文化祭と塩川
10月17日、秋らしい晴れた青い空に、文化祭の手作りの金のモールのついた巨大な立て看板がお祭りらしい空気を盛り上げていた。
「一粒ちゃーん!衣装どう?」
あの日の後からちょっとずつ話すようになって千田さん、こと智恵ちゃんが控え室に向かって声を掛けている。
「大丈夫だよ!」
私の衣装だけサイズが合わずに急遽当日になってしまって今急いで衣装合わせをしていた。
うちのクラスはタイムスリップ喫茶という企画で、店員となるクラスメイトたちはそれぞれ色んな時代感の服を着るのだ。
私は大きな開襟の白い襟に、細いウエストベルトのついた花柄のワンピースを着ていた。
このままだと小柄でボブの私は幼児のピアノの発表会になりそうだと、玲奈ちゃんと試行錯誤して、片方の髪を耳にかけ大振りの雫型のイヤリングとカチューシャをつけ、さらにヒールを履いている。
多少メイクもして、だいぶ昭和レトロガールになって、いるはず。
「おお!いいじゃんいいじゃん!」
控え室から出てきた私をチェックする智恵ちゃんに合格をもらえ、ひとまず胸を撫で下ろす。
「あ、玲奈も可愛いー!」
玲奈ちゃんはさすがビジュアル担当と言われるだけあって、華やかな着物のようなドレスを着て、メイクも紅いアイラインに真っ赤なリップが浮かずに馴染んでいるところがすごい。
「これでどう、お運びせえって言うのよ。」
本人はとても気怠げにうんざりした様子だった。
「あー、いいよいいよ。むしろ看板持って外練り歩いて。あ、塩川は動きやすそうだね。いいぞいいぞ」
塩川はたぶん軍服的なものを着ていて、ツンツンした雰囲気にぴったりだった。すでに二、三人検挙してそう。
男子用の控え室から出てきた時はムスッとしていたのに、私の方をじっと見て固まっている。
私は経験上ろくな事言われない気がして、サッサとその場から居なくなろうと廊下に出たら、誰かに手を引かれてびっくりして振り向くと、追いかけてきた塩川がいた。
私が手に視線をやると、すぐにサッと離してくれた。
「おまえ、今日最後までいる?」
「え?そりゃ、普通に。」
「帰りLINEするから、ちゃんと見てくれ。」
「え?なんで?」
「話したいから。」
それだけ言うと塩川は私の返事を待たずに教室に戻って行った。
最近の塩川はよく分からないけれど、以前よりマシなので触らぬ神に祟りなしでそれ以上深追いしないことにして、私は私の用事をしに行った。
お昼過ぎになり、お客さんの入りも少し落ち着いてきたころ、ソワソワと何度も時計を見ていたら
「一粒〜、お客さんだよーん」
と看板を担いだ玲奈ちゃんが教室に戻ってきた
「時量さん!」
玲奈ちゃんの後ろから時量さんがヒョコっと顔を出す。
その横でお兄ちゃんもヨッと大きく手を上げる。
「ようこそー!タイムスリップ喫茶だよー」
私は時量さんに見せびらかすみたいに両手を小さく広げてワンピースを見せてみる。
「我が妹ながら、なかなかかわいいじゃないか!なぁ至?!」
「…」
時量さんが固まっている。
「…時量さん?」
私に視線を固定したまま固まっていた時量さんの顔がみるみる赤くなって、唐突に下を向いてしまった。
玲奈ちゃんもお兄ちゃんも、もちろん私も唐突な予想外な反応に、みんな呆けて時量さんを見守っている。
下を向いていた時量さんの肩が小刻みに震え出して
「はははっ」と小さな笑い声が聞こえたと思ったら、時量さんが急にお腹を抑えて笑いだした。
「くっ!あは!ははははっ!」
え、なんで、爆笑。
ショックを受けて立ち尽くす私。
オロオロする兄。
不穏な顔をして拳を振り上げる玲奈ちゃん。
三者三様のリアクションを取る中、時量さんがハアハァと息を荒げながら、目尻の涙を擦りつつ「すみません」と謝る。
「違うんです、一粒さん。あなたを笑ったわけじゃない。」
「え?」
「私は、自分が、あまりに馬鹿な妄想をしてしまって。馬鹿みたいで。ごめんなさい、失礼なことを。」
「至が、馬鹿な妄想を。めちゃ気になるな。あとで共有してくれ」
「一粒さん、とても似合っていますね、大人に見えてしまってびっくりしました。」
「そう、だったの?」
大人に、見えたんだ。
今度は私の顔が少しだけ熱くなる。
嬉しくてニコニコしながらお兄ちゃんと時量さんを奥の席に案内する。
クラスの何人かが「久谷んちのイケメンきた。」「たまに学校で木切ってる人だよね?」と話している声が聞こえる。
時量さんが差し入れにと、庭の柿を収穫して剥いてきてくれた物が入ったタッパーをくれてさらにニコニコになる単純な私。
「あの、注文は」
