12.朝はお掃除から始めましょう
とりあえず朝は玄関の掃除から始まる。
風やら何やらで家のまわりにはいろいろな物が落ちてくる。
「掃除なら僕も手伝うから」
声に振り返るといつのまにかフェルくんが起きてきていたようだ。
「フェルくん、おはよう。怪我は大丈夫なの? 無理しなくてもいいよ」
にこやかに笑いかける。
だけどなぜかフェルくんは少し顔を赤くして、私から目をそらす。
「う、うん。大丈夫。とりあえず掃除の手伝いくらいなら問題ないから」
言いながら右手をのばしてくるので、予備のほうきを渡してみる。
まぁ片手でもほうきで掃き掃除するくらいなら、問題ないのかな。
「じゃあお願いしようかな。そっちの方を掃いてくれる?」
「わかった」
フェルくんはうなずいたあと、すぐに掃除にとりかかっていく。
こうしてみると真面目でいい子なんだろうなぁと思う。
お母さんが病気だとか言っていた。
そのために宵闇の魔女を倒すだなんて無理をしようと考えたのだろうか。
誰かのために何かをする。そんな記憶はステラにはない。ステラとしての私はもうずっと一人で生きてきた。
ステラではなかった人生では。街を救うために力を使って。それで。
思い出しかけて、少し首を振る。
思い出したくない。忘れたままでいよう。
吐息をもらして、それからもういちどフェルくんの方を確かめる。
するとフェルくんがほうきを動かす手を止めているのが目にとまった。
「これって……」
特徴的な葉っぱの前で、立ち尽くしている。
卵形にギザギザのついた形の葉っぱで、トネリコの葉と似ている。ただ違うのはその大きさだ。大人の腕くらいの大きさがある。
「世界樹の葉だね」
何気なく告げるとフェルくんは慌てたように拾い上げる。
「これがあればお母さんの病気は……」
「残念だけど、この葉にそんな力はないよ。見ての通り枯れ葉だからね」
本来の世界樹の葉は瑞々しい緑色をしている。でも目の前の葉ははっきりと茶色く色を変えてしまっていて、力はみじんも感じられない。
やっぱり世界樹の力が失われてきてしまっているのだろう。
長い魔女の人生の中で、こんなに世界樹の枯れ葉をみることなんてなかった。
世界は少しずつ終わりに近づいている。
世界樹は世界そのものだ。
世界に力があれば、世界樹も強く大きく育つ。だけど世界から力が失われていれば、世界樹も力を失っていく。
だからこうして毎日のように枯れ葉が落ちてくる。
もう誰かを救う力なんてなくなるくらいに。
まだ世界樹は枯れてしまった訳ではないけれど、このままだといつかはそうなる。
「世界がもう終わりに向かっているんだよ。たぶん遠くない未来に、世界の終わりがくる」
私は誰に言うでもなく、一人つぶやいていた。
ここ最近ずっと感じていたことだ。
少しずつ少しずつだけど、世界は終末を迎えようとしている。
それが一年後なのか、十年後なのか、百年後なのかまではわからない。だけどこのままでいけば、いつかは世界樹はすべて枯れてしまい、そして全ての命が失われる。
それならそれでもいいのかもしれない。魔女としての私も一緒に終わりを迎えるのだろうから。
「……街でもそんな話でもちきりなんだ。このままじゃ世界が終わってしまうって。でも、もしもそうだとしても。それでも最後の日がくるまでは、母に元気でいてもらいたくて。だから、僕は」
フェルくんが寂しそうに世界樹の葉を握りしめる。
枯れた葉は、案外簡単にぼろぼろと崩れ落ちていく。完全に生命の力が失われてしまっているのだろう。
「こら。だめだよ。掃除しているんだから、余計に散らかしたら」
「ご、ごめん。すぐ片付ける」
フェルくんはあわててほうきを拾って、ちらばった葉をあつめはじめた。
そんなフェルくんの姿をみて、私は少しだけ不思議な気持ちになる。
家族のために、こんな危険を冒してまで魔女を殺そうと思ってやってきた。
自分が死ぬかもしれないのに。
いや、普通に考えたら間違いなく死ぬ。
誰も宵闇の魔女をこども一人で倒せるだなんて思っていないはずだ。
たぶんフェルくん自身だって、本当は思ってもみなかったはず。
それでも魔物だらけの世界樹に登って世界樹の葉を手にいれるよりかは、マシだと思ったのだろうか。それとも魔物と違って魔女となら話ができるとでも思ったのだろうか。
まぁ確かにいまこうして話をしているけれど。
フェルくんは私が魔女だと知らない。気が付いていない。
たぶん今の様子だと、今後も気が付かないだろう。
そもそも自分を殺しに来た相手に助けられるだなんて、誰も思わない。
なんだかおかしくなって、思わず口元に笑みが浮かんでしまう。




