42.噂をすれば影が差す
あれから数日が経った。
フェルくんがいなくなって、いつも通りの毎日が始まっていた。
今日も私は美味しいごはんを作る。今日の朝ごはんはトーストに目玉焼き。
半熟に柔らかく焼いた目玉焼きは、とろりと黄身が流れ出してきて、トーストの上にのせて食べるとまた格別。
味付けは塩胡椒でぱらぱらと。胡椒は少し贅沢だけど、やっぱり目玉焼きには欠かせないよね。
でも美味しいことは美味しいのだけど、手間暇かけて作っても披露する相手がいないと物足りなくはある。だからここのところ簡単なメニューばかりしか作っていない。
ごはんをたべたあと、歯を磨いてまた寝室に戻ってくる。
ベッドの上にごろんとうつぶせで寝転んで、バタバタと足を動かしてみた。
「まったく。行儀が悪いことだね。何をしているんだか」
いつのまにかやってきていたルナがはっきりと吐息をもらす。でもしっぽはピンと立っているから機嫌は良いようだ。
それから私の顔の横にやってきて、ぺしぺしと肉球で頬をなでるように叩く。
「だって、なんだかはりがないんだもの」
ここのところ毎日、いろんなことがあったから何だかちょっとつまらない。物足りない。
枕元においてある星の形のお守りが、唯一の私の救いだった。
「フェルがいなくなったのが、そんなに寂しいのかい」
ルナの言葉に腕立て伏せのように上半身を起こしてルナへと顔を向ける。
「別に。そんなことないよ。いつもの日常に戻っただけだもの」
そのまま身体を起こして、ベッドの上にこしかける。
だけどまたばたんと背中を倒して、またベッドの上に転がっていた。
寝衣が少しだけめくれあがったけれど、誰が見ている訳でもないから気にしない。
ルナもそのことを特に注意するようなことはなかった。
でも代わりに意地の悪い声で、朝ごはんの話を蒸し返していた。
「今朝もトーストを二枚焼いていたのにかい。ずいぶん苦しそうに食べていたじゃないか」
「たまたまお腹空いていたから食べたかっただけだよ」
私はルナの言葉を慌てて否定してみる。そう。何となくお腹が空いていたのだ。
「昨日の夜も二人分の料理を作っていなかったっけ。作りすぎたから、ボクに食べろと無理矢理おしつけてきたじゃないか」
「それはルナがお腹すいているかなーって思って。ルナもたまにはごはん食べたいよね」
確かに昨日は作りすぎてしまった。でもそれはシチュー一人分よりか二人分の方が作りやすいから、ついついたくさん作ってしまったのだ。だからもったいないから、ルナに食べてもらおうと思っただけ。
「ボクは基本的にものを食べないって知っているだろ。そもそもシチューみたいな料理は食べづらいんだ。ボクは」
確かにあつあつのシチューは猫舌には辛いかもしれない。でもそのときはルナが食べたいだろうと思ったのだから、仕方ない。
「一昨日だって、ずいぶんたくさんのパスタをゆであげて、途方にくれていたじゃないか」
「ちょっとパスタの目算を間違えてしまっただけだよ」
「料理上手のキミがかい。いいかげん認めてもいいと思うのだけどね」
ルナの言葉に必死で何か言い訳を考えていた。
なぜそうしようとしているのかは、私にもわからない。
「少しばかり調子が狂っていただけだよ」
そう。ちょっとばかり、間違えてしまっただけなのだ。猿も木から落ちる的な感じ。
「それを寂しいっていうんじゃないのかい。いいかげん認めたらいいのに」
「もう。ルナはうるさいなぁ。この間、少しばかりはりきっちゃったから、疲れちゃったの。そう。そうなの」
もう誰に言い訳しているのかもわからないけれど、私はとにかくそう言い張っていた。
「そうは見えないけどね。寂しいのなら、フェルに会いに行ったらどうだい。別に日中でも街中にいくのは難しくないだろう」
「でもあの通行証はまだ使えるかしら」
この間見つけた街への通行証は前世で作ったものだろう。
「さあね。でも通行証なんて何とでもなるだろう?」
まぁあの街はそもそも国境にも接していなければ、国の重要な施設でもない。なので通行証が変わっている可能性は少ないだろうし、だめでもたぶんお金で新しく発行できるだろう。
わかってはいるけれど、ちょっとおっくうだ。もともとどちらかといえば怠惰な私には、十分すぎるいかない理由になっている。
「もういいよ。だってめんどくさいもの」
「じゃあ、フェルにここに来てもらえばいい。夜中にいって、連れて帰ってくればいいだろう」
「だから別に違うってば。フェルくんは特に関係ないの」
ベッドの上でごろごろと回ってみる。
フェルくんは関係ないけど、なんかつまらない。
「まったく変なところで意地っ張りだね。キミは」
「だーかーら。違うの。私は」
ルナに反論しようとした瞬間、警戒の魔法が侵入者を伝えてくる。
誰か私の家の近くまできていた。
「誰か。きたみたい」
ただ警戒の魔法が伝えてくるのは見知らぬ相手ではなく、一度この家に入ったことのある相手だということ。
ステラになってから、家に招き入れた相手は数えるくらいしかない。
「……どうやら、フェルみたいだね。噂をすれば影が差すって奴だ」
ルナが何やら面白そうに告げていた。
フェルくんが、うちにきた? わざわざ危険な嘆きの森をぬけて?
いや、実際のところ私の家にしばらくいたり、私のごはんを食べたりして少し私の力が混じっているから、魔物に襲われる危険はかなり減っているとは思う。
でもフェルくんはそんなこと知らないから、危険を覚悟でやってきたことになる。
いったいどうしたというのだろう。お母さんに何かあったのだろうか。
いや、そんなことより。
「フェルくんがくるなら着替えないと」
寝衣のままであったことを思い出して、あわてていつもの魔女服へと着替えはじめる。
ぼさぼさだった髪も整えて、綺麗に三つ編みを結んでいた。
鏡の前でくるりとまわって、おかしいところがないか確認してみる。
銀糸で施された星の刺繍がきらりと輝いてみえた。
「おや。今日はボクが言わなくても着替えているんだね。少しは自覚が芽生えたみたいで、何よりというものだよ」
ルナが皮肉交じりに話しかけてくる。
言われてみて初めて気が付いたけれど、認めるのもしゃくだ。すぐに言い返してみる。
「もう、うるさいなぁ。フェルくんの前に寝衣で出るなっていったのはルナの方でしょ。だからその言いつけに従っているだけ。ちゃんと覚えていられて偉いでしょう」
「はいはい。偉い偉い。ま、キミにもいちおう多少は身だしなみを整える意識があったというわけだ」
ルナの言葉にむっとするものの、確かに普段ずぼらな生活をしているだけに反論できない。
「とにかく。おかしなところはない? ちゃんとしているかしら?」
「そうだね。いつも通りキミらしくて可愛いよ」
「そう。良かった」
ほっとして、それからリビングの方へと向かう。




