36.正しい自分でいるために
「やめろ!!」
聞き覚えのある声が響いた。
目をあけると、私の前にフェルくんが立ちふさがっている。
どうしてフェルくんがここに。意味がわからなくて私は目の前で起きていることが理解できなかった。
「お前、何をしているんだ!? そいつは悪い魔女だぞ!?」
「違う! ステラは悪い魔女なんかじゃない!!」
フェルくんが叫ぶ。
同時にフェルくんの肩から、ゆっくりと血がにじんでいた。
私をかばった時に、傷ついてしまったのだろうか。
「フェルくん!? どうして」
私は困惑して、フェルくんをじっと凝視することしかできなかった。
何をすればいいのかも判断がつかなくて、おろおろと立ち尽くしていた。
「こんなところで争う声が聞こえたから何があったのかと思って戻ってきたんだ。そしたら君が襲われていて」
「襲われるだと!? それはこっちの台詞だ」
フェルくんと村人が言い合っていたけれど、私はそれどころではなかった。
フェルくんが怪我したことだけで、頭がいっぱいになっていた。
「ああ、血がでてる。治療、治療しなくちゃ。ああ、でも治癒の魔法につかう魔法薬はいまもってない。どうしよう、どうすれば」
「落ち着いてステラ。僕なら大丈夫。ちょっと剣先がかすっただけだ」
フェルくんの言葉に、私はほっと息を吐き出す。
それほど大した怪我ではなかったようだ。
人間のこどもが割り込んできたから、さすがに彼らの刃も止まったみたいだ。
フェルくんが命に関わるような怪我でなかったことに安心して、私を助けにきてくれたことに驚きが隠せなくて。でもフェルくんが傷を負ったことには不安を覚えていて。いくつもの感情が重なり合って、私の頭の中はすっかり混乱を極めていた。
確かにルナもフェルくんはまだ近くにいるはずとは言っていたし、もともと探知の魔法で人の気配を探して来たのだから、フェルくんがここに現れたこと自体は不思議じゃない。
でもどうして私を助けようとしたのか。それだけがわからなかった。
魔女を殺しに来たフェルくんが、私を助ける理由なんて、何もないはずなのに。
何か知らない気持ちが心の中で、じんわりと温かくなるのを感じていた。
「お前!? 魔女の仲間か!?」
「いや、あの子は確か魔女を殺しにいったはずの」
「魔女にたぶらかされたのか!?」
彼らが口々に何かいっている。
でも私の耳には入ってこない。聞こえてはいたけれど、どうでもいい。
それよりもフェルくんのことが心配で仕方なかった。
「フェルくん、危ないじゃない。どうして私をかばったりしたの」
私はフェルくんが傷ついたことに罪悪感を覚えていた。
私のせいで、フェルくんに傷を作ってしまった。
どうしよう。どうしたら。
あたふたと落ち着かない私に、フェルくんは力強い声で答えていた。
「僕のお母さんがいつも言っていたことがある。貧しくても正しい人間でいなさいって。僕はその言葉を大切にして生きてきた」
私の方には振り向かず、彼らの方に向かい合ったままフェルくんは言葉を告げていた。
フェルくんの言葉に困惑しているのか、彼らは少し後ずさる。
「だから僕は貧しくても、苦しくても、悪いことはしない。誰かのせいにもしない。次にお母さんの前に立つときに、胸をはって会いたいんだ。僕は正しい自分でいたよって」
フェルくんはまっすぐに言い放つ。
その言葉に彼らはざわめいていた。でも私には彼らはどうでもよかった。
ただフェルくんのことだけを見ていた。
「ステラは悪い魔女なんかじゃない。だから僕はステラを守る。殺させなんてしない。それが正しいことだって思うから!」
フェルくんの言葉に、胸が熱くなるのを覚えていた。
強く締め付けられるようで。だけど私の中に確かに温かい何かがある。
気が付くと、ぽろりと涙がこぼれていた。
なのにその理由が私には何も理解できていなかった。
「だ、だまれっ。やっぱり魔女にたぶらかされたんだなっ。おいっ、お前ら何をしている。こいつはもう魔女の手下だ。こいつごとやってしまえ!」
「お、おうっ」
「い、いや……でも」
彼らのうちの一人の声に応えるようにして、彼らは武器を構える。
ただ魔女に抗うことへの恐怖か、それともこどもに剣を向けることへのためらいなのか、中には剣先が震えている者もいた。
皆が同じ考えという訳でもないのかもしれない。
だけど一人が先陣をきってフェルくんへと向かう、遅れて何人かが続いた。
フェルくんはそれでも退こうとはしない。
