41.こぼれおちた星が二つ
「ああ、なんとお礼をいっていいものか。ありがとう。本当にありがとう」
「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました。ほら、フェルもお礼をいいなさい」
フェルくんのご両親が頭を下げる。
それからフェルくんも私へと深々と頭を下げていた。
「うん、本当に。本当にありがとう。ステラ、絶対にこの恩は忘れないから」
「違うよ。これは私が助けてもらったお礼だから。だから、フェルくんはお礼なんてしなくていいんだから」
思わず地で話してしまったけど、これは私の本心だった。
助けられたのは私の方だ。
だからフェルくんは恩になんて感じなくてもいい。
それにこれくらいのことは、私にとって大したことじゃない。
だからもうお礼なんていらないのだ。
少しかしこまって、言い直す。
「えっと、いいんです。お礼をいうのは私の方です。本当にありがとうございました。あ、えっと、じゃあ私はこれで。あとは無理だけしないようにしてくださいね」
「そんな。こんな夜更けに、恩人を追い出しただなんて知られたら、家の恥です。汚い家ですが、泊まっていってください。改めて朝にでもお礼をさせていただきたいです」
お母さんが私を引き留めようとしてくる。
その気持ちはありがたいけれど、夜のうちに出てしまわないと、面倒くさいことになる。
日中はさすがにほうきでびゅーんという訳にはいかないから、門からでて森に向かうしかない。
いちおうこの街の通行証はもっているけど、何十年前のかわからないから、まだ使えるものかどうかわからない。外に出る分にはあんまり確認しないとは思うけど、万が一衛兵にいろいろ聞かれたら私には答えられないことが多すぎる。
「いえいえ。実は私は急ぎの予定がありまして。どうしても今晩中に発たなければならないのです。ですからお気持ちだけうけとっておきます」
「まぁ……それでしたら仕方がないですね。本当にありがとうございました。いつかまた会えましたら、改めてお礼をさせてください」
「はい。それではお大事に。失礼します」
私は部屋の外に向かっていく。
「あ、じゃあこんな時間だ。門までは俺が送って」
フェルくんのお父さんが声をかけてきてくれる。
でもそうされると、ちょっと困る。私は門までいかないんだよね。
「父さん、大丈夫。父さんは母さんについていてあげて。僕が送ってくるから」
すぐにフェルくんが助け船をだしてくれていた。
「いや、こんな夜だ。お前だって危険じゃないか」
「いいから。僕はいま外から帰ってきたばかりだよ。それにここからなら門まで大して離れてないじゃないか。衛兵とだって顔見知りだから、大丈夫だよ。それより母さんは薬をのんだとはいっても、まだ病気なんだ。ちゃんとみていないと心配じゃないか」
「……そうか。気が付いたらお前ももう一人前になったんだな。わかった。頼むぞ」
フェルくんはお父さんに親指をたてて拳をむけている。
フェルくんも、なんだかんだで男の子なんだなぁなんてのんきなことを思う。
部屋の外にでて。少しだけ離れた場所まで二人で歩く。
ひとけがないことを確認すると、フェルくんへと向き直った。
「じゃあ私はこれでいくね。フェルくんはお母さんを大切にしてあげてね」
「うん……。わかった。ステラ、本当にありがとう」
「お礼はしなくていいんだよ。だってこれは助けてもらったことへのお礼だからね。そうしないと、いつまでもぐるぐるまわっちゃうよ」
指先をくるくるまわしてみせる。
お礼のお礼のお礼のお礼、なんてしていたら負担が大変なことになってしまうしね。
だから私はフェルくんの頭に軽く手をおく。
フェルくんはちょっとだけ照れくさそうな顔をみせたけど、手を避けるようなことはしなかった。
「わかった。じゃあもうお礼はしない。でも、ちょっとだけまってほしい」
フェルくんがいいながら外套のポケットをあさる。
「これを……あれ?」
