第4話「両家の対面、募る警戒」
琉成は一同の前で姿勢を正すと、深く頭を下げた。
「この度の縁談、受け入れていただき、ありがとうございます」
謙造はその言葉を受け、穏やかに頷いた。
「うむ。こちらこそ、礼を申す。其方の事は家族同然に受け入れる所存である」
「至らぬところもあるかと存じますが、精一杯務めさせていただきます」
琉成は顔を上げると、今度は沙耶へと視線を向けた。
沙耶も静かに頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
互いに交わされた挨拶は、滞りなく進んでいく。その様子を、弥月は少し離れた場所から黙って見つめていた。表情に変化はない。けれど、琉成の言葉や振る舞いを確かめるように、その視線は彼から離れなかった。
しばしの間を置いて、謙造が口を開く。
「長旅で疲れもあろう」
「お気遣い、痛み入ります」
琉成が礼を述べると、与一が穏やかな口調で話を引き継いだ。
「杉田館にも部屋はございますが、ひとまず早瀬家の屋敷に部屋をご用意しております」
「ありがとうございます」
琉成が与一へ顔を向けると、今度は重信が口を開いた。
「早瀬家当主、重信と申します。私の屋敷はこの館からも近く、不自由はおかけいたしませぬ」
「お心遣い感謝いたします」
琉成は重信にも丁寧に一礼した。重信はそれを受け、静かに頷く。
二人のやり取りを見届けた謙造も、満足そうに頷いた。
「正式な儀までは、そちらでゆるりと過ごされよ」
「承知いたしました」
琉成が再び頭を下げると、大広間にはひとときの静けさが戻った。
やがて、沙耶が琉成へ向き直る。
「道中、お変わりはございませんでしたか」
「ええ。民の皆様が穏やかに暮らしておられ、良い国である事を感じられました」
その答えに、沙耶の表情が柔らかくなる。
「そう言っていただけて安心いたしました」
与一も静かに頷いた。
「民あってこその国でございます」
「皆様のお考えが、民にも伝わっているのでしょう」
琉成は先ほど街道で目にした田畑や、そこで働く人々の姿を思い浮かべながら答えた。言葉を飾ろうとする様子はなく、感じたことをそのまま口にしているようだった。
謙造が小さく笑う。
「買いかぶりじゃ」
「いえ、誠にそう思います」
琉成は穏やかな表情を崩さずに答えた。
謙造はその顔をしばらく見つめた後、満足そうに頷く。そして、ふと弥月へ視線を移した。
「弥月」
「はい」
「琉成殿を重信の屋敷まで案内せよ」
思いがけない命に、弥月の表情が一瞬だけ固まった。
だが、それも束の間。すぐに姿勢を正し、謙造へ一礼する。
「……御意」
琉成も弥月へ向かって頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
弥月は返事をせず、静かに立ち上がった。
「では」
謙造へ一礼してから琉成へ目をやる。
「参りましょう」
「はい」
琉成が立ち上がると、すぐ後ろに控えていた銀丸と烈もそれに続いた。三人は謙造をはじめとする一同へ一礼し、弥月の後について大広間を後にする。
襖が閉じられ、四人の足音が廊下の向こうへ遠ざかっていった。
その姿が見えなくなると、謙造は広間に残った者たちを見回した。
「どうであった?」
最初に答えたのは巴だった。
「良き青年かとお見受けいたします」
沙耶も静かに頷いた。
「穏やかそうな方で安堵しました」
与一は顎に手を添え、先ほどの琉成の顔を思い返すように目を細めた。
「良い目をしておられた。偽りではない事を願うばかりです」
それぞれの言葉に耳を傾けていた雅が、待ちきれない様子で身を乗り出した。
「私も沙耶とお似合いだと思います!」
「これ、雅」
楓にたしなめられ、雅は「あ」と声を漏らす。慌てて背筋を伸ばすと、気まずそうに言い直した。
「姫様でした……」
その様子に、謙造もわずかに口元を緩めた。張り詰めていた広間の空気が、ほんの少し和らぐ。
しばらくして、重信が立ち上がった。
「では、私も我が衆の見張りを増やすとしよう。後ほど戻ります故」
謙造は表情を引き締め、重信を見た。
「うむ、抜かりなく頼む」
「お任せを」
重信は一礼すると、大広間を後にした。
廊下へ出た重信の足取りは、先ほどまでよりも幾分早かった。琉成を迎え入れたとはいえ、相手は他国の若君であり、縁談が正式にまとまるまで気を緩めるわけにはいかない。重信は足を止めることなく、警固衆の詰所へ向かった。
*
杉田館の表門では、弥月が門番と短く言葉を交わしていた。その傍らには、凛と宗馬が控えている。
話を終えた弥月は、後ろを歩いてくる琉成たちを振り返った。
「行くぞ」
「はい」
