21.妖精がすぐそばにいた
「そうか。わかった。じゃあ次はどこにいく」
「向こうの方。あの辺はいろいろ香草とか、きのことか採れるよ」
指さした先は、まだ森の浅い部分だ。危険はほとんどない。フェルくんがいても問題はないだろう。
いくつかの香草やきのこをつんで、バスケットにいれていく。
「これは、食べられる?」
フェルくんがきのこを指さしていた。白いきのこだ。
「それは食べられないかな。毒があるから。でもお薬の材料にはなるから、収穫しておこうかな」
私の言葉にフェルくんはうなずいて、白いきのこをいくつかもぎ取っていく。
収穫するときは、採りすぎないようにすることが大切だ。
同じ場所にあるものをすべてとってしまえば、次からはもうここには生えてこない。だから決して全部もぎとったりしてはいけない。
「こっちの茶色いのは」
「それは食べられるよ。かなり美味しい。それもいくつか採っていきましょう」
そんな会話を何度も繰り返して、きのこや木の実を採集する。
いつしかバスケットもだいぶんいっぱいになっていた。
「あ、僕がもつよ」
フェルくんがぱんぱんになったバスケットを手にして、私の代わりにもってくれる。
「重くない?」
「大丈夫。こうみえても僕だって男の子だから」
フェルくんは確かに少しやせ気味ではあったけれど、それでもやっぱり男の子らしく力はあるようだった。もしかしたら単純な力では私よりも上かもしれない。
うーん。いけない。おねえさんとしての威厳を見せないと。
ちょっと力こぶしを作ってみる。ぽこっと腕に丸みがおびるけど、あんまり力強くはない。
魔女はだいたい魔法でなんでも片付けてしまうから、肉体的には鍛えられていないことが多い。
少しは運動もしないとかしら。
頭を悩ませていると、フェルくんが私の顔をのぞき込んでくる。
「どうしたの?」
「え、うん。フェルくんに荷物もってもらうの悪いなぁと思って」
「これくらい平気だよ。それより、ステラは物知りなんだね」
「まぁ、長く生きているとね。いろいろと見抜けるようになるんだよ」
「……そうか」
一瞬間を開けてフェルくんがうなずきを返す。
あれ。私、なんか、まずいこと言ったかな。ルナに怒られそうな気がする。
でもいまさら取り返しはつかない。
「じゃあ、次はもう少し先まで行ってみよう」
私の言葉にフェルくんは無言でうなずく。
何か考え込んでいるようだった。フェルくんは渋い顔をして、ときおり横目で私の顔をみている。
「ステラはそんなに長く生きているの? とても大人には見えないけど」
不意にフェルくんが私に尋ねかけてくる。
「やだなぁ。こうみえても、おねえさんなんだよ。なにせ十七年も生きているんだからね!」
「そっか。そうだね。それなら僕よりもおねえさんだ」
私の答えに少しは気が晴れたのだろうか。ほっとした様子でもういちど縦に首を振っていた。
もしかしてフェルくんには私のことがもっと幼く見えていたのだろうか。そんなに童顔じゃないと思うけどな。口の中でぼそぼそとつぶやく。
それとも私と一緒だと心配だったのだろうか。頼りがいがなかったのかもしれない。もう少しおねえさんらしくしようと心に誓う。
しばらく歩いていくと、小川が小さく滝のようになっている箇所に近づいていた。ここにはいつもなら妖精がいるはずだ。
「……あれは、フェアリー?」
フェルくんのつぶやきに、私は目を向ける。
虫のような透き通る羽根のついた小さな女の子が、空中に浮かんでいた。
ぼうっと淡い光を放っていて、滝の放つ水しぶきがきらきらと光を散乱させている。
どこかここだけ違う世界のようにすら感じさせられる。
そんな妖精がいつもと同じようにたたずんでいた。
『こんにちは、ティア』
気付かれるよりも先に念話で話しかける。
『ん。あれ。ステラか。どうしたの、急に念話で話しかけてくるなんて』
ティアは私に気が付いたようで、こちらへと視線を向けて会話を始める。
それからすぐに後ろにいるフェルくんにも気が付いたようで、はっきりと眉を寄せていた。
『困るよ。人間を連れてくるなんて、私たち妖精が人間は嫌いだなんてことは、ステラだって知っているでしょ』
さすがに妖精は頭が良い。私が念話で話しかけた意味を瞬時に察したようだった。
『ごめんね。でも一緒におさんぽする約束しちゃったから』
『はぁ。まぁ。とにかくその子に魔女だとばれたくないのね。いいわ。つきあってあげる。他でもないステラのことだから特別よ』
ティアは私の周りを飛び回ると、それからちらりとフェルくんへと視線を送る。
『悪い人間じゃあなさそうだし、まだマシな方かもね』
