16.若い者には勝てません
「腕の方はどう?」
私の問いかけにフェルくんは左腕を動かしてみせていた。
「もうだいぶんいいよ。痛みもほとんどないみたい」
「それはよかった。やっぱり若いと治りも早いんだね」
私はぽんと柏手を打つ。薬が効いたのもあるだろうけど、思っていたよりもかなり傷が癒えていたようだった。
「……ステラだって、まだ若いじゃないか」
「いや、実はもう、すっかり歳でさー。若い者には勝てませんよ」
冗談を飛ばしてみる。
でもフェルくんには受けなかったみたいで、ジト目で私の方へ目線を送る。
「えーっと、はい。そんな訳で今日は朝のうちに畑仕事をします!」
あわてて話題を切り替えてみる。
「畑仕事? 畑があるの?」
「うん。裏手にね。だから今日は裏口から出ます」
キッチンにある扉を開くと、すぐに畑が広がっている。
作っているのは主ににんじん、じゃがいも、たまねぎといった根菜が基本。
それからちょっとだけレタスやキャベツ、ほうれん草などの葉物も作っている。
一人暮らしだから、同じものばかりたくさん作っても仕方ないので、区域ごとにわけて、作るものをローテーションしている。
「とりあえずフェルくんは雑草を抜いてくれる?」
「わかった」
「私は肥料と水やりをしようかな。あと虫よけも必要だよねえ」
少し腕組みをして考える。木酢液をまくことにしよう。
木酢液は炭を焼くときにでる煙を冷やして集めた液体だ。独特の焼け焦げた匂いがする。
私はあんまり好きな匂いじゃないけど、便利はいいので使っている。
まずは肥料をまこう。キッチンで集めておいた木灰を、作物の株元にまくと乾いた白い灰が土の上に広がっていく。
「つづいて水をまきましてと」
近くの小川から引いている水路をせき止めている木の板を上げる。
すると水が小川から流れ込んできて、畑のそばまで流れ込んでくる。
そこから銅の水差しをさしこむと、ざばりと鈍い金属音が響く。水がくめたら、すぐに作物の根元に十分に注ぎ込む。
するとさきほどまいた白い灰が水をすいこんで、土の中にしみこんでいく。
これを何度も繰り返して十分に水をあげられたら、また堰の木板を下げる。
あんまり畑の方に水が流れ込みすぎると、作物が根腐れしてしまう。だから必要なときだけこちらに流し込んで、水を汲みやすくする仕組みだ。
もっとも普段は全部魔法でやっているから、手作業は非常に疲れる。
ふう、と大きく息を吐き出す。
フェルくんがいるから魔法は使えない。こうして考えると手伝ってもらっているけど、むしろ作業は大変になっている気がする。
まぁ、でも誰かと作業することなんてなかったから、たまには新鮮で面白いかもしれない。
「さてと、さいごは虫除けかな」
木酢液の入ったバケツに、目の詰まった麻布をつける。
それから麻布をふるって、ばさばさと葉っぱにかけるようにふきかける。
そうすると葉の裏から虫がぽろぽろとこぼれてくる。
それをすぐさま庭にいるニワトリたちが、私の後ろから現れてぱくっとくちばしでついばんでいく。
「コケーコッコッコ」
ニワトリが嬉しそうに鳴いていた。
虫取りをはじめると、バケツの後ろをニワトリたちがついてくる。すぐに虫がでてくることを理解しているのだろう。
案外とりも賢い。下手したら私より賢い。
その向こう側でルナがつまらなさそうに、私とニワトリを眺めている。
たぶん毎日の作業だから、もう飽きたのだろう。ルナは普通の猫じゃないから、ニワトリ捕まえたりしないし。
「やっぱり慣れているんだね」
フェルくんもくさむしりが終わったようで、こちらにやってきていた。
「そりゃほとんど毎日やっているからね。慣れもするよ」
「どれくらい続けているの?」
「え、うーん。どれくらいだろ。忘れちゃった」
「そっか」
フェルくんはやっぱり何か考えているようだった。
畑仕事は別に村とかでやっているのと大して変わらないとは思うのだけど、何か思うところがあっただろうか。
まぁフェルくんは街からきたみたいだから、もしかしたら農作業はしたことがないのかもしれない。
同時にルナが溜め息をもらす。三回目、かな。
「あ、私は最後片付けしてからいくから、フェルくんは先にもどっていて。しばらくは休憩してていいよ」
「それなら僕も手伝うよ」
「いやいや。大丈夫だよ。そんなに大したことはしないし。フェルくん、けが人だもの。まだ無理はさせられないよ」
「……わかった」
私の言葉にうなずくと、素直にフェルくんは部屋の中に戻っていく。
家の中にもどったことを確認したあとに、ルナが私の足下にやってきていた。
「さっきの歳の話はしない方が良かった」
「え、なんで? 別にちょっと年寄りの真似しただけだよ」
ルナの言葉の意味がわからなくて、私は首をかしげる。
「魔女は何百年も生きるとかって言われてるだろ」
ルナは呆れたような声で、あからさまな嘆息を吐き出した。四回目。ペースが早いなぁ。
「えー、実際には人間と大して変わらないのに。百歳とかまで生きた記憶ないもん。それどころか」
そこまで口にして、すぐに口をつぐむ。
言わなくてもいい、言いたくもないことだと気が付いてしまった。
「そうだね」
ルナも同意して、それ以上にはつっこんでこない。
魔女のイメージは一般的には老婆のものかもしれない。
だけど私は長く繰り返してきた中で、老婆になったことはほとんどない。片手で十分に足りることだろう。
それだけ魔女は嫌われている。人の恨みを買っている。
そういうことなのだろう。
でも私は大切なことしか覚えていない。何をしたのか知る術もない。
自分が悪いことをしたつもりもない。でも前の人生の時は私の想いとはすれ違った。
魔法の力なんて、人は知らない。だから魔法で起こしたことは理解なんてできない。
私の想いなんて、わかってはもらえないし。私だって他の人のことなんてわからない。
私にそのつもりがなくても、それは人にとって悪いことだったのだろう。
だから嫌われても、恨みを買っても、仕方ないこと。
それが魔女というものなのだから。
「でも人間はそれを知らない。魔女は何百年も生きると思われている。だから」
ルナはそれ以上には何も言わなかった。
でも私にも何を言おうとしているのかはわかる。
フェルくんが、私のことを魔女だと思うきっかけになったかもしれない。そういうことだろう。
だけど話してしまったものはもう仕方がない。
「ま、なるようになるよ」
気にしすぎても意味がないと思う。
「それより、ルナ。お昼は何がいいと思う? そろそろ気分を変えて麺類とかがいいかな」
「キミって奴は。はぁ、もう。好きにしたらいいだろ」
「えー。じゃあ、川からお魚とか捕まえてくる? 今の時期ならそれなりに獲れるとは思うけど」
「そういうことじゃない」
ルナは機嫌を損ねてしまったようで、ぷいっと顔を背ける。しっぽが大きく膨らんでいた。
なんか相変わらず気むずかしいなぁと思いつつも、お魚もいいかもなぁ。最近食べていなかったしなんて、心の中で想像していた。




