花火大会
「お兄ちゃんに奢ってもらおうと思ったのにー」
「大地さん、例の女性に土下座して一緒に来てもらえることになったらしいので。」
兄の恋愛過程が心配になるが、まぁ本人が「うらやましいだろう!」と幸せいっぱいな様子だったので、まぁいいのだろう。
「私がごちそうしますよ。一粒さんにはお世話になっていますから。」
「えー、初めはそうかもだけど、最近はなんか逆転してるからなぁ。色々半分こしよう!私実は屋台はじめてだから!」
私と時量さんは、花火大会の前の屋台を堪能すべく早めに家を出て、電車で二駅の花火大会の最寄駅に到着していた。
地元の小さめな花火大会とはいえ、日が暮れ始めた駅は、すでにすごい人混みで、こんな人混みを歩くのは初めてで緊張するけれど、隣に時量さんが居るとなんだか大丈夫な気もしてくる。
神様も2人でいれば大丈夫って言ってたし。
「すごい数の人間ですね。」
圧倒されたように時量さんが流れていく人の波を見渡す。
立ち止まっていると歩いてきた集団にぶつかられて、あっと時量さんが少し後ろにタタラを踏む。
私が慌てて手を伸ばすけど、私も反対側からきた人混みに流されそうになる。
むぎゅっと人の背中に潰されて視界を失うと、グイッと手を引かれて、あっという間に時量さんの隣に戻っていた。
「ここに居ると逸れてしまう。あっちに移動しましょう。」
私の肩に手を回して、隅の方に歩いていく時量さんを見上げるといつもと違う角度で顎のラインと喉仏がよく見えて、私は咄嗟にすぐ目を逸らした。
「あ!広島焼き!」
目当ての屋台は幸いあまり人気がないのか空いていて、すぐに注文できた。
ジュウジュウと熱した鉄板でソースが泡立つ音と、目に染みる煙に胸の高鳴りが止まらない。
「美味しそうすぎる!」
「そうですね!」
意外にも時量さんも鉄板に目が釘付けだ。
受け取ったパックと割り箸を持って、近くの縁石に移動して、
「いただきます!」と湯気立つふかふかのお好み焼きを箸で切って持ち上げてみる。
中からは箸で切れなかったソースの絡んだ焼きそばが伸びてくる。熱そうなのを分かりつつ、あえてフウフウせずに一息に口に入れる。
「美味しすぎる!」
「はい!」
隣で、同じように熱いまま口に入れたのか、ハフハフと口を開けて冷ましている時量さん。
2人でその後も色んな屋台を巡った。
りんご飴
わたあめ
たこ焼き
フランクフルト
かき氷
りんご飴とわたあめは、夢のような見た目に反して意外とべたべたしたし、フランクフルトは辛子をかけ過ぎた私のせいで時量さんが涙して、かき氷は2人で青くなった舌に驚愕した。
「…楽しすぎる」
「花火はこれからですよ。」
2人で少し屋台のある通りから離れた壁際でお腹を摩って一息ついている。
「久谷?」
急に名前を呼ばれて、声の方向を見ると、複数の男女がいて、何人かは見知ったクラスメイトだった。
「一粒来てたんだ!」「こういうの来ないかと思ったー」「彼氏?」
とクラスメイトが騒ぐ。
「住み込みの従業員だろ」
と勝手にその中にいた塩川が口を挟んだ。
「えー、普通にかっこいい〜。いいなぁ一、名前なんて言うですか?」
と社交的な女子の1人が時量さんに話しかける。
「おまえ、なんで来てんの?」
塩川が小声だけどわざと私だけに聞こえるように近づいて言ってくる。
「…花火見に来ちゃ悪い?」
いつもは塩川の嫌味を受け流す私が、反論めいた返答をしたことに驚いたのか、塩川の顔から珍しく嫌悪の色が抜ける。
私はもう会話を終わらせたくてため息をついて塩川から顔を逸らす。
「いや、悪くねえよ。ただ、来ないと思ってたから。」
「あっそ、でも来たの。私の勝手でしょ。」
「来るなら、誘ってたよ」
「は?何言ってんの?」
到底塩川から出たと思えない発言に、また新たな方向の嫌がらせかと思い、その顔にもう一度視線を戻すと、想定とは全く違った真剣な目で、塩川が私を真っ直ぐ見ていた。
ドーンと遠くで花火の打ち上がる音がした。
「あ、はじまっちゃう」
私は早く打ち上げ会場に行きたくて、時量さんの方に向き直る。
唐突に逆方向に腕を引っ張られて視線を向けると、まだ塩川が私を見て、手首を強く握っていた。
「離して」
「…」
塩川は黙って私の手首を握ったまま離さない。その手の熱がものすごく気持ち悪いと思ってしまった。
「離してあげなさい」
ふと視界が翳ったと思って見上げると、時量さんの背中があった。ちょうどみんなから握られている位置が見えなくなる位置に立っている。
時量さんは怒っているでも、嗜めている風でもなく、無表情で塩川を見ていた。
塩川の手が力なく下に落ちて、離れた。
私の宙ぶらりんになった手が何かに縋りたくなって、時量さんの服を掴んだら、時量さんはその手を自分の手で握った。
私もぎゅっと握り返した。
私はクラスメイトに手を振ってその場を離れて、打ち上げ会場を目指した。




