12 思わぬ幸運が降ってきたみたい
黙々と歩く背中を追いかけて進むと、一度外を出て渡り廊下を進み別棟に入った。
入り口には、レフィールさんと同じような隊服を着た騎士が二人立っている。
たぶん、こっちは宿泊施設としてライディーンさんが一棟丸々借り受けているんだろう。
騎士たちがレフィールさんの姿を見て、軽く頭を下げると扉を開いてくれた。
顔パスですか、そうですか。
うすうす気が付いてたけど、レフィールさんってなんか役職付きのお偉いさんだったりするのかな?
スラムの子供たちを追いかけ回してるくらいだから下っ端なのかと思ってた。
でも、ライディーンさんと同じテーブルについて食事してたし、それなりの会話もしてたし、今も騎士たちを従えている様子だし……。
ま、どうせすぐに関係なくなるし、気にしなくてもいいか。
藪をつついて蛇を出すとか、好奇心は猫をも殺すとか、昔の人が言ってるしね。
それにしても、高級お宿の一棟借りとか、マジでお金持ちなんだな~。
お金って、ある所にはたくさんあるんだよね。
我ながら変な感嘆を覚えながら黙々とレフィールさんの背中を追いかける。
趣味の良い落ち着いた壁紙に、足音がしないほど分厚い絨毯の敷かれた廊下。コーナーにさりげなく飾られた花瓶一つとっても、きっと目玉が飛び出るような値段に違いない。
うっかり触って落としたりしないように気をつけよう。
あ、でもチェインが部屋滅茶苦茶にしたんだっけ。やばい。
子供たち保護した報酬だけじゃ足りないかも……。
お金持ちのおおらかさで、請求勘弁してくれないかな~~。
夜逃げは嫌だし、やっぱり隠し財産放出かな?
あ、どうせバレちゃったことだし、人工魔石の有用性を解いて、それで勘弁してもらおう。
あれなら、部屋に山積みだし、時間かければまた自力で作れるし。
目に入る者すべてが、この世界に来て初めて見るレベルの高級品(勝手な予想)で、思考がグルグルから回っているうちに、目的地に到着しいたみたいだ。
扉を開けて待っているメイドさんがいる部屋に、レフィールさんが入っていった。
なんとなくメイドさんにぺこりと頭を下げてその後に続くと、ベッドに横になったチェインの姿が目に飛び込んでくる。
「顔色よーし。呼吸よーし。脈も落ち着いてるし、眠ってるだけだね」
素早く駆け寄って確認していると、同じように駆け寄ってきたアデルもほっとしたようにベッドの端へと腰を下ろした。
「魔力を一気に放出したため、少し枯渇気味ですが、魔力暴走を起こしたにしては軽症です。明日には目を覚ましますよ」
そんな私たちの様子を見て、ベッドの横にいた男性がニコリとほほ笑む。
「私はキャリオン=ヌガー。医師をしています。よろしくね」
柔らかな口調と微笑みはまんま小児科のお医者さまって感じ。
もしかしなくても、双子のために連れてきていた医師だったりするんだろうな~。
どんな状況で見つかるかも分からなかっただろうし、備えるのは当然だ。
まあ、双子に対しては無駄になったけど、おかげでこっちは一安心。
「サクヤです。こっちはアデル。で、そこに寝てるのがチェイン。チェインがお世話になりました」
私達がここにたどり着くまでのあの短い移動の間に良く診察できたな~とは思うけど、魔法のある世界だし、体調確認できるそれっぽい魔法でもあるのかな?