何かをとりだそうとしたとき、同時にハンカチが一枚こぼれおちる。
「こんなところにハンカチなんていれたっけ」
フェルくんがハンカチを拾い上げて。
同時に二人の目に入ってきたのは、銀色の糸で施された途切れない一本の糸で作られる結び目の形の刺繍。私があのとき無心で作ったものだった。
「これ……もしかしてステラが」
「うん。大したものではないけど」
「そんなことないよ。こんなに綺麗なもの、大変だったよね。ありがとう」
フェルくんの礼に私はなんだか恥ずかしさで顔がほてっていたと思う。
半分は悲しさを紛らわせるために施したものだ。だから照れくさくて仕方なかった。
「外套も繕ってくれていたよね。気づいていた。君の優しさは本当に」
フェルくんはそこまで告げて、口をつぐんでしまった。
ただ静かに息を飲み込んでいる。
でも私が外套を繕っていたのも、気がついてくれていたんだ。
そのことに私の心ももういちど温かく変わる。
「君の刺繍に比べたら、本当に拙いものだけど。もらってくれないか」
フェルくんが言いながら差し出してきたのは、小石くらいの大きさの。星の形をした木片のお守り。
「これくらいしかできなかったけど。でも君が素敵だと言ってくれたから。君にも贈りたいと思って」
言いながらフェルくんが差し出してきたお守りを、私は受け取っていた。
器用にナイフとやすりで作り上げられた、この世界にたった一つしかない。私の形のお守り。
その事実に私はもう泣き出しそうで、涙をこらえることだけで精一杯だった。
私にも私のために何かを作ってくれる人はいたんだ。
それだけで私の胸の中は、もう張り裂けそうなくらい心臓の音が大きくなって。
とどめおいた涙がこぼれおちそうになる。
「ありがとう。大切にするね」
泣かない。今は泣かないから。
だっていま泣いてしまったら、お別れするのが辛すぎるから。
だから私は平気なふりをして、笑顔で答えていた。
でもこのお守りがあれば、私はこの先何があったとしても今日のことを忘れずにいられる。
きっと私は忘れない。たとえ次の人生が始まったとしても。
私は涙をごまかすために笑顔をふりまきながら、フェルくんをじっと見つめる。
少し重なり合った視線が心地よく感じられた。
「私には家族ってものがよくわからないけれど。フェルくんたちをみていて、家族っていいものなんだなって少しだけわかったよ。みんなで仲良くしてね」
「ステラ……」
フェルくんが私の名前を呼んだ。
息が詰まる。なぜか呼吸をするのを忘れてしまっていた。
「僕には言わなきゃいけないことがあるんだ」
不意にフェルくんが何かを告げようとしていた。
「僕はあの夜、君のことをこ」
だけど私はのばした指先を、フェルくんの口元に当てる。
フェルくんが何を言おうとしているのか理解していた。でもそれは言う必要はない。
「知ってた。ぜんぶ知っていたよ」
私はずっと見ていたから。
「あの夜。君が私を殺してくれるのを待っていたの」
「そんな、どうして!?」
私の言葉にフェルくんが声を上げる。
私の、魔女の気持ちは、たぶんフェルくんには理解できないだろう。
だって私も、人間の、フェルくんの気持ちはわからなかったから。
人間のことはまだわからない。
でも、今なら。
フェルくんのことなら、少しだけわかる気がする。
「でも、今は」
つぶやきかけて、それ以上には何も言わない。声には出さない。
もう少し一緒にいたいと思ったなんて言えない。
胸の中が温かなもので、あふれそうになる。
これ以上話していたら、私の方が空を飛べなくなってしまいそうだ。
「じゃあ、いくねっ」
だから私はポシェットからほうきをとりだすと、すぐにまたがって空高くとんでいく。
フェルくんが私をみていた。
何か言いたげな顔をしていたけれど、すぐに小さくなってみえなくなる。
暗闇の中、私は魔女らしく空を飛ぶ。
きらきらと輝く星空が私たちを祝福してくれていたように思う。




