第17話「開かれる門、隔たれる二人」
――前話末尾――
弥月は負傷した肩をかばうように身体を傾け、左足を踏み出した。
そして、立ちはだかる兵へ向かって、再び刀を振るった。
その頃、館の奥にある書庫では、琉成が一人、持ち帰る書物を選んでいた。
棚から一冊を抜き取り、内容を確かめていたところへ、烈と銀丸が息を切らせて駆け込んでくる。
「若様! こんな所におられたのですか」
琉成は書物を片手に振り返った。
「どうしました?」
「館の兵が急に増えております。表門へ続く道まで塞ぐように配置されていました」
烈の報告に、銀丸も険しい顔で続ける。
「館そのものを囲んでおるようです」
二人のただならぬ様子に、琉成の表情から笑みが消えた。
「……弥月殿たちは?」
「離れにいるはずです」
答えを聞くと、琉成は手にしていた書物をゆっくりと閉じた。
「父上のところへ行きます」
書物を棚へ戻し、二人を伴って書庫を飛び出す。琉玄の居室へ向かう足取りは、自然と早まっていった。
*
同じ頃、青峰館の外では、重信率いる杉田の警固衆が館へ向かっていた。
弥月からの報せを受けた重信は、すぐさま救援の兵を集めた。しかし、全員を馬に乗せて向かわせるだけの数はない。
そこで重信は、警固衆の中から十数人の精鋭を選び、自ら馬を駆って先行していた。残る兵たちは徒歩で後を追っている。
やがて前方に青峰館の姿が見えてくると、重信は馬を早めた。外郭沿いの道を進み、表門へ近づいた、その時だった。
門の向こうから、激しい戦闘音が響いてきた。
怒号に、刃がぶつかり合う金属音。いくつもの足音が入り乱れ、館内の騒ぎが門の外にまで伝わってくる。
重信は手綱を引き、表門を見据えた。
「……中で戦っているな」
「おそらく、弥月殿たちです」
千景が短く答える。重信の表情が険しくなった。
「急ぐぞ」
馬を進めようとした重信を、千景が呼び止めた。
「お待ちください」
千景は馬を降り、表門の脇へ目を向けた。
「ここから先は、私とゆきが先に参ります」
重信は千景へ視線を移した。
「門を開けられるか」
「はい。内側から開けます」
千景はゆきと目を交わすと、身を低くして外壁沿いへと進んでいった。二人の姿が壁の陰に消えるのを見届け、重信は警固衆へ手を挙げる。
「ここで待機する」
「御意!」
兵たちが馬を止めた。
門の向こうからは、なおも戦いの音が絶えず響いている。重信は刀の柄に手を掛け、じっと表門を見据えていた。
一方、千景とゆきは外壁沿いを進み、表門の脇にある潜門へ回り込んでいた。
潜門の内側には、二人の兵が立っている。館内の騒ぎに気を取られ、周囲への警戒が緩んだ一瞬を、千景は見逃さなかった。
千景が潜門をわずかに開け、一人の兵を引きつける。その間に、ゆきがもう一人の背後へ回り込んだ。
二人は息を合わせ、兵たちを音もなく倒した。
潜門の内側へ入り込むと、倒れた兵を物陰へ寄せた。千景が重い閂へ手を伸ばし、両手で力を込めて持ち上げる。
*
その頃、弥月たちは満身創痍のまま、表門のすぐ手前まで辿り着いていた。
庭を抜ければ、目の前が表門だ。だが、門前には矢上兵が集まり、最後の退路を塞いでいる。
宗馬は沙耶たちを背にかばい、刀を構えた。
「弥月殿、門前です!」
右肩を血で染めた弥月は、荒い息を整えながら正面を見据えた。肩の傷が脈打つたび、痛みが腕へと走る。それでも、刀を下ろすわけにはいかなかった。
「……ここを抜く」
その時だった。
重い音を立てて、表門の閂が外れた。
「何だ……!?」
矢上兵たちが一斉に振り返る。
ゆっくりと開いていく大門。その隙間から差し込む光の中に、杉田の警固衆が姿を現した。
先頭に立つ男を見た瞬間、弥月の目が大きく見開かれた。
「……父上」
重信だった。
千景とゆきが門の脇から姿を現し、重信たちは一気に館内へ駆け込んでくる。
「姫様をお守りしろ!」
重信の声が響き渡った。警固衆が弥月たちの前へ入り込み、立ちはだかる矢上兵を押し返していく。
その隙に、重信は弥月のもとへ駆け寄った。娘の顔を確かめた後、その視線が血に染まった右肩へ落ちる。
「その傷……」
「問題ありません」
弥月は短く答えたが、肩をかばう仕草までは隠しきれなかった。
「そうは見えん」
重信は険しい顔で傷を見つめたものの、すぐに庭へ視線を戻した。まだ矢上兵は残っている。後方からも、戦いの気配が途切れずに伝わってきていた。
「後続の部隊も向かっている。お前は姫と共に先に退け」
「父上は?」
「私はここに残る」
「ですが――」
重信は刀を抜き、弥月と矢上兵の間へ立った。
「ここは私が食い止める」
「……父上」