伝票を持った塩川が近づいてきた。
「おまえかー…」
お兄ちゃんが肘をついて塩川を見ているが、塩川は大して反応せず軽く頭を下げただけだった。一応お兄ちゃんも同中だ。在籍は被ってないけどたぶん2人ともサッカー部だしOBとして何らかの関わりがあるみたいだった。
「こないだはどうも」
お兄ちゃんをスルーした塩川は時量さんに声をかける。
「どうも。注文か、」
えーっと、メニューを見る時量さんにおすすめを教える。
「うん、じゃあそれでお願いします。大地くんは?同じ?」
「分かりました。…あの、いくつなんですか?」
「ん?年齢、だよね?22歳ですよ。」
「俺ら、高二です。」
「?…そうですね?」
「一粒も、そうです。未成年ですから。」
「あー、もういいよおまえ。分かった分かった。はい店員さんは行った行った」
お兄ちゃんが塩川を追い払う。
「なんだよー全然ヤンデレ治ってねえじゃねえか」とブツクサ言うお兄ちゃんに玲奈ちゃんが
「お兄さんグッジョブですよ。まじで。」と近づいたので、初心な兄は着物の美女に狼狽まくっていた。
時量さんとお兄ちゃんが帰って、また一波団体のお客さんがきて、今年は喫茶店が少なかったせいか休憩所代わりにうちのクラスは大繁盛だった。
夕方陽も沈んだ教室で、明日の準備を終えたクラスメイトたちが死屍累々の様子で帰りの準備をしている。
私も帰ろうと思ったところでスマホの通知に気づいた。塩川から通知がある。
"終わったら企画代表の展示教室に来て。待ってる"とだけメッセージがあった。
玲奈ちゃんと智恵ちゃんに先に帰るように伝えて、企画代表の教室に向かう。
こちらは比較的真面目な展示系しか無いので生徒も全く見かけない。
案の定企画代表の展示教室に入ると、塩川が1人で棚に座ってスマホを見ていた。
「ごめん、こっちの展示当日まだやることあったっけ?」
「…え、…まじかよ。ほんとに全然伝わってねぇー」
「何の話?」
ガックリと項垂れる塩川。
意味わからんけど、また嫌味を言われると思って身構えていたので雲行きが違うようで拍子抜けする。
タンっとスニーカーの底が地面を打つ音がして、棚から降りた塩川がこちらに近づいてくる。そしてジロジロ見ている。
「さっきの服着替えたの?」
「そりゃ、もう帰るし。」
自分もとっくに制服なのに何を言ってるんだ?
「まだ見たかった。」
「なんで?」
「可愛かったから」
「??」
塩川が分からない。最近特に分からなかったけど、今さらに分からなくなった。今更私にお世辞を言って何がしたいんだ。
明らかに疑問しかない私の顔を見て塩川がため息をつく。
「全然伝わらないの、自業自得だよな。」
じっと私を見る塩川の目が、いつもと違う色を帯びている気がして逃げ出したいのに目が離せない。
「俺、久谷が好きだ。」
「…は?」
「中学の終わりくらいから、ずっと好きだった。」
中学の、終わり?
記憶の中の塩川はいつだって私に忌避の籠った視線を向けていて、特に同じクラス時に何かトラブルが起きると、塩川は私と何か関連あることに勘づいていたのかいつも一言二言嫌味を言ってきた。
その度に私は、自分のせいかもと心が揺れた。
嫌悪はあれど好意なんてどこにも無かったと思う。
特に最後の中三の運動会なんて、特に運動のできる塩川と同じクラスになってしまった私は、耐えられず仮病を使って休んだ。
それなのに休んでトラブルを未然に防ごうとしたことにさえ、塩川は休み明けに
「おまえわざと休んだだろ。意気地なし」と逃げた私を見抜いて責めてきた。
じゃあもうどうしろと言うだと、理不尽さに猛烈に腹が立った私は、そのあとの中学の行事は意地でも休まなかった
「塩川が私を好きとは絶対思えない。」
「…最初は、ただおまえの周りで変なことばかり起こるって思って、よく見てて、危ないなと思ったんだよ。」
「…」
「おまえは、割と頭いいし、クラスのやつとも上手くやってるけど、絶対入り込まないというか、離れてるし。近づきたかったけど、近づき方が分からなくて、嫌味ばっか言ってた。…ごめん。」
「…」
「でも、やっぱり好きで、本当に好きなんだ。俺変わるから、ちゃんと久谷に優しくできるようになるから、俺がおまえを好きなこと、知ってて欲しい。」
「私は、塩川の言葉が辛かった。」
「…ごめん。」
「好いてくれてありがとう。好きにはなれないけど。帰る。」
話している間に、すっかり暗くなっていた廊下を走りぬける。
下駄箱までノンストップで走って、息が苦しかったけど、早く帰りたかった。
塩川は追いかけては来なかった。