まぁ、問題ないならありがたい。
なんとなくチェインの手をにぎにぎしながらも自己紹介と共に頭を下げると、キャリオンさんはにっこりと笑顔を返してくれた。
「ご丁寧にありがとう。サクヤさんもたくさん魔法を使ったと聞いているけど、体がだるかったり痛い所とかはないかな?」
「大丈夫です」
穏やかな口調に素直に頷きを返す。
「そう、なら良かった。ところで、ぶしつけな質問で申し訳ないけれど、チェイン君のご両親はどうされているのかわかるかい?」
唐突な話題転換に、思わずアデルと顔を見合わせる。
「あぁ、そんな顔をしないで!あのね。私は竜人族のものなんだけど、チェイン君から同族の魔力を感じるんだよ。竜人族は数が少ないし子供が生まれにくいから、子供が生まれたら一族挙げて成長を見守るくらい大切に育てるんだ。それなのに、こんな小さな子供が一人でいるのが不思議でね」
ピリッと空気が引き締まった気配に、キャリオンさんが慌てたように声をあげ、腕まくりをした。
「あ、鱗」
そこにふわりと鱗が現れる。
「大人になって獣性を見せるのは恥ずかしい事という風潮があるから、普通は見せる事ないんだけどね」
滑らかな肌が白い鱗に覆われていく様子はなんだかファンタジーだった。
手の形も変形してごつごつとして節が目立つトカゲのような形に変わる。長い爪は鋭く、その気になれば私の体などたやすく引き裂けそうだ。
「私は白竜なんだよ」
少し恥ずかしそうに頬を染めたキャリオンさんの穏やかな雰囲気と、攻撃力高そうな手のギャップがすごい。
「竜……? 蛇じゃなかったんだ」
その変化に驚きながらも、私はそっと眠るチェインの髪をかき分けて首筋をあらわにする。
そこには黒い鱗が数枚張り付いていた。
「……黒い鱗」
「チェインの父親は旅人で、何の獣人かは明かしませんでした。ただ母親が鱗を見たことがあったので、蛇かトカゲだったのではないかとチェインには言っていたそうです。必ず戻ってくると言って去ったそうですが、結局戻ることはなく、チェインの母親は彼を一人で産み育てました。おそらく父親は子供が生まれていることも知らないと思います」
チェインの事情を私が勝手に明かすのはどうかとも思ったけれど、当の本人は目を覚ましそうにないし、後で謝ろう。
怒られはしないはず。たぶん。
「チェインはなぜか産まれた時から人の姿だったけど、成長が異常に早かったせいで、すぐに獣人の血が流れていることは周囲に知られてしまったそうです。この国では獣人は差別対象だから、生活は大変だったと……」
目を丸くするキャリオンさんに、私はチェインが教えてくれた話を淡々と語った。
「それでも、母親は愛情を注いで彼を必死に育ててくれたそうです。でも、もともとそれほど体が丈夫ではなかったようで、はやり病に倒れて亡くなってしまったと言っていました」
「……そんなことが」
小さくつぶやくと、キャリオンさんはいつの間にか人の手に変わったその白い指先で、そっとチェインの鱗に触れた。
「しかし……黒竜の血ですか……」
キャリオンさんが、眉間にしわを寄せて考え込む。
その様子を、私は少しの希望と共に見つめた。
チェインは母親を亡くし、独りぼっちでスラムに流れ着いた。
生きていくためにスリや盗みをする子供たちの中で、母親にまっとうに育てられたゆえに犯罪に手を染める事ができず、荷運びなどの手伝いで少ない駄賃をもらってどうにか生き延びようと頑張っていたようだ。
しかし、それすらも周囲に奪われ、飢え死にしかけていた所を私が拾ったのだ。
獣人の特性ゆえか本当はまだ幼いのに体だけは大きく育っていたせいで、素直に甘える事もできない不器用な子だった。
他の子供たちに遠慮して、そっと後ろに下がってしまうチェインを捕まえては抱きしめて、さんざんに構い倒して、甘えてもいいのだと何度も伝えた。
それでも、恥ずかしがって大人ぶってみせていたチェインが、陰でこっそりと甘えてくるようになったのは拾って一年近くたってからだった。
チェインは見た目は中学生、中身は9才の可愛い少年なのである。
ちなみに拾った時は6才だったけど、すでに身長140センチ以上あった。
「心当たりは、ありますか?」
ここにきて、チェインの血縁が分かるかもしれないチャンスに、私は思わずキャリオンさんに詰めよった。
シェーンたちに迎えが来たときに浮かべた、寂しそうな顔が脳裏に浮かぶ。
仲間として精一杯に愛情を注いできたつもりだけど、それでも肉親というのは特別だ。
子供たちはいつだって、自分だけに差し伸べられる手を待っているのだ。
同時に、もう二度と会う事ができないかもしれない自分の両親の顔迄浮かんできて、涙が滲みそうになった。
それを誤魔化すように、間近にあるキャリオンさんの顔を見上げたのだが、ふいに背後から伸びてきた腕に引き離された。
「近づきすぎだ」
なぜか不機嫌そうな声に、目を瞬いて腕の主を振り返る。
ギュッと寄せられた眉にへの字に歪んだ口。
そこにいたのは、予想通りレフィールさんだった。
「いや、確かに詰め寄った俺も悪いけど、コレもなんか違くない?」
引き離されると同時に、腕の中に囲われているんですけど、なんで?
放してほしくてぺちぺちとたくましい腕を叩けば、ギュッと拘束が強くなった。
いや、だからなんで?
