砂時計と運命の人
「わー!綺麗!」
「なんとか見えますけど。良かったんですか?」
結局人混み素人の私たちは、打ち上げ会場よりかなり離れた公園で、遠くに建物の隙間に見える花火を見ていた。
「全然大丈夫!ちゃんと見えるし!あ、今のたぶん柳ってやつ!見ました?!シャーって下に落ちるやつ」
「綺麗でしたねぇ。」
少しでも見やすいように、2人して幼児用のツリーハウスに登ってみているのでとても狭いけれど、遠くの花火に見惚れた時量さんのため息が近くで感じられて、私は満足していた。
打ち上げ会場でまた塩川たちと鉢合わせたら嫌だったし、慣れない人混みにうんざりしてしまった私が、この公園に誘ったのだ。
「でもよく考えたら、私に付き合わせて時量さんの初の花火大会まで、しょぼい経験にしちゃった…。ごめんね。」
「?…これってしょぼいんですか?楽しいですけど。あ、一粒さん、また上がりましたよ。」
ドォン、と遠くの夜空に光の華が咲く。
何個も
何個も
華が咲く。
「あー、さっきの最後だったのかなぁ」
音がやんで、夜空が静かな闇に戻っていく。
時量さんはまだ花火の余韻が抜けないのか、暗くなった夜空に視線を向けたまま黙っていた。
私も何となく暗闇に目を向けると、何も見えない虚空しかない。
それなのに、私には見えない何かがそこから覗いているような、気が付かない間に染み出している闇があるような、妙な焦りを覚えて、私は時量さんの袖を引っ張った。
「遅くなっちゃったから帰ろう!」
「そうですね。」
帰りの駅は、同じように花火大会の帰路につく人混みでごった返していた。
私は圧倒される時量さんを引っ張って、なんとか辿り着いたホームで、電車を待ちつつスマホでお母さんに"今から帰るけどすごい混んでるから遅れるかも"とLINEをする。
「あ、忘れていました。」
時量さんが腰につけていたポーチの中に手を入れてゴソゴソと何かを探している。
ちなみにポーチは園芸用で、今日は時量さんは切手で電車に乗っている。普段はおじいちゃんと車移動のため、今日まで時量さんがカバンもICカードも持っていないことに気付いていなかった。
切手無くしちゃったのかな?と見守っていると。くしゃくしゃの紙クズを取り出した。
「意外とズボラだね、時量さん。」
「そうですかね?」
と言いながら、紙屑を私に差し出した。
「いやいや、別に確かめないよゴミは。」
「違いますよ。あ、こういうのは綺麗な千代紙とかで包むべきだったのか…。」
そう言いながら、わたしが受け取らないのを諦めた時量さんが、自ら紙包みを広げると、中から手のひらに収まるほどの小さな砂時計が出てきた。
普通の砂時計を縮小したみたいに、小さいのにきちんとあの瓢箪状のなめらかな形で、ガラスの中には茶色い砂状のものが入っている。
上下は円盤状の木の板に挟まれて、両側に細い2本棒によって円柱のようになっている。
時量さんは取り出したそれを当たり前のように向かい合う私の首にかけた。
「わぁ……すごい、これ、小さいのに、細か…ん、これ、」
ペンダントトップにあたる、砂時計の部分を手に取って、よく観察するように自分の目の前に持ち上げる。
砂時計の頭の部分に金具がついて革紐か取り付けてあり、ネックレスのようになっていて、金具にチャームのように付いているマットな黒いビーズに既視感がある。
「あ!これ、ムクロジの実だ!…え?じゃあこれ、うそ!」
「御神木の切り倒した部分をもらって作ってみました。もう効果はないかもしれませんが、一粒さんが持っていてください。」
「…作ったの?すごい!どうやって?!」
「基本は一緒ですよ。ガラス管でガラス部分を作って。中身は木粉に乾燥剤を混ぜたものなので、時間は全く正確に測れないので、砂時計とは言えないかもしれませんね。」
「え?いつ?!うちで?!」
「ガラス部分は材料とバーナーがいるので、時間屋で。あとは久谷家の裏庭の作業場で。」
「全然気づかなかった…。」
繁々と眺めていると、先ほど聞き流してしまった発言が頭に戻ってくる。
「これ、持っていてくださいって。私が預かる、みたいな?」
「あ、いいえ。よかったらもらってください。あのムクロジは雷に打たれても、まだちゃんと生きている。まだきっと一粒さんを守ってくれますよ。」
「私、誕生日でもなんでもないのに。」
「誕生日いつなんですか?」
「2月29日」
「閏年ですか。」
「4年に1回しかこないし、カレンダーから数字が一粒溢れたみたいだから一粒って名前にしたんだって。なんだかさー。」
「世界のずれを正す一粒ですよ。」
びっくりして時量さんを見返すと、びっくりした私の顔を今度は時量さんが、何事かと見返す。
「なんだかなぁ。時量さんは、時量さんだなぁ。」
もう一度持ち上げて小さな砂時計を見る。
ひっくり返すと、普通の砂時計よりも軽そうに、ふんわりと、馴染み深い木の木粉だという砂が流れていく。
無惨に裂けた御神木を見た日の朝に傷ついた心に、今になって優しい温かい砂が被さった気がした。
「ありがとう。」
「いいえ。」
しばらく何度もひっくり返して、流れ落ちる砂を眺めていると、ふと頭に浮かんできたことをそのまま口にしていた。
「時量さんには、なんで運命の人が会いにこなかったんだろう。」
「運命の人?」
口にしてから「あ、」と口元を覆う。
これは言ってよかったのかな?
「こないだ、神、じゃなくて先代さんが言ってたから。時間屋には時がくると運命の女の人がきて、後継を産んでくれるって。」
「あぁ、そんなことを。」
時量さんはあまり興味がなさそうだった。自分の運命の人のことなのに。
「私が最後の時間屋だから、現れなかったのか、はたまた現れなかったから、最後の時間屋になったのか、まぁいずれにせよ現れないことこそが私の運命だったのでしょう。」
時量さんはあまりそのこと自体に疑問もないようで、それだけいうと電車の時刻表を見ていた。
「じゃあさ」
電車のアナウンスが流れる。
"特急電車が通過いたします。白線まで下がってお待ちください"
プルルルルルルルルルル
プアンと、ホームに木霊する警告音
「誰がその運命を決めたのかな。」
突風とともに、たくさんの通り過ぎる客を乗せた乗り物が、その姿も見えない速さで通り過ぎた。
何のために?




