1 野良猫みたいな君を見つけた
「こっちに来んな!こいつらに何かしたら絶対に許さない!!」
ぼろ切れ一歩手前の服を身にまとう体は折れそうなほどに細く、手も足も泥だらけ。
だけどその小さな体を精一杯大きく広げ、その背中に仲間をかばう姿は雄々しくすら見えた。
何より、まるで野生の獣のようなぎらぎらとした光を宿した瞳は、その子供が追われるだけの獣では無いのだとはっきりと主張していた。
その瞳と目が合った瞬間、「あ、見つけた」と思った。
それは、理屈ではない本能からの叫び。
だから、俺は迷わず腰の剣ををとると、その場に両膝をついた。
鞘に納めたままの剣を地において、両手を重ねて胸に置く。それは、この国で敵意は無い事を示す、取りようによっては、降伏を示すポーズでもあった。
背後の仲間がどよめくが、そんな事より、突然の俺の行動に驚いたように目を丸くする目の前の人から目が離せない。
「けして君の嫌がることはしないとこの剣に誓おう。だから、名前を教えてくれないか?愛しい人よ」
言葉には知らず熱がこもる。
自分でも度したことの無い甘い声に、なんだか可笑しくなって笑顔がこぼれた。
ああ。なんてことだ。
今まで、あいつらの事をあきれて馬鹿にしていたけれど、これは、しょうがない事だったんだ。
ようやく理解した。
無敵を誇る俺たちも、番の前には無力だ。
「………レフィール、もしかして、そいつがそうなのか?」
恐る恐るというように後ろから声をかけられるのが、うっとうしい。
大切な番の声を聞き逃したらどうしてくれる。
「まだいたのか、お前たち。ここは良いから、もう行っていいぞ」
「いやいやいや!そんなわけには、いかないからな!お前こそ落ち着け!」
後ろ手に手を振って追い払おうとすれば、グイっと肩を惹かれ振り向かせられる。
眉間にしわを寄せたいかつい顔は、副隊長のケインだ。
「終戦したとは言えここは敵国の真っただ中だ。無防備に武装解除した挙句、単独行動しようとすんな」
「もっともな意見だが、そんな些末時にいちいちかかわっていられるか。こっちは、人生がかかってるんだ!」
「その人生を終わらせるような危ない事してんだよ!」
「あんたら意味わかんないし、きもいんだけど」
冷たい声が降ってきてそちらを仰げば、いつの間に上ったのか、子供たちを追い詰めたはずの高い塀の上にその子は立っていた。
近くにに他の子供たちの姿はない。
よく見れば、背中にかばっていた場所に、小さなひび割れがあった。
なるほど、あそこから逃げたのか。
子供でも一人すり抜けるのがやっとのそこから、逃がすための時間稼ぎをしようとしていたんだろう。
そして、子供たちをうまく逃がしたのにあの子が塀の上から立ち去らない理由。
ちらりと、塀の向こうを視線が舐めた。
「・・・みんなうまく逃げれたか?」
声をかければ睨まれた。
やっぱり。
ひび割れは小さく大人は通れない。
一般人なら、この塀は立派な障害物になったくれたのだろう。
だが、塀は高いとはいえ、鍛えられた騎士ならば乗り越えることはたやすい。
まして。俺が率いる隊は、獣人を主に配しているため身体能力は、ほかの騎士たちとは比べ物にならない。
つまり、無謀にもあの子は、ほかの子供たちが少しでも遠くに身を隠すための時間稼ぎをしようとしているのだ。
耳を澄ませば、塀の向こう側遠ざかっていく小さな足音。
これ以上離れたら、いくら我らの足でも捉えることは難しい。
さて、どうしたものか。
「おい、坊主。確かに俺らは敵国の人間だが、別に悪い事しようとして子供を追いかけてるわけじゃないぞ?」
ケインが、困ったように声をかけた。
