25.世界樹の葉をひとつ
夜もふけてきて、そろそろフェルくんは眠っただろうか。
私は寝衣から魔女服に着替えて、それからひっそりと外に向かう。
ほうきがいつもの場所にあるのを確認して、うん、と決意を固める。
「こんな夜更けに、どこにいく気だい」
ルナの声が響く。
いつの間にか気が付かれていたようだ。
「ちょっと世界樹の葉をとってこようかなって思って」
ルナ相手にごまかしても意味がない。正直に考えていることを告げる。
「まぁ、キミなら簡単かもしれないけど。あんなもの、わざわざ何のために。キミには必要ないものだろう」
ルナの言葉に私は首をひねる。
世界樹の葉をとってこなくちゃと思ったのは事実だ。
でも何のためにとってくるのだろう。良い言い訳がみつからなかった。
「次の料理に入れたら美味しいかなって思って」
一回くらい使ってみるのもいいかもしれない。今まで試したことはないけど、アクセントにはなるんじゃないかな。ちょっと考えてみた。
「あんな苦いものを本気で料理に使うつもりかい」
でもルナはすぐに否定してきた。
確かに世界樹の葉の苦みは強烈だ。良薬口に苦しなんていうけれど、それにしたってひどすぎる。
「挑戦してみないとわからないでしょう?」
でもピーマンだって苦いし、ニガウリなんてもっと苦い。世界樹の葉だって美味しく調理する方法があってもおかしくない。おかしくないよね。
それでほら、元気になるかもしれないし。
そしたら。
私はなぜか自分の中で言い訳を続けていた。
何を言っているのか、自分でも整理がつかなくなっていた。
「……ま、遅くならないうちに帰ってくるんだね」
ルナが諦めたように言葉を漏らした。
私はその言葉にうなずくと、ほうきにまたがる。
世界樹は近くにあるようにみえて、かなり距離がある。
かなり上空に飛ぶだけでも一苦労だ。
私には世界樹の葉は必要がない。だから今までほとんど行ったこともない。
空飛ぶ魔物がいくつかいるだろうけど、まぁ、私には近づいてこないだろう。力の差は歴然だから、わざわざいどんでくる命知らずもないと思う。
それに来たら来たで、ストレス発散にはちょうどいい。
むしろ何かこないかな。ちょっと魔法を放つのもいいかもしれない。
どんどん上空にあがっていくと、黒が吸い込んでくるような空の下で、星々がきらめくように輝いていた。
私もその星の一つになろうとしているような気がするほど、空高く登っていく。
やっと世界樹の枝が近づいてきた。
巨大な世界樹の枝の一本は、力強くまるでしっかりとした地面のようにも見える。
実際この枝の上で暮らしている魔物もいるはずだ。
私がちらりと目をやると、かなり遠目に空を飛ぶ魔物の姿がある。おそらくハーピーか何かだろう。
でも私の魔力を感じ取るなり、慌てて逃げ出してしまった。
うーん。残念。
世界樹の枝の上に降り立つ。
私一人が立ったくらいではびくともしない世界樹の枝は、まだ輝かしいばかりの力を見せつけている。
私の腕のサイズほどある青々とした世界樹の葉をちぎりとる。
この葉なら十分な効果があるだろう。普通の病気ならすぐ治せるはずだ。
だけどところどころに枯れかけて鈍く色が変わりつつある葉を残していた。
世界樹はまだすぐには死なない。
だけど確かに何かに蝕まれているのだろう。
やはり世界は終わろうとしているのかもしれない。
「うーん。でもまぁ、しかたないよね」
私には何もできない。何もしない。
原因も知らないし、興味もない。
それでも枯れゆく世界樹から元気な葉を一枚もらうことは、ちょっとだけ心が痛んだ。
「ごめんね。どうしても必要なんだ」
世界樹にお詫びの言葉をつげると、一枚だけほうきにつけたバスケットにしまう。
私にはこの葉が必要だった。
でもどうして必要なのかは、自分でも答えを出せないままでいた。
そもそもどうして私は世界樹の葉をとりにいこうなんて思ったのだろう。
世界樹の葉の治癒効果が必要だったから? ううん。私は怪我も病気もしていないし、そもそも治癒の魔法もある。
料理に使いたかったから? ルナもいったとおり、世界樹の葉は相当えぐい。食用にはとても適さない。爽やかな香りは、香りづけには使えるかもしれないけど、それなら月桂樹の葉で十分だ。
人間にとっては危険でも、私にとっては大した手間ではない。
だから好奇心で葉をとりにくることは、それほど労力がかかる訳でもない。
でも私は今まで一度も世界樹の葉をとりにいこうなんて思ったことはなかった。
バスケットにしまった世界樹の葉をもういちど見つめてみる。
鮮やかな緑色の葉は、生命の力を強く感じる。
私の瞳と同じ色をしていた。
だから、私には必要だったのかもしれない。
何の理由にもなっていなかったけど、まるで自分に言い聞かせるかのように、そう考えていた。
そこまで考えて、力あふれる世界樹の葉と、私はあんまり似ていないとも思う。
世界樹の枝がわずかに風で揺れていた。
枯れた世界樹の葉が一枚、私のすぐ隣を落ちていく。
なんだか枯れ葉の方が、私の色をしていたようにも思えた。