『うん。フェルくんはいい子なんだよ』
『ふうん。ま、でも、興味ないわ。それより大丈夫なの?』
急な話の転換に、何の話かわからなかった。妖精の話はいつも突拍子がなくて、ついていくのが大変だ。
『大丈夫って?』
『噂によると、街の方では、魔女の討伐隊を組むなんて話になっているらしいわよ。あんた狙われてるんじゃない』
ティアの言葉に少しだけ首をかしげる。
『そうなんだ。でもまぁそれならそれでいいじゃない。なるようになるよ』
『はー。もう、あんたって人は。いいわね。私は警告したからね。いくら魔女だっていっても、寝てるところに火をかけられたらおだぶつなんだから。警戒は怠らないようにね』
『大丈夫大丈夫。家の周りには警戒の魔法がかけてあるから、知らない人が近づいてきたらすぐわかるし。気づきさえすれば、別にどうってことはないよ』
今までも何度も襲撃者を追い払ってきた。寝ているところを襲われでもしない限り、私が負ける理由はない。
『もう。心配ね。心配よ。とにかく、ちゃんとしておくのよ』
ティアは一方的に言い放つと、それから空高く飛んで消えていく。どうやら話は終わりということらしい。
さすがに空を飛ばれてしまっては、おいそれとおいかけることはできない。
魔女はほうきがなければ空は飛べないし、よしんば飛べたところでフェルくんの前で飛ぶわけにもいかない。
私が魔女だと気が付かれるわけにはいかないのだ。
「いっちゃった。妖精、綺麗だったね」
私がフェルくんの方に振り返ると、だけどフェルくんはいつもと違う表情で抗議するかのように私を凝視していた。
「どうして捕まえようとしなかったの?」
フェルくんの言葉の意味がはじめは理解できなかった。
そのあと人間の世界では妖精が非常に珍しいから、高値で取引されているということを思い出す。
「だって。可哀想だよ。捕まえたりしたら」
本心だった。妖精を捕まえようだなんて、今までも一度も思ったことはない。
それに捕まえる気なら、フェルくんだって、あれだけ近くにいたのだから手を伸ばせば捕まえられた可能性はある。妖精はけっこうすばやいけれど、とっさの判断で動くのは苦手だ。
だからときどき油断していて人間に捕まえられる。
でもフェルくんは捕まえようとはしなかった。だからフェルくんだって、捕まえる気なんてなかったはずだ。
「あんなにフェアリーがそばによってきたのは、初めて見たよ。フェアリーは人間が嫌いだから、決して近寄ってこないって、きいたことがある」
フェルくんの言葉にどこか冷たさが混じっているような気がしたのは、私の気のせいだろうか。
「そうなんだ。でも人間だっていろんな人がいるんだから、中には人間に興味もつ妖精だって、いても不思議じゃないよ。私が珍しかったのかも」
うそはついていない。
妖精はほとんど人間が嫌いだ。でも好奇心も旺盛だから、ときどき人間に興味を持つ子もあらわれる。だけどだいたいろくな方向にはいかなくて、だから妖精は余計に人間が嫌いになる。
好奇心は妖精をも殺すということわざ通りだ。
「でもステラはこの場所をいつもまわっているんだね」
フェルくんが食い下がってくる。
何か妖精がそんなに気にかかるのだろうか。
「うん、そうだよ」
「そのとき妖精ってみかけなかったの?」
「ううん。妖精もけっこうみかけてたよ」
「そっか。そうなんだね」
フェルくんはそう言うと、そのあとしばらくの間、考え込んでいるようだった。
「ごめん。妖精を捕まえたら、銀貨十枚になるってきいたことがあったから」
フェルくんの言葉はなぜか素直には受け止められなかった。
妖精を捕まえたらお金になると思っていたのなら、あれだけ接近していて、私のまわりを飛んでいた時はチャンスだったはずだ。
たぶんティアを捕まえることはできたはずだ。
でもフェルくんはそうしなかった。
「可哀想だよ」
私はそれしか言うことができなかった。
「そう……だね」
フェルくんもそれだけしか言わなかった。
私にはフェルくんが妖精に未練があるようには思えない。
それなのにフェルくんは、何か深く考え込んでいたようだった。
このあといくつかの場所をまわって、薬草や魔法草、きのこや木の実を拾ってまわっていく。幸いなのか、それともそうでなかったのか。他の動物たちとは今日は顔を合わせなかった。
けれど、フェルくんはずっとどこかうかない顔をしたままで、ほとんど喋ることもなかった。
私は魔女服に銀糸で施された星の形の刺繍を、なぜかずっと見つめていた。
いつもはきらやかに見える刺繍も、どうしてか今は色あせて見えた。




