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第九話 リアのデコピン2





「カシアが発熱するなんて何年ぶりかしら」


「お母さま……何故そのような呑気なことを……身体が重いし息も苦しいし……背中がぞくぞくするし……これ、絶対に重病だと思うの」


 額に冷たい布を当てられ、カシアは呻いた。

 

 リアと一緒に馬車で帰宅したものの、カシアは何も言葉を発することが出来なかった。リアが何度も話しかけてきたものの、ろくに答えられず、様子がおかしいと思ったリアに額に触れられ発熱が発覚した次第である。帰宅後の日課である筋トレも出来ず、カシアはベッドにもぐりこんでいた。


 心もひどく痛い。今までで一番痛いかもしれない。苦しい。なのに。


「お医者様もただの疲れって仰っていたでしょ?」


 またしても母が太鼓判を押してくれた。そして一言。


「筋肉痛でもないからね」


 意味深な笑みを残して、母はカシアを自室に残して出て行った。誰もいなくなった部屋で、カシアは呟く。


「だったら……何なの……」


 苦しくて痛くて、身体を縮めて浅く速い呼吸で苦痛を気持ち抑えることしかできない。


(本当にどうしたんだろう、私の身体。マグナスのことを考えたら余計に痛くなる……)


「!」


 思い出した。リアが言っていたことを。


『筋肉を使うたびに、動くたびに痛むのですか? それとも、特定の誰かを想うと痛むのですか?』


リアの言葉が頭の中に響いた。そして……理解した。顔が一気に赤くなったから。


「私、マグナスのこと……」




 ずっと優しい兄の立場で助けてくれた。浮気者という泥を全てかぶってくれた。


 そんなマグナスの優しさに、心を向けていたのだ。けれども。


「リアとなら……お似合いだよね」


 二人で並んで話している時、二人とも自然体の笑顔だった。それに二人は優秀だ、見目も美しい。お互いに話も合いそうだ。何より、二人ともあんな優しい顔をして話せるくらいに想い合っている、ということだ。二人には幸せになってもらいたい。これも心からのカシアの本心だ。


 心臓のあたりがずきん、と脈を打つように痛んだ。


「あー……書いてあったな。自覚した途端、もう手遅れだった恋」


そうだ。恋なのだ。マグナスに向けて抱いていた自分の心は……恋だった。


「身体はずっと、マグナスを特別だって教えてくれていたのに、私には気づけなかったなぁ。筋肉痛に知恵熱……ほんと私の心は鈍感すぎる」


 マグナスが好きだ。誰よりも、大事にしたいし、幸せになって欲しい。できることなら、自分が幸せにしたい。でも、マグナスが心からの笑みを見せるのは、カシアではない。ウィスタリアだ。


「リアになら……。リアだってあんな可愛い笑顔を見せるのだもの。リアの気持ちも、マグナスにあるに決まってる。それなら、私の入る隙間なんて、無い」


 前は何も分かっていなくてリアとダリルの結婚を望んだけれど、今回は承知の上だ。考えすぎてもう疲れた。身体も人生で一番しんどい。カシアは苦笑しながら、眠ることしかできなかった。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・




 体調が整った翌朝、アッシュフィールド家の客間に呼び出されたカシアは茫然としていた。


「リアが婚約……?」


「そう。ライツ侯爵家の次男とね。一緒にクラス委員して気が合って、二人でたくさん話をして、それから婚約したいって家を通して申し込みがあったの。彼が子爵家を継いでくれるんですって!」


「え? マグナスはどうするのっ!?」


「「「は?」」」


妹と父母の声が揃った。


「リアとマグナスは想い合っているんじゃないの?」


「……」


 母と妹が額に手を当ててため息を吐いている。父はただただポカンとしている。


 ウィスタリアがつかつかとカシアの目の前に歩み寄り、中指でカシアの広い額を弾いた。


「痛いっ!」


「いつ! 誰が! どこで! マグナスを好きだと言いました? そしてマグナスは一度で私を好きだと言いましたか!? もう!! 何度でも申し上げますけれど、お姉さまはひとりで暴走してないでちゃんと確認なさいませっ!」


「え……」


「私は、モブリオ・フォン・ライツと婚約をするのです! モブリオは我がアッシュフィールド子爵家を継ぎます。お姉さまはお姉さまのこれからを、誰と話し合うべきか、もうお分かりですね? この期に及んで分からないとは言わせませんわよ!」


 リアはカシアのおでこを弾く準備万端の指を見せた。さっと額を防御しながらカシアはリアを見つめる。


「……いってくる」


 小さな声で呟く。聞こえなかったらしいリアが首を傾げると、カシアは顔を真っ直ぐにリアに向けて言った。


「私、マグナスのところに行ってくる!」


 そう叫ぶカシアを妹と母は快く送り出した。父はひとり泣いていたけれど。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 カシアは学園の馬車停めに向かう。伯爵家の馬車は、まだ残っていた。夕暮れの空が肩で息をするカシアの影を石畳の上に長く伸ばしていた。


 校舎の方からたくさんの生徒と共に、ライラとダリル、そしてマグナスがやってくるのが見えた。


「マグナスっ!」


 三人とも、カシアの姿を見て足を止めた。マグナスは、一瞬だけ目を見開いて視線を降ろす。そんな兄を見てライラが困ったように肩を竦め、ダリルに話しかけた。ダリルがマグナスの肩を二、三叩くのが見えた。そして、二人はそのままダリルの馬車に乗り込み、伯爵家の馬車の前で立ちすくむマグナスとカシアを置いて、ゆっくりと歩み去って行った。


「……体調は?」


 静かに尋ねるマグナスに、カシアは微笑んだ。


「もう平気」


「そうか。良かった」


「……」


「……」


 自分がマグナスに心を向けていることは、重々承知している。


 でも、マグナスが心を向けているのは?


 リアのことを好きなのだとカシアは思っている。でもリアは既にマグナスではない男性と婚約を決めている。


(だったら!)


 自分がマグナスを幸せにしたいのだ。マグナスには自分だけを気にかけて欲しい。マグナスが恋人のふりをしてくれていた間、自分に向けてくれていた、あの柔らかくて大きくて温かなふわふわしたものがどうしても欲しいのだ。


 カシアはマグナスの顔を見上げて、その瞳を見つめて、心臓が飛び出しそうなほどにどくどくする喉から声を振り絞った。


「マグナス、私、あなたが好きなの」






次回(6/18 17:20)、リアのお説教。

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