↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/21

第17話「開かれる門、隔たれる二人」

――前話末尾――

弥月は負傷した肩をかばうように身体を傾け、左足を踏み出した。

そして、立ちはだかる兵へ向かって、再び刀を振るった。

その頃、館の奥にある書庫では、琉成が一人、持ち帰る書物を選んでいた。


棚から一冊を抜き取り、内容を確かめていたところへ、烈と銀丸が息を切らせて駆け込んでくる。


「若様! こんな所におられたのですか」


琉成は書物を片手に振り返った。


「どうしました?」


「館の兵が急に増えております。表門へ続く道まで塞ぐように配置されていました」


烈の報告に、銀丸も険しい顔で続ける。


「館そのものを囲んでおるようです」


二人のただならぬ様子に、琉成の表情から笑みが消えた。


「……弥月殿たちは?」


「離れにいるはずです」


答えを聞くと、琉成は手にしていた書物をゆっくりと閉じた。


「父上のところへ行きます」


書物を棚へ戻し、二人を伴って書庫を飛び出す。琉玄の居室へ向かう足取りは、自然と早まっていった。


*


同じ頃、青峰館の外では、重信率いる杉田の警固衆が館へ向かっていた。


弥月からの報せを受けた重信は、すぐさま救援の兵を集めた。しかし、全員を馬に乗せて向かわせるだけの数はない。


そこで重信は、警固衆の中から十数人の精鋭を選び、自ら馬を駆って先行していた。残る兵たちは徒歩で後を追っている。


やがて前方に青峰館の姿が見えてくると、重信は馬を早めた。外郭沿いの道を進み、表門へ近づいた、その時だった。


門の向こうから、激しい戦闘音が響いてきた。


怒号に、刃がぶつかり合う金属音。いくつもの足音が入り乱れ、館内の騒ぎが門の外にまで伝わってくる。


重信は手綱を引き、表門を見据えた。


「……中で戦っているな」


「おそらく、弥月殿たちです」


千景が短く答える。重信の表情が険しくなった。


「急ぐぞ」


馬を進めようとした重信を、千景が呼び止めた。


「お待ちください」


千景は馬を降り、表門の脇へ目を向けた。


「ここから先は、私とゆきが先に参ります」


重信は千景へ視線を移した。


「門を開けられるか」


「はい。内側から開けます」


千景はゆきと目を交わすと、身を低くして外壁沿いへと進んでいった。二人の姿が壁の陰に消えるのを見届け、重信は警固衆へ手を挙げる。


「ここで待機する」


「御意!」


兵たちが馬を止めた。


門の向こうからは、なおも戦いの音が絶えず響いている。重信は刀の柄に手を掛け、じっと表門を見据えていた。


一方、千景とゆきは外壁沿いを進み、表門の脇にある潜門へ回り込んでいた。


潜門の内側には、二人の兵が立っている。館内の騒ぎに気を取られ、周囲への警戒が緩んだ一瞬を、千景は見逃さなかった。


千景が潜門をわずかに開け、一人の兵を引きつける。その間に、ゆきがもう一人の背後へ回り込んだ。


二人は息を合わせ、兵たちを音もなく倒した。


潜門の内側へ入り込むと、倒れた兵を物陰へ寄せた。千景が重い閂へ手を伸ばし、両手で力を込めて持ち上げる。


*


その頃、弥月たちは満身創痍のまま、表門のすぐ手前まで辿り着いていた。


庭を抜ければ、目の前が表門だ。だが、門前には矢上兵が集まり、最後の退路を塞いでいる。


宗馬は沙耶たちを背にかばい、刀を構えた。


「弥月殿、門前です!」


右肩を血で染めた弥月は、荒い息を整えながら正面を見据えた。肩の傷が脈打つたび、痛みが腕へと走る。それでも、刀を下ろすわけにはいかなかった。


「……ここを抜く」


その時だった。


重い音を立てて、表門の閂が外れた。


「何だ……!?」


矢上兵たちが一斉に振り返る。


ゆっくりと開いていく大門。その隙間から差し込む光の中に、杉田の警固衆が姿を現した。


先頭に立つ男を見た瞬間、弥月の目が大きく見開かれた。


「……父上」


重信だった。


千景とゆきが門の脇から姿を現し、重信たちは一気に館内へ駆け込んでくる。


「姫様をお守りしろ!」


重信の声が響き渡った。警固衆が弥月たちの前へ入り込み、立ちはだかる矢上兵を押し返していく。


その隙に、重信は弥月のもとへ駆け寄った。娘の顔を確かめた後、その視線が血に染まった右肩へ落ちる。


「その傷……」


「問題ありません」


弥月は短く答えたが、肩をかばう仕草までは隠しきれなかった。


「そうは見えん」


重信は険しい顔で傷を見つめたものの、すぐに庭へ視線を戻した。まだ矢上兵は残っている。後方からも、戦いの気配が途切れずに伝わってきていた。


「後続の部隊も向かっている。お前は姫と共に先に退け」


「父上は?」


「私はここに残る」


「ですが――」


重信は刀を抜き、弥月と矢上兵の間へ立った。


「ここは私が食い止める」


「……父上」


