38.星に手が届きそうだから
「ほうきでびゅーんと行けばあっという間だよ」
フェルくんに話しかけながら、大きく手を開くと、なぜかフェルくんは顔を赤くして私から視線をそらしていた。
「どうしたの、フェルくん」
「いやだって。その。いつもと違うから」
フェルくんがちらりと私の方を盗み見てくる。私の服装が気にかかるようだ。
「あ、この服のこと。だってほら、街にいくなら魔女服のままだと見つかったら困るでしょう。まぁ、この時間に空を飛んでいても、誰もみてやしないとは思うけど」
外はもうだいぶん暗い。せいぜい星明かりがあるくらいだ。
たぶん暗闇に紛れて、誰も気が付かないだろう。
それでも街の中に入れば話は別だ。
万が一衛兵などにみられた場合に、言い訳がきかない。だから珍しくいつもと違う服をきてみた。
白いリネンのブラウスに、ウールでできた淡い水色のスカート。
確かにちょっといつもとは違うかな。街中にいても不思議でない感じにしてみたんだけど。
変装の意味でも髪も三つ編みもほどいて、軽くたばねるだけにしておいた。
「変かな?」
あんまり普段は街になんていかないから、どこか違和感があるのかもしれない。
「ううん。そんなことないよ。すごく綺麗だったから」
「へー。フェルくんって、お世辞も言えるんだね。おませさんだ」
「違うよ。お世辞じゃなくて」
「そっか。ありがと」
私は笑う。でも、ちょっとだけ胸が痛む。
けどもう仕方ない。
フェルくんの目的はお母さんを救うことだ。そのためには少しでも早く治療をした方がいい。
世界樹の葉で作った薬と、私の治癒の魔法を重ね合わせれば、たぶんだいたいの病気は治ると思う。
少しでも早くフェルくんを送り届ける。
だから私は少しばかり危険を冒してでも、街にいくことにした。
たぶんそれがお別れとなるのだろうけども。
「そういえばあの襲ってきた人達とまた出くわしたりしないかな」
フェルくんがふと気にしたようにたずねてきた。
「んー。それは大丈夫だと思う。魔女の呪いもかけておいたから」
「の、のろいって」
意地悪な私の言葉に、少しフェルくんが驚いているのがわかった。
ふふん。魔女の呪いは怖いよ。
「次にこの場所に近づいたり、少年に何かしようとしたら、お前は死ぬ。今日あったことを誰かに口にしてもだ。それもただの死に方じゃない。三日三晩肌が焼け、ただれ、苦しみ続けた上で死ぬ。その手に刻んだのが、魔女の呪いの印。ゆめゆめ疑うことなかれって、念話で伝えといた」
「え、ええ?」
フェルくんがびっくりしてる。うんうん。そうでなくっちゃね。
「まぁ、全部はったりなんだけどね。ほんとは手の平に星の形のあとをつけただけ」
「もう。ステラってば、人が悪いなぁ」
フェルくんが笑っていた。
「まぁ、もともと街の人じゃなさそうだったし。たぶんさっさと自分の村に帰ったんじゃないかなぁ」
収穫がどうのこうのいっていたし、雰囲気からしても近くの村から集まってきた人だと思う。
ま、高速でふっとばされただけでも十分恐怖を味わっただろうし、さすがにもう逃げ帰ったあとだろう。
正直に言えば、本当に呪いをかけてやってもよかった。やろうと思えば私ならできる。
いや、それどころか殺してしまったって良かった。どうせ私は宵闇の魔女なんだ。少しくらい人間に痛い目を見せてやっても構わない。
そのくらいフェルくんを傷つけたことは許せなかった。
それでも彼が言ってくれたから。
ステラは善い魔女だって。
なら、その期待は裏切りたくなかった。
フェルくんの目の前だから。私は彼らに怒りを向けた。
でもフェルくんの目の前だから。誰かを殺すなんてしたくなかった。
優しいおねえさんのままでいたかった。
息を吸い込む。彼らがこれ以上、フェルくんに何かしようとしなければ、私はそれでいい。
万が一そんな時がきたのなら、私は本当に宵闇の魔女になるだけだ。彼らが二度とそんな気を起こさないようにしてあげる。私の印がついている以上、呪いの言葉はいつだって真実に変えられるのだから。少しだけ黒い気持ちが浮かび上がる。
でもすぐに首を振った。もしもその時がきたら、その時に考えよう。それまでは私は善い魔女のままでいる。
私はいまなすべきことをしよう。
「じゃあ、のって。一気にいくよ」
私がほうきに横のりで座ると、ほうきはふわりと少しだけ宙に浮かぶ。
フェルくんがその隣におっかなびっくりという感じでほうきにまたがる。
それから私の腕をしっかりとつかんだ。
「ちゃんと捕まっててね。落っこちたらあぶないから」
私の言葉と共に、ほうきが空高く舞い上がる。
ここまで上がれば、普通の人間には大きな鳥の影くらいにしか見えないだろう。
「わぁ……」
フェルくんが感嘆の声を漏らした。
「もう家があんなに小さい。嘆きの森が見渡せて、その向こうの街まで見えてきてる」
「ふふん。すごいでしょう」
自慢する私に、フェルくんは楽しそうに笑っている。
そう。私は笑顔が見たかったんだ。
「うん。すごい。ステラはすごいよ」
フェルくんの答えに満足して、私も小さな笑みをこぼす。
こんな時間も悪くない。
「それに星がすごく綺麗だ。空にはこんなにもたくさんの星が輝いているんだね」
満天の星空が確かに私たちを見守っていた。
私と同じ名前の光が、いくつも輝いている。
「ずっと昔から、この星空は変わらないんだろうね」
「そうかもね。ずっと確かに変わらないのかも」
きらきらと輝く光は、数え切れないほどにあふれていて、この空を埋め尽くすようですらあった。
今日は新月だから、月がでていない。
だからこそより多くの星の光が空の全てを満たしていた。
「こんなにも近くに見えたら、手が届きそうだよ」
フェルくんが空の星へと手をのばす。
確かにこんな星空の日にほうきで空をとぶと、手が届きそうに錯覚することもある。
「だめだよ。手を離したら。落ちてもしらないからね」
そう簡単には落とさないけど、でもあぶないのは確かだ。
私はちゃんと警告しておく。
だけどフェルくんは息を飲み込んで、でもすぐに微かに笑みを浮かべる。
そのままのばした手を、ゆっくりと私の腕へと向かわせて強く握りしめていた。
少しだけフェルくんの体温が伝わってくる。
「うん。離さないよ。絶対」
フェルくんが私の顔をじっと見つめている。まっすぐに。
なんだか心臓の鼓動が少しうるさくなったような気がする。なんだろう。
ううん。いけない。余計なことを考えていたら、私の方こそほうきから落ちちゃうよ。
私は少し息を吸い込んで、心を落ち着かせる。
街まではもう少しだ。最後まで気を抜かずにいこう。