弥月は父の背を見つめた。呼び止めようとした言葉は、喉元で止まる。
重信は振り返らず、短く告げた。
「行け、弥月」
弥月は唇を噛み、やがて刀を握り直した。
「……御意」
「宗馬、沙耶と雅を門へ!」
「御意!」
宗馬たちが沙耶と雅を囲み、開いた表門へ向かって動き始めた。弥月もその後を追う。
だが、右肩の傷が動きを鈍らせていた。踏み出すたびに痛みが走り、刀を構える腕にも力が入りにくい。
そのわずかな隙を突き、横手から槍が突き出された。
弥月は刀を上げようとした。しかし、傷ついた肩が思うように動かない。槍先が迫る。
「弥月!」
重信が強引に割り込み、刀で槍を弾いた。
だが、その動きに気を取られた一瞬を、別の兵が見逃さなかった。横合いから振るわれた刃が、重信の脇腹を深く裂く。
「ぐっ……!」
重信の身体が揺らぎ、着物に血が滲んだ。
「父上!」
弥月は足を止め、父のもとへ駆け寄った。
重信は脇腹を押さえながらも、崩れかけた姿勢を立て直し、刀を構え直す。
「問題ない……行け!」
「ですが!」
「姫様を頼む!」
血を流しながらも、再び敵へ向き直る父。その背中を前に、弥月は唇を強く結んだ。
言いたいことはあった。父を残していくことなど、できるなら避けたかった。
それでも、背後には沙耶と雅がいる。自分が守るべき者たちを、ここで危険にさらすわけにはいかなかった。
弥月は一度だけ重信を見つめ、沙耶へ向き直った。
「行くぞ!」
一行は、開いた表門を抜けていく。
弥月は門を出る直前、振り返った。門の内側では、重信が脇腹から血を流しながらも、刀を振るい続けている。
その背中を目に焼き付けるように見つめた後、弥月は前を向いた。
沙耶たちとともに、館から離れていく。
*
時を同じくして、琉成たちは琉玄を探し回り、館の高楼へと辿り着いていた。
欄干の前には、庭を見下ろす琉玄の姿があった。眼下では、表門へ向かう杉田の一行と、それを食い止めようとする矢上兵が入り乱れている。
「父上!」
琉成は駆け寄り、庭を見下ろした。
表門付近で、血を流しながら矢上兵を食い止めている重信の姿が目に入る。その向こうには、門を抜けていく弥月たちがいた。
「これはどういうことです!」
琉玄は息子へ顔を向けた。
「何がだ」
「なぜ杉田の方々と戦っておられるのです! おやめください!」
琉玄は顔色一つ変えず、琉成を見据えた。
「姫はどこです!」
「逃がしたようだ」
あまりにも淡々とした答えに、琉成の顔が強張った。
「今すぐ兵を退かせてください!」
「ほう……お前がそのように声を荒げるとはな。誠に杉田の人間になるつもりか」
琉成は一歩踏み出し、父をまっすぐに見つめた。
「これ以上戦えば、こちらの兵も傷つきます。杉田の援軍が来れば、さらに被害が広がるでしょう。青峰を戦場になさるおつもりですか!」
琉玄はすぐには答えなかった。
ただ、欄干の向こうへ目を戻し、庭を見下ろしている。表門の外へ消えていく杉田の一行。その後を追えば、杉田との戦は避けられない。
やがて琉玄は小さく息を吐いた。苦々しげに口元を歪める。
「……潮時か」
踵を返すと、その場を離れながら命じた。
「兵を退かせろ」
琉成はすぐさま烈と銀丸へ視線を向け、頷いた。二人は高楼を駆け下り、表門へと向かう。
琉成もその後を追った。
表門前へ駆けつけた烈と銀丸は、なおも戦いを続ける兵たちに向かって叫んだ。
「攻撃をやめろ! 退け!」
烈の声に、矢上兵たちの動きが一瞬止まる。そこへ琉成が追いつき、声を張り上げた。
「矢上兵は撤退せよ! 殿よりの命です!」
その言葉が届くと、兵たちは次々と武器を下ろしていった。
重信は脇腹を押さえながら、杉田の警固衆へ声をかけた。
「私たちも退くぞ」
警固衆が重信を支えるようにして、表門へ向かい始める。だが、その後を追おうとする矢上兵がいた。
「追うな!」
琉成の怒号が飛んだ。
兵たちは足を止め、琉成へと振り返る。
「矢上兵は詰所へ戻れ!」
「はっ!」
命令を受けた兵たちが、次々とその場を離れていく。
重信もまた、杉田の警固衆とともに門へ向かっていた。だが、門をくぐる直前、ふと足を止める。
一度だけ振り返ると、そこには琉成が立っていた。
表門を挟んで、二人の視線が重なる。
琉成は、申し訳なさそうに目を伏せた。自分の父が招いた事態を、詫びることさえできない。その表情に、言葉にならない悔しさが滲んでいた。
重信は何も告げなかった。
脇腹を押さえたまま、再び前を向き、静かに表門の外へと消えていく。
その背中を、琉成は黙って見送っていた。
――次話冒頭――
夜の杉田館に、松明の明かりが揺れていた。