「大人は信用できない」
が、食い気味に拒絶される。
敵国の人間、ではなく大人という言葉に、あの子たちの生活が透けて見えた。
どの世界でも弱い立場の人間は食い物にされがちだ。
親のいない路地裏で暮らす子供たちは、格好の餌食だったのだろう。
優しい言葉に騙されて、捕まった挙句に人買いに売り飛ばされる。
気分は悪いがよくある話だ。
痛い目を見た子供たちは、けして大人もよそ者も信用しない。
それは、彼らが身に着けた、生き延びるための手段だったのだろう。
「なあ、坊主。俺たちは子供を探しているんだ。俺たちの国の子供だ・・・」
ケインが気を引くように話しかける横で、2人ほど部下が動いた。
1人がその子を捕まえ、もう1人が横を飛び越えて他の子供たちを追いかけようとしたのだろう。
だが。
「させるかよ!『雷針』」
その子が不思議な響きの言葉をつぶやいた瞬間、電撃が飛び上がった二人を的確に撃った。
さほど威力のあるものではないが、二人を宙から叩き落すには十分な威力だったようだ。
上手く受け身をとって着地したまではさすがだが、しびれているようで膝をついてしまう。
「魔力持ちか。さすがわが番」
「感心してる場合か。大当たりじゃないか!」
ダメージは与えつつも命にかかわる負傷はない。調整して放っているなら、大した腕だ。
思わず拍手喝采すれば、いやそうな顔で舌打ちをされた。
嫌みととられたらしい。
「何が大当たりだ。やっと戦が終わったと思えば、路地裏の子供を追いかけまわして何処かに連れて行く。隣国の兵士は変態ばかりか」
眼力で人を殺せるならば、そうしてやりたいとでもいうように睨みつけながら、忌々しそうに吐き捨てられた。
「誤解だ!協力してもらった子供たちはきちんと城のほうで保護している。孤児院の整備が終われば、そこで暮らせるように調整中だ!!」
2児の父親でもあるケインが、悲鳴を上げる。子供好きの変態扱いは心外だろう。
それには、俺も激しく同意だし、他の部下もうすうす感じていたとはいえ、はっきりと突き付けられた自分たちの評価にガックリと心折られている様子だ。
そもそも、終戦後早々に町の子供たちを追いかけまわしているのも、ちゃんと理由があるのだ。
そうでなければ、精鋭部隊である俺たちがこんな事に引っ張り出されるわけもない。
まあ、おかげで番に会えたのだから不名誉な噂を立てられる厄介な仕事にも感謝だな。
「金と銀の髪に緑の瞳を持つ獅子の獣人の双子の子供だ。心当たりがあるだろう?」
極力感情が入らないように気をつけながら問い掛ければ、ピクリとかすかに眉が動いた。
先に保護した子供たちから得る事が出来た貴重な情報。
警戒心が強く結束の固い孤児たちは、自分の所属しているグループはもちろん、それ以外の情報すら、なかなか話してくれなくてとても大変だった。
辛抱強くコミュニケーションをとり、どうにか信頼を勝ち得た子供たちは、よそ者を受け入れるのは『サクヤ』の所だけだと口をそろえた。
いつの間にか王都の路地裏に現れた『サクヤ』は、路地で暮らす孤児の中でも、最も弱い者を掬い上げ庇護するようになった。
他国の血が混ざる獣人や、障害があり1人では生きていけないような子供達。
路地の片隅で死神の迎えを待つように転がる子供を、抱き上げて連れ帰る。
「無駄な事を」とさげずまれても、それこそが己の仕事だというように淡々と続け、いつの間にか孤児グループでは最大の規模と結束を作り上げていた。
余所者は余計な厄災を持って来ることが多いと皆避けるので、もし探しているのが獣人の子供で生きているなら、『サクヤ』の所にいるはずだ、と。
