13.森の魔女のパンケーキ
『また変なこと考えているんじゃないだろうね?』
突然ルナの声が頭の中に響く。
ここにはいないから、どうやら念話で話しかけてきているみたいだ。いつもなら念話なんて疲れるから嫌だと言っていたルナにしては珍しい。よほどフェルくんのことが気にかかるのかもしれない。
『特に何も考えてないよ』
『それならいいけど。あんまりフェルに感情移入しないようにね。キミは宵闇の魔女。彼はキミを倒しに来た刺客なんだ。キミの正体を知られた時に、どう動くかわからない』
『そのときはそのときだよ。そしたらまた次の時に考える』
前と同じような会話を繰り広げる。
そしてそのままルナから念話は途切れた。
ルナの魔力では、あまり長い間の念話は疲れるのだろう。念話はそれなりに強く魔力を消耗する。だからこそ昨日も念話でなくて別の部屋に連れて行ったはずだ。
それなのにわざわざ釘を刺すために話しかけてくるだなんて、ルナにしては珍しいものだとある意味感心していた。
「ステラ、どうかしたの?」
フェルくんが怪訝そうな顔で私を見ていた。
念話をしていて少し動きが止まっていたのを気に掛けていたのかもしれない。
「ううん。なんでもないよ。なんとかしてお母さんの治療ができるといいなって思って」
「……ありがとう。怪我の治療をしてもらっただけじゃなくて、食事までごちそうになって、母さんのことまで心配してくれるなんて。ステラは本当に良い人なんだね」
フェルくんの言葉に、私はちょっと意外に思う。
私が、良い人?
今までそんなことは言われたことがない。
まぁ、ほとんどこの家で誰ともあわない生活をしているのだから、当然と言えば当然だ。
ただステラでない人生を振り返ってみても、あまりそんなことを言われた記憶はなかった。
もしかしたら忘れているだけかもしれないけど。
覚えておきたい記憶以外は、だいたい忘れてしまうものだから。
「別に良い人なんかじゃないよ。まぁたまたま目の前で見つけてしまったから、仕方なくね」
笑いながら告げる。
そう。たぶんたまたま倒れるところが見えなかったら、放っておいただろう。
フェルくんを助けたのはただの偶然。良い人だからなんかじゃない。
良い人なんかであるはずはない。
良い人であっても、いいことなんて一つもないのだから。
「そっか。まぁ、それでもいいよ。助けてくれたことには違いないからさ」
フェルくんが笑顔を浮かべていた。
つられて私もなんだか笑ってしまう。
なんとなく楽しくて、幸せな気持ちのような気がする。
でも同時にそれがとてつもなく辛いもののような気がして、私は目をつむる。
すぐに感情をふりはらって、それからいつもの笑顔を浮かべていた。
「それより朝ごはんにしましょう。今日のごはんは何にしようかな、楽しみにしていてね」
私はまたウインクして、それからフェルくんを置いてキッチンの方へと向かう。
なんとなく胸の奥がうずくような気がしていたけれど、気にしないことにする。
それよりも今日の朝食を決めなくちゃね。
ひさしぶりにパンケーキを焼こうかな。昨日のグミジャムや、メープルシロップをかけてもいいかもしれない。
あとは目玉焼きも焼いて、サラダを作ろう。
うんうん。美味しそう。
まずは魔法を使った冷蔵庫から、少し葉物を選んでと。水で洗って、適当な大きさにそろえて切る。レタスもだいぶん瑞々しいし、にんじんとピーマンも細かく切っていれましょう。キャベツは千切りにして。最後にプチトマトをふたつほどのせる。ひとまず簡単な野菜サラダの完成です。
もちろんこのままじゃ青臭いだけだから、ドレッシングは欠かせません。
昨日拾ってきた木の実をいくつか炒って、すりばちでずりずりすりつぶす。
そこに森のクルミをしぼって作った油と、森で拾った果実から作った酢を合わせる。
ちょっぴりアクセントに蜂蜜を加えて、と。
これで木の実ドレッシングの完成。サラダにしっかりかけましょう。
サラダはどうかしら。フェルくんは喜んでくれるかな。
それからボウルに小麦粉を入れて塩をひとつまみ。卵を入れて、牛乳を少しずつ加えながらぐるぐるぐるとかき混ぜて。とろりとなめらかになってきたら、だまがないのを確かめる。
フライパンを熱して、バターをぽとん。じわじわとろけるバターを広げたら、生地を丸くなるように流し入れて、と。
火加減は強すぎないように。じっくりゆっくり焼いていく。
うん。だんだんパンケーキの美味しい匂いが広がってくる。
表面がぽつぽつぽつと泡立ってきたならば、ここぞとばかりに裏返す。
うん。良い感じの綺麗なきつね色。
鼻腔を揺らす優しいパンのような香りがふるふると漂ってくる。
またもうしばらく焼いたなら、はい、パンケーキの完成です。
「うんうん。綺麗に焼けたかな」
パンケーキを焼いている間に、もう一つのフライパンで目玉焼きもしっかり焼いておきました。
同時に焼き上がったパンケーキと目玉焼きをお皿にそえて、それからパンケーキの上には昨日作ったグミジャムとメープルシロップをかけましょう。
とろとろと流れていくシロップが、もうほんとに美味しそう。
目玉焼きは片面焼き。半熟で黄身がぷるぷると震えてる。
ちょっと崩せば、きっととろりと流れてきます。
パンケーキと合わせて食べるのも、絶対美味しい。
「今日の朝ごはんも完成! 森の魔女のパンケーキ、グミジャムとメープルシロップ仕立て、目玉焼きを寄せて、だよ」
「……なんでキミはわざわざ魔女のパンケーキとか名前につけるんだ」
ルナがまたいつの間にか足下に寄ってきていた。
そしてがっつりにらみつけられている。
「だって美味しそうな名前でしょう?」
「普通にパンケーキにしておきなさい」
「……はーい」
怒られてしまった。なんか雰囲気でてると思うんだけどなぁ。
まぁ、二日続けて魔女の料理もないか。
仕方ない。じゃあせめて名前を変えて、フラットパンケーキということにしておこう。
食卓の方に運んでいく。フェルくんは、もう先に座って待っているようだった。