フェルくんは武器らしい武器はナイフくらいしかないはず。でも今はそれすらも手にもしていない。このままではフェルくんが殺されてしまう。
「やめてっ。フェルくんは関係ないよ。私の命が欲しいならあげるから、フェルくんには手を出さないで」
私は思わず叫んでいた。
私は殺されてもいい。私はもういちど生まれ変わるだけ。でもフェルくんは違う。フェルくんはただの人間なんだ。殺されてしまったら、もう戻らない。
どうしてそれなのにフェルくんは私を守ろうとしているの。私は死なないんだよ。
心の中で叫ぶ。でもフェルくんは私の前から退こうとはしない。
「だめだ、ステラ。いいから、君は今のうちに逃げるんだ。時間なら、僕が稼ぐ。だから、早く!」
フェルくんは彼らへと向かって走り出していた。
人数だって違う。フェルくん一人で何とかできるはずもない。
なのに、どうして。逆だよ。私がフェルくんを守らなくっちゃいけないのに。
このままじゃ、フェルくんが彼らに殺されてしまう。
「だまされるな。かまうことはない。二人ともやってしまえ」
「いや、でも子供を殺すのは」
「それが魔女の手だ。俺たちを油断させようとしているんだ」
一人は躊躇していたようだけれど、それでも全体の意思には逆らえないのか、いよいよフェルくんへと凶刃が迫ってきていた。
何をしているの。フェルくんは人間だよ。君らと同じ、人間なんだよ。
それを殺そうとしているの。
あの時、私は少女を守ろうとした。
だけど君らに捕まって殺されてしまった。
でもそれも君らなりに、彼女を守ろうとした結果だと思った。
だから恨まなかった。私が魔女であることが悪いんだ。
でもいまは違う。私だけじゃない。フェルくんをも殺そうとしている。
フェルくんは何もしていないのに。ただ私を守ろうとしているだけなのに。
君らは、どうしてそんなに勝手なの。
フェルくんを傷つけるなんて、許せない。絶対に、許さない。
頭の中に強い負の感情が生まれてくるのを感じていた。
知らない感情が、彼らを残酷に引き裂く力へと変わっていく。悪意を形へと変えていく。
激情に身を任せていた。初めて怒りというものを知った。
私は宵闇の魔女。だから。それにふさわしい力を見せてあげる。
殺意すら込めた力を振るおうと手を上げた。
でもぎゅっと拳を握りしめる。
吐き出すようにして、呪文も唱えずに力を解き放っていた。
身体から激しい魔法の力が、一気に吹き出していく。
「え、なんだこれは!?」
「うわぁっ!?」
彼らが私が放った魔法の弾にとらえられていく。
魔法の弾に包み込まれた彼らは、そのままちりぢりと四方八方へと吹き飛んでいく。たぶんこれで街の近くあたりまで飛んでいったはずだ。すぐにここには戻ってこれないだろう。
同時に私はがくりと膝をついて、崩れ落ちる。
「ステラ!? どうしたの!?」
フェルくんがあわてて私へと駆け寄ってくる。
「だ、だいじょうぶだよ。みんな飛んでいっただけ。殺しても傷つけてもいないから」
力を振るう直前に思い出していた。
フェルくんは私を悪い魔女なんかじゃないと言ってくれた。
だからその言葉を嘘にしたくなかった。
フェルくんの前で誰かを傷つけたりはしたくなかった。
だからおもいきり力をふきだして、森の外に吹き飛ばした。
でも最初に使おうとした力とは違う魔法に変えたことで、普通よりも大きな力を使ってしまった。そのせいで体が言うことをきかない。
「そんなこときいてないっ。ステラ、大丈夫なの。ステラ」
フェルくんは崩れる私を支えて、心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。
ああ。フェルくんは、今も変わらず可愛い顔をしているね。
よかった。
そう思うと同時に、身体から力がぬけていく。
「ステラ!? ステラ!?」
「あはは……。一気に力を使い過ぎちゃった」
殺してしまうよりも、手加減しながら力を使う方がよほど難しい。
それでも彼らを傷つけないようにしたから。想像よりも力を一気に吐き出してしまった。
フェルくんに悪い魔女だと思われたくなかったから。
フェルくんを嘘つきにしたくなかったから。
だから。無理をしてしまった。
「……ごめん……ね」
私の意識はそのまま暗い闇の中にこぼれ落ちようとしていた。
急激に力を使いすぎてしまったみたいだ。
もうろうとする意識の中で、私は思わずつぶやいていた。
でもこれでフェルくんは嘘つきにならずに済んだよね。
その声を最後に、私は意識を失っていた。