弥月は父の背を見つめた。呼び止めようとした言葉は、喉元で止まる。


重信は振り返らず、短く告げた。


「行け、弥月」


弥月は唇を噛み、やがて刀を握り直した。


「……御意」


「宗馬、沙耶と雅を門へ!」


「御意!」


宗馬たちが沙耶と雅を囲み、開いた表門へ向かって動き始めた。弥月もその後を追う。


だが、右肩の傷が動きを鈍らせていた。踏み出すたびに痛みが走り、刀を構える腕にも力が入りにくい。


そのわずかな隙を突き、横手から槍が突き出された。


弥月は刀を上げようとした。しかし、傷ついた肩が思うように動かない。槍先が迫る。


「弥月!」


重信が強引に割り込み、刀で槍を弾いた。


だが、その動きに気を取られた一瞬を、別の兵が見逃さなかった。横合いから振るわれた刃が、重信の脇腹を深く裂く。


「ぐっ……!」


重信の身体が揺らぎ、着物に血が滲んだ。


「父上!」


弥月は足を止め、父のもとへ駆け寄った。


重信は脇腹を押さえながらも、崩れかけた姿勢を立て直し、刀を構え直す。


「問題ない……行け!」


「ですが!」


「姫様を頼む!」


血を流しながらも、再び敵へ向き直る父。その背中を前に、弥月は唇を強く結んだ。


言いたいことはあった。父を残していくことなど、できるなら避けたかった。


それでも、背後には沙耶と雅がいる。自分が守るべき者たちを、ここで危険にさらすわけにはいかなかった。


弥月は一度だけ重信を見つめ、沙耶へ向き直った。


「行くぞ!」


一行は、開いた表門を抜けていく。


弥月は門を出る直前、振り返った。門の内側では、重信が脇腹から血を流しながらも、刀を振るい続けている。


その背中を目に焼き付けるように見つめた後、弥月は前を向いた。


沙耶たちとともに、館から離れていく。


*


時を同じくして、琉成たちは琉玄を探し回り、館の高楼へと辿り着いていた。


欄干の前には、庭を見下ろす琉玄の姿があった。眼下では、表門へ向かう杉田の一行と、それを食い止めようとする矢上兵が入り乱れている。


「父上!」


琉成は駆け寄り、庭を見下ろした。


表門付近で、血を流しながら矢上兵を食い止めている重信の姿が目に入る。その向こうには、門を抜けていく弥月たちがいた。


「これはどういうことです!」


琉玄は息子へ顔を向けた。


「何がだ」


「なぜ杉田の方々と戦っておられるのです! おやめください!」


琉玄は顔色一つ変えず、琉成を見据えた。


「姫はどこです!」


「逃がしたようだ」


あまりにも淡々とした答えに、琉成の顔が強張った。


「今すぐ兵を退かせてください!」


「ほう……お前がそのように声を荒げるとはな。誠に杉田の人間になるつもりか」


琉成は一歩踏み出し、父をまっすぐに見つめた。


「これ以上戦えば、こちらの兵も傷つきます。杉田の援軍が来れば、さらに被害が広がるでしょう。青峰を戦場になさるおつもりですか!」


琉玄はすぐには答えなかった。


ただ、欄干の向こうへ目を戻し、庭を見下ろしている。表門の外へ消えていく杉田の一行。その後を追えば、杉田との戦は避けられない。


やがて琉玄は小さく息を吐いた。苦々しげに口元を歪める。


「……潮時か」


踵を返すと、その場を離れながら命じた。


「兵を退かせろ」


琉成はすぐさま烈と銀丸へ視線を向け、頷いた。二人は高楼を駆け下り、表門へと向かう。


琉成もその後を追った。


表門前へ駆けつけた烈と銀丸は、なおも戦いを続ける兵たちに向かって叫んだ。


「攻撃をやめろ! 退け!」


烈の声に、矢上兵たちの動きが一瞬止まる。そこへ琉成が追いつき、声を張り上げた。


「矢上兵は撤退せよ! 殿よりの命です!」


その言葉が届くと、兵たちは次々と武器を下ろしていった。


重信は脇腹を押さえながら、杉田の警固衆へ声をかけた。


「私たちも退くぞ」


警固衆が重信を支えるようにして、表門へ向かい始める。だが、その後を追おうとする矢上兵がいた。


「追うな!」


琉成の怒号が飛んだ。


兵たちは足を止め、琉成へと振り返る。


「矢上兵は詰所へ戻れ!」


「はっ!」


命令を受けた兵たちが、次々とその場を離れていく。


重信もまた、杉田の警固衆とともに門へ向かっていた。だが、門をくぐる直前、ふと足を止める。


一度だけ振り返ると、そこには琉成が立っていた。


表門を挟んで、二人の視線が重なる。


琉成は、申し訳なさそうに目を伏せた。自分の父が招いた事態を、詫びることさえできない。その表情に、言葉にならない悔しさが滲んでいた。


重信は何も告げなかった。


脇腹を押さえたまま、再び前を向き、静かに表門の外へと消えていく。


その背中を、琉成は黙って見送っていた。

――次話冒頭――

夜の杉田館に、松明の明かりが揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。