40.家族のもとに
「では、まずお母さんの様子を見させてください」
「ええ。こちらへどうぞ」
家の中に招き入れてくれる。
新月の夜だからほとんど明かりはない。だけどおそらくは家にとって貴重であろうろうそくで光を灯してくれた。
工房と一体化した部屋の中では、奥の方で母娘が二人一緒に眠っている。
「母さん、フェリア、ただいま」
フェルくんが二人に挨拶を告げる。
心配そうに母の様子を見つめていた。フェリアはフェルくんの妹のことだったなと思う。フェルくんが以前にお守りを作ってあげていたのを思い出す。
おそらくは十歳に満たないくらいだろうか。どこかフェルくんと似ていて優しい顔をしていた。眠っていてフェルくんが帰ってきたことには気がついていなさそうだけど。
一方でフェルくんのお母さんはやせこけていて、かなり病気は進行しているようだった。
顔には病の影がくっきりと現れている。このままでいけば、もうそれほど長くはなかったかもしれない。だからこそフェルくんは無謀な賭けにでたのだろう。
でも世界樹の葉の薬と私の治癒の魔法があれば、十分に治せる。
「わかりました。すみませんが、お母さんを起こしてください」
「はい。わかりました。おい、すまんが、おきてくれ」
フェルくんのお父さんがお母さんを揺すって起こす。
「あ……はい。どうしましたか、こんな夜更けに……。フェル!? 帰ってきたの!? よかった。無事だったのね」
起きると同時に、すぐにフェルくんに気が付いて、お母さんがフェルくんに声をかけていた。
「うん。ただいま。ごめん。心配かけて」
「本当よ。もう勝手なことはしないでちょうだい。そんなことしなくても、お母さんは平気なんだから……ごほっ……ごほっ……」
言いながらお母さんが咳き込む。かなり苦しいのか、目を何度も閉じたり開いたりしていて、病気の進行を伺わせた。
「うん。ごめん。でも、もう大丈夫だよ。薬師さんが薬をくれたからね」
「薬を? まさか、本当に魔女を殺して」
お母さんは心底驚いた様子で目を見開く。
「だめ……そんな薬飲めないわ。私は貴方にいつもいっていたはずよ。貧しくても、正しい人間でいなさいって。人を殺して作ったお金で買った薬なんて、私はいりません」
お母さんははっきりと首を振っていた。
私はだから少しだけ泣きそうになる声をごまかしながら、お母さんの言葉を否定する。
「心配しなくてもフェルく……フェリクスさんは魔女を殺してなんていません。彼は身をはって私を助けてくれたのです。だからこの薬はそのお礼なのです。心配しないで、薬をもらってください」
「まぁ……そんな人助けなんて当たり前のことですから。そんなことで高価な薬をいただくわけには」
お母さんはそれでもまだ薬を飲もうとはしなかった。
きっとこんなお母さんだから、フェルくんは私を殺すことをしなかったのだろう。
私はいちどだけ目をつむる。それからすぐに優しくお母さんに笑いかける。
「いいえ。のんでいただかなければ私の気がすみません。私は彼に命を救われたのです。それならば、私も命をかけてでもその恩に報いなくてはなりません。後生ですから、この薬をもらっていただけませんか?」
「そこまでいうのでしたら……本当に、本当にありがとうございます。このご恩は一生かけてでもお返しいたしますので」
「まぁ。それではお礼がぐるぐるまわって、いつまでも終わりませんわ」
私の言葉にお母さんも納得したのか、薬を口にふくむ。
お母さんは苦みに少し顔を歪ませるものの、それでも吐き出すようなことはしない。
すぐに薬の効果でお母さんの身体に、生命力が満ちていくのがわかる。
「なんだか……とても身体が軽くなったような……」
世界樹の葉の力は常識では考えられないほど強い。生気をとり戻すくらいのことは、一瞬でおこなわれる。
だから私はすぐさまお母さんの手をにぎって、治癒の魔法を気が付かれないようにかけていく。
手のひらをもむようにして、少しずつ私の魔力を治癒力に変えて送り込む。
「これは? 力が満ちてくるみたい」
「これは生気を整える施術です。こうしてもむことで血のめぐりがよくなって、薬の力を全身に送り届けています」
適当な説明をしておく。なんとなく納得してもらえれば、それでいい。
実際には私の治癒の魔法なわけだけれど、この暗い場所では魔法を使っているとはわからないだろう。
お母さんの顔に生気がもどってくる。土気色だった肌の色が温かみを覚える血色へと変わっていく。
「すごい、こんなに効き目があるだなんて」
フェルくんも驚いた顔を浮かべている。
世界樹の葉だけでもほとんど良くなったとは思うけれど、私の魔法も重ねたことで、さらに治癒は早まったはずだ。
「はい。終わりました。たぶん数日もすれば、元気に動けるようになると思います」
みなさんに笑いかける。
フェルくんのお母さんを助けられたことは、私も誇らしく思えた。
私が世界樹の葉をとりにいったのは、このためだ。
本当はわかっていた。あの日、世界樹に向かったのは、フェルくんのお母さんを治すため。ひいてはフェルくんのためだって。
でも気が付かないふりをしていた。
それはフェルくんとの別れを意味していたから。
もしかしたら世界樹の葉を手にしたことは、ほんの少しだけ世界の終わりを早めてしまったのかもしれない。
それでも私は後悔はしていない。
いまこうして、フェルくんのお母さんを助けられたことは、それだけで心を満たしてくれたから。




