浴衣と柿の木
「どっちがいいのかしら?一粒、帯紫と黄色どっちがいい?」
お母さんが浴衣に帯を当てて首を傾げる。
「うーん、どっちも好きだけど、どっちが可愛いんだろ。」
「決められない!お母さんこういうの決められないの!至くんにどっちが好きか聞きましょ!」
「え!いや!いいよ!お母さーん!」
お母さんは帯を持って、中年と思えない素早さで客室方向に消えていった。
こういう方面でワクワクしたお母さんは誰にも止められない。
私は白地に紺や薄水色の朝顔が描かれた浴衣を羽織ったままの自分の姿を見下ろす。
とりあえずはだけている前の合わせを、その辺に放られた帯紐で締めて、ヨシっと頷く。
お母さんは客室にダッシュしたけれど、時量さんは今日はうちの庭の手入れを頼まれてたことを、昨夜話した私は知っている。
勝手口から突っかけサンダルで庭にでると、時量さんが御神木の固定具をつけていた。
結局あの後御神木はおじいちゃんの手によって裂けた一部を切り落とされた。
重さのバランスが崩れて根っこからひっくり返るよりこうした方が長生きできるらしい。
とはいえ、一部は残してあるのでそこの補強のために金具をつけるらしく、時量さんがその作業をしていた。ちょうど終わったところなのか工具を片付け始めている。
「時量さん、終わったの?」
袖で汗を拭いながら振り返った時量さんが目を見開く。
汗かくって言ってたの本当だったんだ。
「浴衣着たんですね。」
「ん?あ、そうそう!今日花火行くのにお母さんが自分の探し出してくれて、可愛い柄だよね〜。」
そう言いながら、背中の柄も見せたくて、くるりと一回りして見せてみる。帯を絞めてないからか、足元がひらひらしてしまう。
「…一粒さん、帯は締めないんですか?」
「締めるよ、ただ、なんかお母さんがめんどくさい感じになったから。」
「めんどくさい?」
「時量さんは、この浴衣に合わせるの紫と黄色どっちの帯がいいと思う?」
よし、この言い方なら変な感じじゃないなと1人満足する。
「紫か、黄色ですか。うーん。」
時量さんが真剣な目で私を見る。
私は思わずパッと手で顔を隠す。
「なんで顔隠すんですか?」
「え?いや、浴衣の色決めるのに私の顔があったら邪魔かな〜と」
「一粒さんが着る浴衣の帯の色を決めるんですから、顔を隠したら困るんですけど。」
「困らない困らない。」
「あ、柿の木に」
「え?!もう実が?!」
思わず手をのけて柿の木を見てしまったけれど、柿の木の実は先週のまま緑色のままだ。
私が柿が好きすぎて、先週まで毎朝毎朝学校に行く前に「まだかなーまだかなー」と心待ちにしているのを時量さんは知っていたのだ。
まんまと顔から手を離してしまったことが、悔しくて時量さんを睨みつけようと、柿の木から視線をうつすと、時量さんが俯いてプルプルと震えている。
「…柿の木、何も変わってないし…」
地を這うような声に怒りを乗せてみたが、耐えきれなくなったのか「ハハハ!」と珍しく声を上げて涙を滲ませて笑うので、なんだか怒れなくなってしまった。
「一粒さんは、可愛いですねぇ。」
はぁはぁ息を弾ませながら時量さんが褒めてるのか馬鹿にしてるのか微妙なことを言うから、顔を全力で顰めて絶対に可愛くないであろう表情を作ると、時量さんはさらに爆笑した。
結局、一緒に部屋に戻って帯を見ると「紫色が肌に合って似合いそうですね」と言うから紫にしたら、確かに大人っぽくなって私は簡単に機嫌を直した。




