第16話「閉ざされた道、揺るがぬ覚悟」
――前話末尾――
部屋には、荷をまとめる音だけが淡々と響いていた。
館内では、兵たちが慌ただしく動き始めていた。
廊下を行き交う足音は、先ほどまでとは明らかに違っていた。兵たちは互いに短く言葉を交わしながら持ち場へ散り、館の奥からも次々と姿を現している。
その異様な光景に気づき、烈は通りかかった兵を呼び止めた。
「おい、何をしている?」
兵は足を止めたものの、烈と目を合わせようとはしなかった。
「……館内の警備を強化しております」
「なぜだ?」
問いを重ねると、兵はわずかに視線を逸らした。
「命令です」
それだけ告げると、足早にその場を去っていった。
烈と銀丸は顔を見合わせた。改めて周囲を見渡せば、廊下の先や出入口、表門へ続く道にまで兵が配置されている。しかも、ただ人数を増やしているだけではない。要所ごとに立つ兵たちは、館の内側から外へ向かう道を塞ぐように陣取っていた。
烈の視線が、廊下の先から表門へと移る。
「……警備というより、出入口を塞いでないか」
銀丸が低く呟いた。
烈は答えなかった。ただ、険しくなった表情が、その言葉を裏づけていた。
「若様のところへ行くぞ」
二人は踵を返し、琉成の居室へ向けて駆け出した。
*
その頃、弥月たちは離れを出て、表門へ続く庭道を進んでいた。
先頭を弥月が歩き、その後ろには宗馬と杉田の警固衆が続いている。沙耶と雅を中央に置き、凛が二人のそばを固めていた。
庭道の先、中庭へ出る場所には、先ほどよりも明らかに多くの兵が立っていた。
誰も口を開かず、こちらの動きを窺っている。道を譲る者もいなければ、通行を許す様子もない。
弥月は歩みを緩めた。
そのまま数歩進んだところで、前方から鋭い声が飛んだ。
「――止まれ!」
兵たちが一斉にこちらを向く。その列の中から、柴田がゆっくりと姿を現した。
「弥月殿、お部屋へお戻りください」
「断る。我らは杉田へ戻る。道を開けろ」
弥月が一歩も退かずに告げると、柴田はしばらく彼女を見つめた後、静かに後ろへ下がった。
それを合図に、周囲の兵が動き始める。
中庭へ通じる出口を塞ぐ者。左右へ回り込む者。そして、弥月たちが来た道へと進み、退路を断つ者。
あっという間に、行く手だけでなく背後まで塞がれていった。
弥月は兵たちの動きを目で追い、やがて細く息を吐いた。
「……やはりか」
その呟きに応じるように、宗馬が刀の柄へ手をかけた。
「弥月殿」
「沙耶と雅を頼む」
「御意!」
宗馬が警固衆へ目配せする。凛もすぐに沙耶の前へ出た。
「姫様、こちらへ!」
沙耶は凛の腕に手を伸ばしかけたものの、すぐに弥月へと視線を戻した。
「弥月……!」
「凛から離れるな」
弥月は一度だけ振り返り、短く告げた。その声に迷いはない。
沙耶は唇を結び、凛に促されて一歩下がった。
次の瞬間、前方の兵が踏み込んできた。
弥月は即座に刀を抜いた。振り下ろされた刃を受け止め、鋭い金属音が廊下に響く。相手の力を正面から受け切るのではなく、手首を返して刃を横へと流した。
体勢を崩した兵の脇をすり抜けるように踏み込み、その肩を押し退ける。
「行くぞ!」
弥月の声を合図に、杉田の警固衆も一斉に動いた。
狭い庭道で刃が交わり、兵たちが押し合う。宗馬が立ちはだかる一人を退けると、その横から別の兵が迫った。杉田の警固衆がそれを受け止める間に、弥月は前へと進む。
一人を退けても、すぐに次が立ちはだかる。
弥月は相手の刃を受け流し、踏み込んできた兵の懐へ身体を寄せた。肩からぶつかるようにして押し退け、開いた隙間を抜けていく。
背後には沙耶たちがいる。
