2.彼の目的は私を殺すことでした
「おはよう。目さめた?」
ベッドに横たわる少年が目を開けたと同時に、私は話しかける。
少年は何が起きているのかわからないのか、辺りをきょろきょろと落ち着かない様子で見回していた。
「え、えっと。あの、ここは」
ずいぶん驚いている様子だった。
確かにこの辺には家なんて他にない。ここがどこかなんてわからないだろう。
「私の家だよ。君が倒れているのをみつけて、連れてきたの」
「そう……なんですね。ありがとう……ございます。えっと、あなたのあのお名前は」
おっかなびっくりという感じで話しかけてくる。
知らない人の家にいるのが、居心地がわるいのかもしれない。
「私はステラ=ヴェスペラ。気軽にステラって呼んでね」
「あ、はい。僕はフェリクスです。あの、でも姓があるなんて、ステラさんは貴族の方なんですか?」
フェリクスと名乗った少年は私の名前をきいて、少し驚いているようだ。
この国では姓があるのは貴族や王族がほとんどで、たまに姓を名乗ることを許された名士がいるくらいだから無理もない。
「ううん。そうじゃないよ。そうだったらこんなところに住んでいないし。でも歴史だけはある古い家だからね。つまり強いていうなら没落貴族みたいな?」
ちょっと首をかしげてみる。
魔女の家も貴族のうちに数えていいのだろうか。
かつて古くには国で地位があった時期もあったから、いいのかもしれない。
まぁ、どっちでもいいか。あんまり関係ないし。
「そう、なんですね。すごく偉い人なのかと思って、びっくりしました」
照れたように笑う。身分差があると、いろいろと面倒だと思ったのかもしれない。
「気にしなくていいよ。あ、フェリクスって長いし、フェリ、フェル……うーん。フェルくんかな。フェルくんって呼んでいい?」
「あ、はい。大丈夫です。うちでもそう呼ばれていますし」
「私にも敬語なんて使わなくていいよ。ちょっとばかり私の方がお姉さんみたいだけど」
「あ、はい」
「もー。ほら固い。もう少し柔らかく話そうよ」
「う、うん。わかりまし……いや、うん。わかった」
フェルくんは何とか固くなっている言葉が戻ったようだった。
たぶんこっちの方が彼らしいしゃべり方なのだと思う。ふつうの子はあんまり敬語とか使わないし。
「えっと。助けてくれてありがとう」
「うん。どういたしまして。でも、フェルくんはどうしてこんな辺境に?」
この辺には私の家以外には何もない。
迷ったのでもなければ、こんなところにくる人はいない。
「え、えっと。その」
「あ、いいづらいことだったらいいんだよ。別に無理に話さなくても」
「えっと、いや、そうじゃなくて。お金が……欲しくて」
「お金? ここにはお金になりそうなものなんてないけど」
私は首をかしげてみる。
強いていうなら、空に広がっている世界樹からまれに落ちてくる葉を拾えればお金にはなるかもしれない。とはいえ、葉が落ちてくるなんて数年に一度あればいい話だし、狙って手にできるものではない。動物たちも魔物も世界樹の葉の効用は知っている。我先にと食べられてしまうのがオチだ。
本気で世界樹の葉を手にいれるつもりなら、こんな末端の部分ではなくて、幹の方にいって木に登るしかない。
ただ世界樹は簡単に登らせてなんてくれない。世界樹の葉を手に入れようとして木に登り、落ちて死ぬ人間は両手で数えても足りない。仮に運良く葉を手に入れたとしても、帰りで落ちて死ぬこともある。
でもそれだけならまだいい。
世界樹には空を飛べる魔物がたくさん住み着いている。
彼らは世界樹の葉を狙う人間を襲う。
空を飛ぶ相手に両手がまともに使えない人間ではほとんど勝ち目はない。
だから死ぬ。ほとんど死ぬ。
手に入れるなら、私みたいに魔法が使えなければ、まず無理だ。
でもちゃんとした魔法が使えるのは魔女だけだ。
だからやっぱり普通の人間が世界樹の葉を手にいれるのは難しい。
私はフェルくんの顔をじっと見つめてみる。まだたぶん話があるのだと思った。
「最初は世界樹の葉を手に入れようと思ったんだけど、魔物がうようよしていて絶対に無理だって。だから、その魔物を操っているらしい宵闇の魔女を退治すれば、たくさん報酬をもらえるって」
「ぶっ!? げほっげほっ」
フェルくんの言葉に思わずむせこんでしまった。
宵闇の魔女。この辺りに巣くう災厄の魔女の名前だ。
いわく魔法でこの辺りの魔物を操り、世界樹の命を削り、世界を終わりに向かわせようとしているという噂だ。
噂には尾ひれがつきものだけど、この辺の住民はほとんどそれを信じ込んでいる。
ちなみにこれは私のことだ。
魔法は使えるけれど、魔物を操ったこともなければ、世界樹に何かしようとしたこともない。なんでそんな噂がたったのかもわかっていない。
まぁ魔女は魔法が使えるというだけで、畏怖の対象なのかもしれない。
今までも何度かこういうことはあった。
「ど、どうかしたの?」
「いや、ちょっとびっくりして。宵闇の魔女って、あれでしょ。世界を滅ぼすとかいう悪い魔女でしょ。そんな相手に君一人で立ち向かおうだなんて」
「うん……無理だっていうのはわかっているんだ。でも、僕がお金を手にいれるには、もうそれしかなくて」
フェルくんは手をぎゅっと握りしめる。
だけど少し震えているようだった。
やっぱり怖いのだろう。そりゃあそうだ。そんな極悪の魔女と戦おうだなんて人間はまずいない。よほどの腕自慢でもなければ、返り討ちにあうのが関の山だ。




