3.星と夕暮れが私の名前
腕組みして悩んでいると、足下にルナがすり寄ってきていた。
なんかくすぐったいと思ったら、突然がぶりと私の足にかみつく。
「いた!? いたいよ、ルナ。何するの?」
足下にいるルナに抗議の声をあげると、すぐにスカートの裾にかみついてひっぱってくる。
「なに、何なの。ごめん、なんかうちの猫が用があるみたいだから、ちょっと向こうの部屋にいくね。とりあえず傷が治るまでは、ゆっくりしててね」
ルナにうながされるまま私は隣の部屋へと向かう。
部屋に入ると同時に、ルナが声を上げる。
「ほら、いわんこっちゃない。あのこ、キミを殺しにきてるじゃないか」
「だ、だって。目の前に倒れている人がいたら放っておけないでしょ」
「まぁ、もうしてしまったのは仕方ない。それで、このあとどうするつもりなんだい?」
「んー。とりあえず怪我が治るまではうちで暮らしてもらう? 幸い部屋は余っているし」
「……いや、どこの世界に自分のことを殺しにきた相手と同居する人がいるんだ」
「こ、ここにいます?」
少し疑問形で答えると、ルナはあからさまに深い嘆息をもらす。
たぶん私へのあてつけだと思う。
「キミはまったくもう訳がわからないね。いいかい。すぐにでもお引き取り願うんだ。幸いあの子はキミが宵闇の魔女だなんて気が付いていない。それなのにフルネームで名乗ってくれちゃって、キミはもう狙われている自覚がないのか」
ルナの言葉に少しだけ頭を巡らせる。
私の名前、ステラ=ヴェスペラは古い言葉でステラは星。ヴェスペラは夕暮れを意味している。私の異名である宵闇の魔女は、夕暮れが転じてついたものだ。もういつのころだったか思い出せないほど昔に。
「まぁ、それならそれでもいいんじゃないかな。どうせ、死んでも生まれ変わるだけだよ」
「そういう問題じゃない。それに確かに生まれ変わりはするかもしれないけど、ステラとしての人生は終わりだ。また赤ん坊からやり直し。キミがステラとして過ごした十七年間はなくなってしまう。生まれ変わって記憶を引きつぐのだとしても」
ルナは私を強く非難するように、にらみつけていた。
「そうなったら、そのときはまたルナが私の使い魔になってね」
私が笑いながら告げると、ルナはまた呆れたように息を吐き出す。
「そうならないようにしてほしい。ボクはキミのお守りじゃないんだからね」
「またまたー。もう三回も転生しても、ルナは一緒にいてくれてるじゃない」
「……たまたまキミを見つけたからね。でも次にキミが生まれてくるとき、確実にボクがキミを見つけられるかどうかなんてわからない。この国のどこに生まれ落ちるかなんて、わからないのだから」
確かにルナともういちど出会えたのは幸運だったのかもしれない。
たとえルナが必死に私のことを探してくれたとしても。
「次の名前はアウロラにでもする? 新しい朝が来た的な」
アウロラは古い言葉で夜明けを意味する言葉だ。星の次なら朝でもいいかなと思う。
「不吉でもないこと言わないでくれ。とにかくもういちど探し回るだなんて、まっぴらなんだからね。ボクに手間暇かけさせないでくれ」
「はーい。善処しまーす」
とりあえずうなずくけれど、あんまり反省はしていません。なるようになるだろうから、特に気にしない。
「キミは、ほんとに……。まぁ、もういい。とにかくあの子には十分に気をつけるんだ。今はいいとしても、キミが宵闇の魔女だと気が付かれたら、どうなるかわからないぞ」
ルナはぶつくさと言いながら、部屋をすぐに出て行く。猫用の小さな扉をくぐって、向こうの部屋に戻ったようだ。
「気をつける、ね」
いくら私でも、あんな小さな子に殺されるほどやわじゃないけどなぁなんて声には出さずにつぶやく。
ただ魔女は魔法が使えるとはいっても肉体的には普通の人間と変わらない。
寝ているところにナイフで刺されでもすれば、たぶん即死だろう。
そういう意味では、気をつけなければいけないのかもしれない。
でも、もしもそういうことになったのなら、それはそれで仕方のないことじゃないだろうか。
殺されるほどの何かをした覚えはないけれど、殺されるほどの恨みを買ったのだから。それが魔女の宿命というものだろう。
「んー。とりあえずあっちの部屋にもどろっと」
これ以上は考えるのをやめて、フェルくんのいる部屋の方へと戻る。
フェルくんはすでに起き上がっているようで、今はベッドに腰掛けていた。




