が身かもしれないのだ。
しかもこの場合、どちらも独り身で互いに納得済み。
現公爵の息子をはじめ、一族みんなで祝福して受け入れた。
夫に愛を溺れるほどに注がれ、何をしても言っても好意的に受け入れられる。
与えられるのは、今まで目にしたこともない贅沢なドレスに装飾品、美食の数々。
だけど、慎ましやかに育った娘は幸い増長することもなく、与えられる愛情を同じほどに返し、幼妻を前にいいところを見せようと暴走する夫を諌める堅実ぶりを見せた。
おかげで周囲とも、すこぶる良好な関係を築くことに成功した。
そして、幸せなままに双子を出産。
子も大きくなったし、里帰りをしたいと願い出る妻に、引退後の身軽な身。前公爵は軽々と承諾し、自らも共に隣国へと足を運んだ。
人族至上主義の国とはいえ、多額の援助をしてくれる婿様とくれば、一族総出で歓迎するものだ。
それ以上に、貧しいながらも家族仲の良かった妻の家族は、幸せそうな娘(姉・妹)の姿に心から祝福した。
だけど、光があれば影ができる。
思ったよりも旨みがなかったと傍流の何某が嫉み、その耳に誰かが囁いた。
獣の番狂いは有名だ。
本人は難しくとも、幼い子供なら攫うのも容易いだろう。誘拐して、要求すればきっとなんでも渡すはず……。
かくして、種は撒かれた。
悪意の水と肥料を糧にすくすく育った種は、子が5つを数えたときに見事に実を結んだ。
数度目かの里帰りに油断したその隙をついて。
幼い子供は攫われた。
その際、番の娘とその家族も軽くは無い負傷をし、そこの対応で獅子は直ぐに子供を追うことが出来なかった。
流れる『番』の血の香りに本能が暴走し、『番』の安全を確保する方に心血を注いでしまったのだ。
攫われた子供を見つけようと走った時は、子はもっと大きな組織、『国』へと移された後だったのだ。
そう。
全ては、グランドロスの公爵家を脅すことで、自国に有利に戦を進めようというトラビアの陰謀だった。
『番』となった自国の娘。
くつろいだ姿で里帰りしては、のんびり過ごす一家の姿に隙を見出した。
唆し、甘言を吹き込み、見事人質を手に入れた暁には、公爵家に「戦に出れば子は殺す」と脅迫する。
一族の結束の硬い獣たちは、それで手も足も出なくなるはずだ。
なんなら、馴染みの公爵家に配慮して、国も下手に動くやもしれない。
なんとも浅はかで単略的な行動だが、平和なグランドロスの顔しか知らない世代の貴族たちは揃って「いける!」と勘違いした。
獣人の強さとエルフの魔法の力を侮った、まさに悪手。
『国』に囚われたと知った老獅子は、歯噛みしながらも踵を返した。
これ以上大切なものを奪われては堪らないと、傷ついた妻とその家族も諸共に自国に帰る頃には、隣国から愚かそのものの宣戦布告が投げつけられた後だった。
自身も少なく無い傷を負い、それでも「迷惑を」と膝をつく前公爵に、共に戦場を駆け抜けたこともある竜王はニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「本当に人とは愚かなものよな。喉元過ぎれば同じことを繰り返す」
「誠に。我が国に刃を向けた罪、しっかりと贖ってもらいましょう」
すまし顔で同意を示した宰相も、その瞳だけにきらめく怒りを宿し、すぐに踵を返した。
「なに。すぐにお前の可愛い子供達は取り返してやる。子を奪われた母の心労は重かろう。お前は『番』を労りながら、屋敷でのんびりするといい」
まるで隣家に野菜を取りに行くほどの気安さで請け負うと、首を垂れる前公爵を家に促す。
大事な番と子の間で揺れ動いていた獅子は、頼もしい自分の王の言葉に、謝辞の意を残すと足早にその場を立ち去った。
その老いてなお逞しい背中を見送り、竜王はクスリと笑った。
「頼られているのか、単に傷ついた番が心配でいてもたっても居られぬのか………。本当に『番持ち』とは厄介なものよ」
「そう言うてくれますな。それを抜きにしても卑劣な真似をしてくれたものです。年端も行かぬ子を人質に攫うなど」
笑う竜王に残された腹心達は、諌めながらも憤る。
「あの国を思えば、どんな扱いを受けてるともわからん。最速で潰すぞ」
皆の総意が決まったところで、それぞれに動き出した。
卑劣者には完膚なきまでの敗北を。
幼児に救いを。
その誓いのままに。
開戦から僅か2週間という最短で勝利を手にしたグランドロスの一行は、残念ながら、もう一つの誓いを果たすことが出来ずにいた。
劣勢になれば、幼児の命も危ういと、戦場の騒ぎとは別に隠密に優れた者を送り込んでいたのだ。
出来ることなら保護奪還を。
それが無理でも、辛い目に遭わないように手を回すために。
それなのに、忍び込んだ王城にすでに幼児の姿は無かった。
さては、別の場所に移されているのかと探りを入れれば、驚愕の真実が浮かび上がった。
なんと、地下牢へと放り込まれていた子供達は、自力で劣悪な環境から脱出し逃亡したらしい。
幼くとも最強の名を冠する獅子の子である。
加えて、他種族にはあまり知られていないことだが、古き血を持つ獣人、つまり貴族は、獣の姿をとることが出来るのだ。
成長と共に自分の意志で変化をコントロールできるようになる。
文化的な生活を送るには人の姿のほうが都合が良い為、大人になればほぼ獣身をとる事は無くなるし、そのまま獣の姿を忘れるものも多い。
最近では、人前に獣身を見せるのは稚気の現れで恥ずべき事とする考えが主流となり(何しろ耳や尻尾には感情が出やすくコントロールするのが大変なのだ)、成人の頃にはみな獣を現す部位を完全に隠すようになった。
そのため『獣人とは幼少期には耳や尻尾などの獣を示す部分があり、成人すると人と同じ姿をとるようになる』というのが人族の常識となり、獣人が獣の姿をとれるという事実自体を忘れてしまったのだ。
拐われた獅子の子供たちは、半分入った人族の血に負けることなく変化する事が出来た。
そして、人の姿より獣の姿の方が小さい事に目をつけて、2人は隙をみて変化し格子の隙間から逃げ出したのだ。
それでもギリギリだったらしく、幼い柔毛がわずかに格子に絡み付いていたのを、隠密が見つけて発覚した。
最も、そんな事とは知らない牢番達は煙のように消えてしまった子供達に、誰か手引きをしたものがいるはずと疑心暗鬼に陥っていた。
大事な人質を逃したとしれたら、自分たちの命も危ないと口をつぐんで知らぬふりをした為、発覚は遅れに遅れてしまう。
そして上層部が子供の不在に気づいた時には、その手がかりすら掴めぬ状況だったようだ。
ちなみにその間に牢番たちは見事に逃げ切った。
そうして。
荒れた城下町には沢山の浮浪児がいると情報を得て、消えた双子の大捜索が開催され、冒頭へと戻るのである。