琉成が答えるや否や、弥月は踵を返し、足早に歩き始めた。
迷いのない足取りに、自然と後ろとの距離が開いていく。琉成たちを気にかけて歩調を緩める様子もない。
その背中を見ながら、烈が眉を寄せた。
「あの人、無礼じゃないですか?」
銀丸も不満げに弥月を見つめる。
「若様の事をずっと睨んでおったし、無礼極まりない!」
二人の声が届いているのか、弥月は振り返ろうともしなかった。
「まあまあ」
琉成は二人を制するように、落ち着いた声で言った。
「我々は他所者ですから、彼女の立場なら警戒するのは当たり前です。寧ろ、信用出来ますよ」
「そうですか? 口の利き方が気に入りませんが……」
烈は納得がいかない様子で、前を行く弥月の背中を見た。
琉成もまた、その姿へ目を向ける。
「それは、まあ……仕方ありませんね」
そう言って、琉成は少し笑った。
烈は何か言いたげに琉成を見たが、結局それ以上は口にしなかった。銀丸も二人のやり取りには加わらず、黙って弥月の後を追っている。
ほどなくして、一行は重信の屋敷へと辿り着いた。
弥月は表門の前で足を止め、屋敷の中へ目を向けた。
「ここが父上の屋敷だ。離れへ案内する。そこを使ってくれ」
「承知しました。ありがとうございます」
琉成が礼を述べると、弥月は小さく頷き、門をくぐった。
屋敷の敷地内では、女中や警固衆の者たちが行き交っていた。荷を運ぶ者もいれば、武具を手に詰所へ向かう者もいる。館とはまた違い、武人たちの働く場らしい活気があった。
弥月の姿に気づいた一人の女中が、足を止めて頭を下げる。
「弥月様、お帰りなさいませ」
「ああ。お菊に客人をお連れしたと伝えてくれ。あと、辰を離れへ」
「はい」
女中はすぐに返事をすると、その場を離れていった。
弥月は立ち止まることなく、離れへ向かって歩き出す。琉成たちも周囲の様子を眺めながら、その後に続いた。
「ここは警固衆の詰所もある故、人が頻繁に出入りする」
弥月は前を向いたまま、淡々と告げた。
琉成が周囲へ目を向けると、数人の武士が行き交い、屋敷の内外を忙しなく動いている。武具の手入れをする者や、何やら話し合っている者の姿もあった。
「そのようですね」
琉成は頷きながら、目にした光景を確かめるように視線を巡らせた。
弥月は振り返らずに続ける。
「身を守りたければ、顔を覚えておく事だな」
「承知しました」
琉成は素直に答えた。弥月の言葉は突き放すような口調だったが、屋敷で過ごすうえで必要な忠告でもある。余計な反論をすることなく、周囲の者たちの顔を覚えようと目を配った。
やがて弥月は、離れの入口で足を止めた。
そのとき、向こうから一人の男が足早にやってくる。
「弥月様」
「ああ」
弥月は男へ顔を向けた。
「今日からこの者達が離れを使う。不自由のないように」
「はい、重信様から仰せつかっております。近くに控えております故、御用の際はこの辰吉をお呼びくださりませ」
辰吉は琉成たちへ深く頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
琉成も礼を返す。その様子を見届け、弥月は小さく頷いた。
「では、後ほど」
それだけ告げると、弥月は踵を返し、詰所の方へ足早に向かっていった。
「あっ……」
琉成は思わず声を漏らしたが、弥月は振り返らない。そのまま遠ざかっていく背中を、琉成はしばらく目で追っていた。
「礼も言えませんでしたね……」
ぽつりと呟いた琉成の隣で、烈が大きなため息をついた。
「若様、ただの護衛に気を遣いすぎではありませんか? 婿入りとは言え、あなたは矢上家のご子息なのですよ」
琉成は苦笑し、烈へ目を向けた。
「重信殿は名の知れた武人です。杉田家の家老でもあります。そのご息女と波風を立てるわけにはいきません」
「それはそうですが……」
なおも不満そうな烈の言葉を遮るように、銀丸が口を挟んだ。
「それは重信殿に手合わせを願わねばなりませんな!」
「今そんな話してねぇんだよ!」
烈はすかさず銀丸を睨みつけた。
二人のやり取りに、琉成の顔から自然と笑みがこぼれる。
「若様、烈が疲れて苛立っております。早く部屋に入りましょうぞ」
「そうですね」
琉成は頷き、離れの入口へ向かった。
三人が中へ入っていくのを見届けると、辰吉は静かに襖を閉めた。
*
ほどなくして、重信が早足に離れの入口へやってきた。
「辰、琉成殿は?」
「たった今、部屋へ入られました」
「そうか。粗相の無きよう頼むぞ」
「お任せください」
辰吉の返答に重信は頷いた。
一度、閉じられた襖へ目を向けてから、重信は踵を返す。そのまま足を止めることなく、再び詰所の方へと向かっていった。




