24.おねえさんと一緒に寝よっか?
深呼吸をひとつ。
なんだかいつもの自分といろいろと違うから、ちょっと落ち着きましょう。
着替えたあと、軽く身体を動かす。
うん。なんだか落ち着いてきたような気がする。
さてとリビングの方に戻ろう。
食卓にはまだフェルくんが残っていた。自分の部屋には戻っていなかったようだ。
「あれ。フェルくん、まだこっちに残っていたの」
気軽に声をかけてみる。特にどうともしない。
うん。もういつもの私だ。さっきはちょっといろいろと緊張していたのかもしれない。
「あ、うん。ステラは大丈夫っていってたけど、いちおうちょっと心配で」
「心配かけてごめんね。ぜんぜん大丈夫だよ。あ、なんだったらフェルくんもお風呂入る? まだ焼き石あったと思うし」
「ううん。大丈夫。お風呂とか入ったことないし。そのうち外で水浴びするよ」
「そっかぁ」
お風呂いいのになぁ。お風呂。
でも確かにお風呂は珍しい設備だから、入ったことない人も多いかもしれない。
けど無理にすすめるようなものでもないしね。
「それより、僕に何か手伝えることはない? いつもしてもらってばかりで悪いから」
フェルくんの言葉に私は笑いかける。
「大丈夫。ちゃんときのこをとりにいったりしてもらったよ」
「うん。でも掃除とか、洗濯とか。……ステラみたいに料理はできないけど」
フェルくんが申し訳なさそうに、小さくなっていた。可愛い。
「いいよいいよ。お客さまだもの。そこまでしてくれなくても大丈夫」
「……そっか」
フェルくんは寂しそうに笑う。
でもすぐにまたいつもの顔に戻る。
こんな顔をさせるなら、手伝ってもらえば良かったかな。
ならんで料理するのも楽しそうな気もする。
もしかすると家族なら一緒に料理したりするものだろうか。
一緒に暮らしているなら、そういうものかもしれない。
ずっと一人だったから、どうすればいいのかわからなかった。
「じゃあ僕はそろそろ寝るよ。あんまり明かりをつけていたら、油ももったいないし」
ランプの火をみながら、フェルくんが告げていた。
確かに油もそれなりに貴重品だから、フェルくんにとっては夜に明かりをつけるなんていうのは贅沢なのかもしれない。
「そうだね。でも心配してくれてありがとう」
同意して、お礼を告げる。
誰かに心配される経験というのも、あまりないから新鮮かもしれない。
ルナは私の間違いを正してはくれるけど、あまり心配はしてくれない。私は魔法の力をもっているから、たいていのことはなんとかなる。そのことを知っているだけに、心配するのは無駄だと思っているのだろう。
たぶんそれは正解だし、私もあんまり自分のことで心配になった記憶はない。
さっきはそんな珍しい感情を向けられたから、私も驚いてしまったのかもしれない。
うん。そうだ。きっとそうだ。
「あ、そうだ。だったら一緒に寝よっか。おねえさんもフェルくんがちょっと心配だし」
「え、いや、え? 一人で寝るからっ」
フェルくんが私の言葉に慌てて手をふっていた。
なぜか顔が真っ赤に染まっている。
あれ。なんで。
「フェルくん、なんかちょっと考え込んでいるみたいだったから。おねえさんも心配なんだよ」
言葉を続けてみる。
そう。フェルくんは家族のことをいろいろ考えているみたいだった。
やっぱりお母さんが病気というのは気にかかるのだろう。
私には家族のことはわからないけれど、フェルくんが大切に思っていることはわかる。
だからフェルくんと一緒にいて慰めてあげればいいのかなって思ったんだけど。
「いいよっ。大丈夫だよっ。ステラはときどき距離感がおかしい!」
フェルくんは必死な顔で私から遠ざかる。そんなに近くにもいなかったと思うのだけど。
「そうかな。よくわかんないけど」
怒られたことに、しょんぼりとして仕方なく諦める。
いいアイディアだと思ったのになぁ。
吐息をもらした瞬間。いつの間にか足下にやってきたルナが私をにらんでいた。
何か言いたいようだった。でも今日は魔力が残り少ないのか、念話では話しかけてこない。
これはむしろ後からだいぶん怒られるパターンだ。
「とにかく、一人で大丈夫だから! もう僕は寝るからね!」
フェルくんはそのまま自分の部屋に向かっていく。
ただ部屋から出て行く直前、フェルくんはぴたっと足を止めて振り返る。
「ねぇ、ステラ。君はさ、もしかしたら」
「うん。なぁに? やっぱり一緒にねるんだった?」
「……いや。やっぱりいい。おやすみ、ステラ」
何かを言いかけて、フェルくんはリビングをあとにしていく。
「……違う。違うよね……」
フェルくんが一人つぶやいたのが聞こえた。
でも何を言いたいのかはわからなかった。
うーん。なにがダメだったんだろう。
理解できないままでいたところに、ルナが食卓の上に飛び乗って私をにらみつける。
「ステラ、ちょっとそこに座りなさい」
「え、う、うん」
やっぱりこれは怒られるやつだ。
しぶしぶ食卓の椅子にこしかけると、同時にルナの右前足で頬を叩かれる。爪はでていないから痛くはないけど、心が痛い。
「キミは何を考えているんだ。まったく。脳みそをどこか森の木のほろにでもおいてきたのかい。自分を殺しにきた相手と一緒に寝るだなんて、馬鹿も休み休みいってほしいよ」
ルナに言われて、ぽんと柏手を打つ。
つい柏手を打つのは私の癖だ。楽しいとき、面白いとき、嬉しいとき、驚いたとき、そしてちょっと困ったとき。ついつい柏手を打ってしまう。
「そういえばそうだった。フェルくん、宵闇の魔女を殺しにきたんだった」
さっきまでは覚えていたのだけど、いまはすっかり忘れてしまっていた。
だからごまかすようについ手を合わせた。
いつもの自分に戻ろうと思うあまり、そのことまで綺麗さっぱり頭の中から消え去っていたから。
「本当にキミは。どうしようもないね。キミの頭は中身の詰まっていない樽のようだ。叩けばいい音がするのだろうね。眠っている時が一番危険だって、わかってはいるだろう」
ルナがしっぽをバンバンと食卓に打ち付けていた。
ルナの言い分は正しい。
私が私を殺すのだとしたら、眠っている時に近づいて刃物で刺す。それが確実だ。
もっとも家の内外には何重にも警戒の魔法がかけられている。
だから寝室まで簡単にたどり着くことはできないだろう。
けど一緒に眠ってしまえば、警戒の魔法は発動しない。私の命を絶つことなんてたやすい。
「そうだね。うん。軽率だった」
ルナが全面的に正しい。
いつもルナは正しくて、私はすぐに間違える。
だからルナがこうして怒ってくれることは、いつだってありがたいものだった。
だけど今日は少しだけ残念に思う。
やっぱりちょっとだけ、いつもの私ではいられていないのかもしれない。