ちなみに「当たり」判定したのは、目の前の子供が見事な魔法を披露して見せたからだ。
『サクヤ』は魔法を使う事ができる。
それも、子供達が口を揃えた言葉だ。
魔力は、血筋に宿るものとされていて、魔法を使えるのは基本的に貴族だけだ。
平民にも稀に出る事はあるが、それも僅かに貴族の血が混ざっているからだと言われるのが一般だ。
つまり、どこの出自かもわからない孤児が巧みに魔法を使う、というのは、かなりのレアケースなのだ。
その情報を元に『サクヤ』を探すが、その捜索は困難を極めた。
神出鬼没な上、ヤケに捜査網の裏をかかれる。
情報が漏れているのではないかと疑いたくなる程に、スルスルと逃げていく『サクヤ』に、大の大人が何度も歯噛みさせられた。
そんな中辛うじて捕まえる事が出来たのは、グループのメンバーと思しき少年たちだった。
当然、宥めてもスカしても一言も話さない。
食事も、グループの1人が毒見してから食べる徹底ぶりだ。
毒や自白剤は怖い。だが、食べなければ、いざという時動けない。
そう言って最初の1人になったのは1番体の小さな少年。
自分なら体が小さいから素早く効果がわかるだろうし、大した情報も持ってないから、と。
他の子供達は悔しそうに歯噛みした後、少年の言葉に頷いた。
こんな小さな子供達が、冷静に自分たちの状況を判断して最適を選び出そうと足掻く。
しかも、強制しているわけでもなく、自主的な行動なのは、一塊になる子供達の互いに支え合う様子で伝わってきた。
そして、その根底にあるのは自分たちのリーダーに対する深い信頼。
怯えて涙ぐむ1番小さな子を中心に、囁きあう言葉は「大丈夫」「絶対サクヤが迎えに来るから」。
覗き穴から辛うじて唇の動きを読み取った時は、ため息が出た。
いや、いっそ敵ながら称賛したいほどのカリスマ性だ。
ここまでいくと一種の信仰か?
まだ見ぬ『サクヤ』に、微かな畏怖を感じたものだ。
結局、分かりやすい程分かりやすい罠……先に捉えられた仲間を移動させるという情報を流した。
結果。
律儀に釣れた。
のに、見事に僅かな隙をついて仲間を連れ出し逃げられたのだ。
そして、今。
見下ろされるように対峙した『サクヤ』は、薄汚れてもなお惹きつけられる不思議な存在感を放っていた。
「彼らの親から依頼を受けて探しているんだ。手紙も預かっているから、持ち帰って検討してもらって構わない。そして、納得したら、書いてある日時に連れて来て欲しい」
懐から出した封筒を見せてから、風の魔法でゆっくりとそこへ送る。
受け取った『サクヤ』は、しばしそれを見つめた後、顔をあげた。
「こっそり着いてくるのは無しだ。その片鱗でも気づいた場合、二度と交渉の席にはつかない」
冷たい瞳でそう一言告げると、サクヤは壁の反対側へと飛び降りた。
走り去っていく足音を聴きながら、俺は拳を握りしめ、追いかけようとする体を耐えた。
今、感情のままに追いかければ、全ては台無しになる。
(大丈夫。あれを見ればご子息達もきっと戻ってきてくださる。面倒見の良い『サクヤ』ならば、きっと共に来るはずだ。その時に、捕まえればいい)
必死に自分に言い聞かせるが、気がつけば握りしめる拳に力が入りすぎていたらしい。
「レフィール」
そっと肩を叩かれ、血が垂れ落ちる拳を開かれた。
「明日には会えるはずだ。落ち着け」
困ったようなケインの顔に、少し冷静になる。
「そうだな。とりあえず陛下に急ぎ伝達を送ろう」
踵を返し、わずかに残る気配を振り切るように足を進めた。
未練たっぷりの自分の変わりように、いっそ笑ってしまいそうだ。
『サクヤ』、今度会えた時は、ちゃんと君から名前を教えてもらえるかな…。