「おやまあ」
そんなやり取りに目を丸くした後、ほほえましいものを見るようにキャリオンさんが笑う。
「そんなに警戒しなくとも、私は番持ちですよ。あなたの敵になる気もありません」
「……そんなことは分かっている」
どこか憮然としたようなつぶやきが頭上から降ってくるけど、一向にその腕の力が緩むことはない。
もう、何なんだろうね、このやり取り。
とりあえずわけもなく人に抱き込まれているのもソワソワするので、申し訳ないけど逃げさせてもらおう。
パーソナルスペースって大事だよね。
どうせ言葉で言っても叶えられることはなさそうだし、面倒になってバチリと軽めに電流を流して、驚きに腕の力が緩んだところでするりと抜け出す。
「で、結局チェインには、黒竜の血が流れてるんですか?」
話しを戻そうと声をかければ、キャリオンさんが我に返ったように表情を引き締める。
「はい、この鱗を見る限り、同族であることは間違いありません。鱗の色は基本的に両親のどちらかを引き継ぐので、母親が人族だというなら、間違いなく父親は黒竜のはずです。ただ……」
再び難しい顔で口ごもるキャリオンに不信感が湧き起こる。
「さっきからなんなんだ? チェインの父親は犯罪者かなんかなの?」
思わずトゲトゲした声が漏れた私に、キャリオンさんが驚いたような視線を向ける。
その視線が妙に癇に障って、再び衝動のままに言葉を吐きだそうとした瞬間、ポカリと頭に衝撃がはしった。
「落ち着けサクヤ。悪い癖が出てるぞ。疲れてるのは分かるけど、イライラし過ぎだ」
呆れたような声と共に、口の中に何かが突っ込まれた。
「……甘い」
反射的にもぐもぐと口を動かすと優しい甘味が口の中に広がる。
「ほら、これでも食っとけ。ザック特製のはちみつ漬けだ」
渡された小さな袋の中にはドライフルーツやナッツが入っていた。
どうも、お腹がすくと余裕がなくなり、イライラしがちな私のための対策らしい。
魔法たくさん使うと、なんかお腹すくんだよね。
反省を込めて、口を開く代わりに無言のままクルミっぽい木の実をかみ砕く私に変わって、アベルが前に立った。
「すみません。サクヤは疲れがたまると喧嘩っ早くなるけど、悪気はないんです。それで、黒竜の何が問題なんですか?」
なぜか何かを耐えるように唇をかみしめ、拳を握り締めているレフィールさんの肩を慰めるように叩いていたキャリオンさんは、手をそのままに首を横に振ってみせた。
「誤解を与えてしまったようですみません。実は、黒竜は竜人族の中でも、黄金竜の次に珍しいのです。そのうち男性の黒竜は一人しかいないのですが、彼の生い立ちは少し複雑で……。いろいろあって離婚した後は父親側に引き取られているのですが、現在は連絡が取れない状況にあるのです」
少し肩を落とすように話してくれたキャリオンさんに、再びアベルと顔を見合わせる。
「離婚した後という事は、チェインのお婆さんにあたる人とは連絡取れるってことですか?」
「ええ。彼女は我々の国で、新しい伴侶と共に暮らしていますからね」
口の中のものを急いで飲み込んで尋ねれば、肯定が返ってくる。
「急いで連絡を取ってみますね。黒竜の子供が見つかったと聞けば、きっと、大急ぎで飛んでくるはずですよ」
「あの、もの知らずで申しわけないんですが、鱗の色が同じってだけで、血縁関係だと認識してもいいんですか?」
まだ顔を合わせてもいないのに、すでに身内認定しているのが不思議で思わず口に出せば、キャリオンさんが思いがけない事を聞いたというように目をパチパチと瞬いた。
「……そうか。獣人を排除している国だと、知識の偏りもあるのですね」
しばらくじっとこちらを見つめた後、ハッとしたようにつぶやく。
「あのですね。竜人の鱗の色は血族遺伝で、両親どちらかの色を必ず受け継ぐのです。そして、片方が他種族だった場合も、竜人として生まれたらその親の色を受け継ぐことになります」
それから、気を取り直したように丁寧に説明してくれた。
「ですから、チェイン君の場合、お父さんが必ず黒竜になるのですよ」
「まじか~~」
何その遺伝子の法則。
鱗見たらだれの子か一目瞭然って、すごくない?
「つまり、黒い鱗のチェインは、確実に黒竜の子供……この場合は孫ってことになるのか~」
「すごいな。双子に続いてチェインまで身内見つかるとか」
今までにない幸運に、思わずアベルと共にハイタッチしてしまう。
「え?この調子で他の子たちにもお迎え来たらどうする?」
「いや、さすがにないだろう」
「分かんないよ?アベルにも来るかも!」
「いや、おれはあそこが家だからどうでもいいなぁ。親の記憶なんてないし」
ワイワイとテンション高くはしゃぐ私達に、目を丸くしていたキャリオンさんとレフィールさんがつられたように笑いだした。
そのまま謎のハイテンションは、ライディーンさんを筆頭に大人たちが姿を現すまで続いたのだった。
チェイン、起きたらいい事があるよ。
早く目を覚まして!
お読みくださり、ありがとうございました。




