9.美味しいから涙がこぼれた
食卓にフェルくんが座ると、すぐに作ったパイをフェルくんの前に差し出してみる。
「わぁ、パイだ。すごい」
パイが珍しいのか、目をキラキラと輝かせながらじっと眺めていた。
ついでに作っておいたスープとパンも添えて、立派な夕飯のできあがり。
「焼きたてだから美味しいよ。たべてたべて」
私の言葉に、フェルくんはパイを手にすると、すぐに口に運んでいく。
「美味しい! あと、なんだか甘い?」
「うん。グミジャムが入っているからね」
「わぁ、僕ジャムって初めて食べたよ。甘いんだね、優しい味」
フェルくんの感想に、だけど私は驚いて言葉が出なかった。
ジャムなんてそんなに珍しいものでもないと思っていたけれど、そうでもないのだろうか。考えてみれば砂糖は高級品だ。砂糖がなければ絶対に作れないというわけでもないけれど、砂糖がないジャムは味気ないかもしれない。
そっか。ジャムを食べたことがない人もいるのか。
きゅっと胸が締め付けられるような気がした。こんなに美味しい物を食べられない人もいるなんて、悲しいことだと思う。
「いっぱい食べてくれていいからね! 良かったらパンにつけても美味しいよ」
残ったグミジャムの瓶を取り出して、フェルくんの隣におく。
「いいの!? ありがとう」
フェルくんがジャムをおっかなびっくりという感じでパンに塗っていく。
それから口に運ぶと、すぐに目を白黒させる。
「美味しい。甘酸っぱくて、ほんとにすごく美味しい。甘いパンなんて初めて食べたよ」
「うんうん。良かった」
フェルくんが満足してそうなのを見て安心して、私もパイを口の中に運ぶ。
パイの香ばしい香りとグミジャムから漏れた甘い香りがあわさって、私の脳内を刺激してくる。
同時にチーズの濃厚な旨味と、きのこと野菜の旨味があふれるばかりにひろがっていく。それから煎った木の実の歯ごたえが、ときどきアクセントになって楽しませてくれる。
もちろんグミジャムの甘みと酸味も、具材の美味しさをさらに引き立てている。
うんうん。我ながらいいできだ。
幸せで思わず口元がほころんでしまう。
フェルくんも幸せかな、と思って彼の顔へと視線を移す。
だけど不意にフェルくんが泣いているのに気が付いて、私は驚いて思わず声をかけてしまった。
「ど、どうしたの? 美味しくなかったかな……?」
もしかしたら胡椒が利きすぎて辛かったのだろうか。それとも甘みと旨味との組み合わせが、あまり口に合わなかったのかもしれない。
おろおろとどうしたらいいのかわからなくて、思わず辺りを見回してしまう。
「違うんだ。すごく、すごく美味しくて。こんなに美味しいものは食べたことがないくらい、美味しくて。僕だけが、こんなに美味しいものを食べているなんて、家族に悪いなって……思ってしまって」
フェルくんは泣きながら、パンを食べる手が止まっていた。
私は何と答えていいのかわからなかった。
どうしてフェルくんは泣いているのだろう。
どうして家族に悪いと思うのだろう。
作ったものを家族にも届けてあげればいいのだろうか。でも焼きたての美味しさは、いまここでしか食べられない。だから無理だ。
フェルくんが悪く思うようなことじゃないはずだ。
家族のために泣くフェルくんのことがよくわからなくて。
私は何をすればいいのかもわからないまま、おろおろと慌てふためくことしかできなかった。
「ごめん。なんか急にいろいろ考えてしまって。でも、本当に美味しいよ」
涙をぬぐって笑うフェルくんに、だけど私は何も言えなかった。
ただ呆然としてうなずいただけだ。
「そっかぁ。良かった」
答えながら考えていた。
家族って、なんだろう。
どうしてフェルくんは、泣いたのだろう。
私はしばらくずっと考えていた。考え続けていた。
前の人生では、答えを知る間もなく終わりを迎えてしまったから。




