39.フェルくんの生家
もう時間はかなり遅い。夜には誰も出ていないし、ほとんどの人が眠っているだろうけれど、誰に見られていないかはしっかりと確認しておく。
大丈夫そうなのを見計らって、フェルくんの家のすぐ近くに降りる。
ほうきは魔法で小さくしてポシェットにいれておいた。これでみられる心配はないだろう。
フェルくんの家には靴を模した形の木の看板が、扉の上に飾られている。
おそらくは靴職人の家なのだろう。そういえばフェルくんは他と比べて立派な靴を履いていたと思う。
「この時間じゃ、みんなねてると思うけど、出てくれるかな」
不安そうに言いながらフェルくんが家のドアをたたく。
しばらくすると扉の向こう側から声が響いた。
『こんな夜更けにいったい誰が何の用だ』
あまり元気がなさそうな男の人の声が響いた。フェルくんのお父さんだろうか。
「父さん。僕だよ、フェリクスだよ。開けてくれる?」
フェルくんがかけた声に、驚いた様子ですぐに返事がもどる。
『フェルか!? 無事だったのか! 今あける。まってろ』
扉をあけると少し細身の、だけど太くてしっかりした指先をした男の人が現れる。
フェルくんのお父さんだろう。あらわれるといきなりフェルくんをしっかりと抱きしめて、喜びと心配が混ざり合ったような表情を浮かべてみせた。
「よかった。よかったよ。本当に心配したんだぞ。魔女を殺しにいくだなんて、なんて無茶なことをするんだって。フェリアから話をきいて、もういてもたってもいられなかったが、母さんのこともあるからお前を探しにいくこともできなくて。ああ、いや、そんなことはいい。こんな時間だ。早く家に入りなさい。確か夕飯のスープが少し残っているから、温めてやる」
「だ、大丈夫だよ。父さん。それより紹介したい人がいるんだ」
お父さんの腕からのがれようとしながら、フェルくんが私の方へと顔をむける。
そのとき初めて私のことに気が付いたのか、お父さんはぱちくりと目を見開く。
「お、おい。この綺麗な人はどこの誰だ。まさかと思うが、もう嫁をみつけてきたのか?」
「ち、ちがうよ父さん。何いっているんだ。この人は、えっと旅の薬師だよ。ちょっと縁があって、母さんの病気をみてくれるっていうんだ」
フェルくんは慌てた様子で否定すると、お父さんが私の様子をじっと見つめてくる。
「旅の薬師? そんな風には見えないが。いや、そんなことより、フェルも知っての通り、うちには薬代を払う余裕がない。今なんとかきりつめて用意しようとしているが、母さんの病気を治す薬は高価だ。そのくらいで払えるような額じゃあない……」
最後は言葉から力が失われていく。
フェルくんのお父さんも、お母さんを救いたいという気持ちはあるのだろう。
だけど薬は高価だ。庶民にはなかなか手が出せるものではない。
フェルくんもだからこそ私を殺しにきたのだ。そうでもしなければ、薬を買えないのだから。
もっともそれはフェルくんの独断だったようだ。両親に相談することもなく妹にだけ話を告げて、そのまま飛び出してきたらしい。
だから私は事前の打ち合わせ通りに、お芝居をすることにする。
「お父さん、安心してください。お金はいただきません。実は私はそこのフェルくん……じゃなかった、フェリクスさんに危ないところを助けられまして。聞けばフェリクスさんはお母さんを救うために、魔女を倒しにいこうとされていた途中だったとか。そんな命がけのことをするまでもないと、私がお礼にお母さんの病気を見せてもらうことにしたのです」
私はお父さんに頭を下げる。
お父さんはフェルくんの方をみて、驚いた顔を向けていた。
「そうか。人の助けになることをしたのか。良かった。それならいいんだ。たとえ悪い魔女だとしても、誰かを殺すなんて、そんなことはするべきじゃないからな。お前が正しい人間でいてくれて良かった」
お父さんがもういちどフェルくんをだきしめる。
お父さんもきっと貧しいながらも、まっすぐに生きてきたのだろう。
「お前に人殺しなんてできないとはわかっていたけど、本当に心配だったんだ。でも無事で良かった。えっと薬師さん、だがお礼だなんて、本当にいいのか。高価な薬だろう」
「ええ。いいんです。私はフェルく……フェリクスさんに救われたんです。だったら私も彼の大切な人を救いたい。それが私の正直な気持ちなのです」
丁寧な言葉でまた頭を下げる。
ふだん使うことがないから、ちょっとむずがゆい。
でもお父さんに信用してもらわないとね。
「わかった。ありがとう。……本当に、ありがとう」
お父さんの声が涙ぐんでいた。思わず私ももらい泣きしそうになる。




