37.食べ過ぎたのと同じだよ
気を取り戻すといつの間にか私はベッドで横になっていた。
「あれ、なんで?」
私はぼんやりしながら上半身を起こす。
「ステラ、気をとりもどしたの!?」
フェルくんの声がした方に顔をむけると、ベッドの脇にフェルくんが座っているのがわかった。
フェルくんが私を心配そうにのぞきこんでいた。
「あー、おはよう。フェルくん」
「おはようじゃないよ。大丈夫なの!?」
「あー。うん。まぁ、その」
ぼちぼち照れくさくてごまかすように答える。
「よかった……よかったよ……。ステラが死んでしまうんじゃないかって、ずっと心配していたんだ。良かった。うう……うわーーーん」
フェルくんが大きな声を立てて泣き出していた。
こうしてみると、やっぱりまだフェルくんは年相応のこどもだった。
ずっと無理をしていたのだろう。母親を救うために、魔女を殺さなければいけない。
そんな強い使命をもって、ここまで旅をしてきたのだから。
「泣かないで、フェルくん。大丈夫。私は大丈夫だから」
私の膝の上にふせぎこむようにして泣いているフェルくんの背を、優しくなでる。
「だって、だって。僕のせいでステラが」
「大丈夫。私は大丈夫だよ。それよりも、ごめんね。魔女だと黙っていて」
私の声にフェルくんが顔を上げる。
「本当は気が付いていたよ。ステラが魔女だって。最初から」
フェルくんの顔が涙で崩れて、ぐちゃぐちゃにあふれていた。
私はフェルくんへと自然と手をのばして、ゆっくりと頭をなでていく。フェルくんは泣いているというのに、私はむしろ温かい気持ちを感じていた。
「こんなところに一人で住んでて。貴族でもないのに姓があって。こんな場所で美味しい料理が作れるなんて、おかしいって思っていたから」
フェルくんは私をじっと見つめている。
泣いているような、でも笑っているような、崩れきった顔で。
「でも、通りすがりでしかない僕の怪我を治療してくれて、たくさん食事をごちそうしてくれて。あんなに優しくしてくれる君が、悪い魔女だなんて信じられなかった。信じたくなかった」
フェルくんはまっすぐに私へと視線を向ける。
その視線に私の胸の中も、きゅっと熱く燃えるように感じて、思わず微笑みをかえす。
「だから悪い魔女なんかじゃないって、ずっと言い聞かせていた。なのに君は自分が魔女だって証拠を何度も投げかけてきてさ。もう疑う余地すら残してくれなかった。もう違う違うと考えていた僕が馬鹿みたいだったよ」
フェルくんの言葉に、少しだけ顔を背けた。
確かに私は何も考えていなかった。
別に魔女だとばれて、殺されてしまってもいいと思っていたから。
だからただ珍しい客人をもてなしたかった。
私に笑ってくれる小さなお客に、美味しいごはんを食べてもらいたかったんだ。
「でも、違っていた。よく考えたら、違ったんだ。確かにステラは魔女だったけど、でも違った。ステラは悪い魔女じゃない。善い魔女なんだって」
「フェルくん」
フェルくんの言葉に、私の胸の中が強く締め付けられる。
だけど同時に温かいもので満たされていく。
さっきも感じたこの気持ちの名前を私は知らない。
今まで知らなかった温かい気持ちは、私の心を満たしていく。
「ありがとう……フェルくん」
私はお礼の言葉を告げる。
「ううん。お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう、ステラ」
フェルくんが照れたように答える。
私も少しだけ顔が赤くなっている気がした。
それでも二人してお礼を言い合うのが、なんだかおかしくなって笑う。
「あ、そうだ」
私は思い出してぽんと柏手を打つ。
ちょっと照れくさい。話を変えようと思った。
「フェルくん、ちょっとまっててね」
私はベッド脇のサイドテーブルへと手をのばす。
引き出しをあけて、中から一枚の大きな瑞々しい緑色の葉を取りだしてみせる。
「それ。もしかして」
フェルくんが驚いた顔を私へと向けていた。
「これ、フェルくんにあげるよ。お母さんに使ってあげたらいい」
「世界樹の葉。そんな、もらえないよ。それなら、ステラが自分に使った方がいい。あんなに急に倒れるなんて、きっと病気か何かなんだよね」