ここで足を止めれば、全員が取り囲まれる。弥月は次々と迫る兵の動きを見極めながら、わずかでも開いた場所を探し、前へ進み続けた。
やがて庭道を抜け、広い中庭へと躍り出る。
だが、そこにも兵が待ち構えていた。
「姫様を先へ!」
宗馬の叫びとともに、杉田の警固衆が左右へ分かれた。迫る兵をそれぞれ受け止め、中央にわずかな道を作る。
「姫様、こちらへ!」
凛が沙耶の手を引いた。
沙耶は一瞬だけ足を止め、前方で刀を振るう弥月を見つめた。弥月の刃が相手の刀を弾き、兵の身体が後ろへよろめく。
「沙耶!」
雅の声に、沙耶ははっと我に返った。
凛に引かれるまま走り出し、雅もそのすぐ後ろを追う。
弥月たちは、少しずつ中庭の奥へと進んでいった。
表門への道が開けかけた、その時だった。
中庭の奥から、新たな兵たちが雪崩れ込んできた。
「まだ来ます!」
宗馬が声を上げる。
「下がれ!」
弥月は前へ踏み込んだ。
正面から迫る刃を受け流し、相手の体勢が崩れたところで押し退ける。さらに横から迫った兵へ刀を返し、進路を塞ぐ相手を次々と退けていった。
開いたわずかな隙間を、沙耶たちが抜けていく。
一歩、また一歩。
表門が少しずつ近づいてくる。
しかし、距離が縮まるにつれて、前方に立ちはだかる矢上兵の数も増えていった。
*
その頃、中庭を見下ろす高楼では、琉玄が眼下の様子を眺めていた。
表門へ向かって進む弥月たち。その動きは止まっていない。弥月が刃を振るうたび、立ちはだかる兵が押し退けられ、少しずつ道が開いていく。
「表門まで抜かれます」
側近の報告にも、琉玄は答えなかった。
ただ、庭を見下ろしたまま、視線を動かしている。
沙耶の姿が目に入った。その前には、彼女を守るように戦う弥月がいる。弥月は迫る兵の刃をかわし、間を置かずに反撃へと転じていた。
琉玄の目が、わずかに細くなる。
やがて、短く息を吐いた。
「……なるほど。弓を」
側近が差し出した弓を受け取ると、琉玄はゆっくりと構えた。
弦を引き絞り、狙いを定める。
眼下では、弥月が前方の敵に意識を集中させていた。その背後には沙耶たち。そして、彼女たちが目指す先には表門がある。
琉玄の指が、弦から離れた。
風を切る鋭い音が、庭を横切った。
弥月が目の前の兵を退けた、その瞬間だった。
「――っ!」
矢が弥月の右肩深くに突き刺さった。
「ぐっ……!」
身体が大きく揺らぎ、踏み出しかけた足が止まる。
「弥月殿!」
宗馬が駆け寄ろうとしたが、弥月は左手を上げて制した。
「問題ない!」
声を張り、すぐに前方へ目を戻す。
しかし、右肩には鋭い痛みが走っていた。衣の上からでも、矢が深く食い込んでいるのが分かる。
弥月は矢の飛んできた方へ視線を向けた。
高楼の上に、弓を手にした琉玄の姿があった。
冷ややかな目が、こちらを見下ろしている。
一瞬、二人の視線が交わった。
弥月は肩に刺さった矢へ左手を伸ばし、矢柄を折る。乾いた音とともに折れた柄が地面へ落ちた。
「……門へ向かえ!」
「しかし、その傷では――」
「沙耶たちを先に出せ!」
宗馬は弥月の右肩へ目を向けた。
着物には、すでに血が滲み始めている。それでも弥月は刀を握り直し、前方を睨んでいた。
一度、深く息を吸う。
痛みに顔がわずかに歪んだ。右肩を動かすたびに、傷口から鋭い痛みが走る。それでも、目の前にはまだ道を塞ぐ兵たちがいた。
弥月は負傷した肩をかばうように身体を傾け、左足を踏み出した。
そして、立ちはだかる兵へ向かって、再び刀を振るった。
――次話冒頭――
その頃、館の奥にある書庫では、琉成が一人、持ち帰る書物を選んでいた。