心配そうにするフェルくんに、私は困ったようにぽりぽりとこめかみをかく。
「え、えーっとね。あのね。怒らないできいてね」
「うん?」
何の話をするのかわからないだろうフェルくんが、不思議そうな表情を浮かべていた。
「あのね。ほら。一気にむちゃくちゃ食べちゃったりすると、頭に血がのぼって一瞬気を失ったりすることがあるじゃない。それと一緒なの。無詠唱で大きな魔法を使ったから、急激に魔力が失われちゃってね。それでちょっと気を失っちゃっただけで、私はほら、ぴんぴんしてるんだよ」
元気なことをしめすように両手をぱたぱたとふってみせる。
そんな私にフェルくんは唖然とした顔をして、大きくあんぐりと口をあけていた。
私の言葉を想像もしていなかったのだろう。
「ああ、もう……ステラらしいや」
フェルくんは笑っていた。もうばからしくなってしまったのかもしれない。
私もつられて笑っていた。
でもいつも笑顔でいる私だけれど、今日はもっと心から笑えていた。
本当に楽しかった。
フェルくんが、ここにいてくれて。傷もたいしたことなかったみたいで。
本当に良かった。
ただ君の言葉を本当にしたかった。
私のことを悪い魔女なんかじゃないって言ってくれたフェルくんの言葉を真実のままにしたかった。
だから少しだけ無理をしてしまった。
悪い魔女にならないように。
フェルくんを嘘つきにしないように。
君が言ってくれた言葉は、私にとって宝物だったから。
なのに、君はそれ以上の言葉を私に向けてくれていた。
「もう君が悪い魔女でも、善い魔女でも、どうでもいい。ステラはステラだから」
フェルくんはもういちど笑顔を見せていた。
そんなにもおかしかっただろうか。
だけど笑ってくれて嬉しかった。
でもそれ以上にフェルくんの言葉が、胸の中にすっと入り込んでくる。
私はたしかに魔女だけれど、同時にただのステラでもあるんだ。
あんまりそんなことは考えたことはなかった。
私は生まれつきの魔女で、ずっと魔女であることを繰り返してきたから。
私と魔女は切り離せない。そう思っていた。
でも、もしかしたらそうでなくても、いいのかもしれない。
何か不思議な気持ちが私を支配していた。
なんだかそれがむずがゆくて、私は唐突に話を変える。
「そういえば、フェルくんがここまでつれてきてくれたの?」
「あ。うん。そうだよ」
「……重かったでしょう?」
あの場所から、家まではかなりの距離がある。
いくら男の子とはいえフェルくんはまだこどもだ。私を抱えて歩くにはだいぶんしんどかっただろうと思う。
「ううん。思っていたより、ずっと軽かった。あんなにごはん食べてるから、もっと重いかとおも……」
フェルくんが口にしようとした言葉は、途中で止められていた。
私の顔に気が付いたのかもしれない。
自分でもどんな顔をしているのか、わからなかったけど。
「もう。そんなことは思っていてもいわないでっ。どーせ私はごはんのことばかり考えていますですよーだ」
ぷいっと顔をそらしてみせる。頬も少しふくらんでいたかもしれない。
ごはんばかりたべていても、そんなに太ってなんかないし。
「すねないでよ。ステラ。ああ、もう仕方ないなぁ」
フェルくんは苦笑いを顔に浮かべている。
でもそんなことでは私の機嫌は戻らない。
「ふんだ。どうせ魔女は魔女でも、私は宵闇の魔女でなく、夕飯の魔女ですよ」
ごはんのことしか考えていないのは確かだけど。体重のことは触れないでっ。心の中で叫ぶ。
「誰もそんなこといってないし」
呆れた様子でフェルくんは肩をすくめる。
「あー。もうっ。おねえさんとしての威厳だいなしっ」
「それは最初からなかったよ」
「なんだとー。フェルくんってば、言うじゃないの」
ぺしぺしとフェルくんを軽く叩いてみる。
もちろん本気で叩いているわけではないけど、フェルくんは大して気にもしていない様子で、笑っていた。ううん。笑っていたと思った。
「あはは。でも。ほんとに……ほんとに良かった」
笑っていたはずのフェルくんが、もういちど涙をこぼしていた。
だから私も、そのままフェルくんを優しく抱きしめていた。
もうこれ以上。
これ以上、フェルくんが、泣かないでいられるように。




