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第十話 リアのお説教





「マグナス、私、あなたが好きなの」


「!?」


「ごめんなさい。自分で自分の気持ちが分からなくなって。でも、気づいたの、昨晩であなたとリアが仲良さそうに話してるの見て……」


「……」


 マグナスは、目を見開いてカシアを凝視したまま微動だにしない。何も言ってくれないことに不安を覚えながらも、カシアは必死で続ける。


「もう遅いって分かってるんだけど、どうしてもこれだけは言っておきたかった。マグナスが私を好きなふりしたり、かばってくれてたの……本当に、本当に嬉しかった。重荷なんかじゃなかった!」


「カシア……」


「あなたの気持ちがいつか落ち着いたら、私があなたを好きだってこと思い出してほしい。 いつまでも私待つから! もし……うわっ!?」


 次の瞬間、マグナスに手を引かれた。伯爵家の馬車の中に閉じ込められ、背もたれに手をついたマグナスに閉じ込められたカシアは唇を、マグナスのそれで塞がれていた。


 何度も口づけられ、抱きしめられ、髪を、背中を撫でられた。今までのどんなマグナスの言葉よりも、その心を雄弁に物語っていた。


「ちょ……待って……んっ…!」


 カシアが慌てて離れようとしても力強く抱きしめられ、再び撫でられ口づけられる。


(ダメだ。このままじゃ窒息する……っ!)


「ごめん、マグナスっ!!」


 カシアは上腕二頭筋に渾身の力を込め、マグナスを思いっきり突き飛ばした。マグナスは馬車の内壁にぶつかり、カシアは馬車から飛び出した。


(マグナスが……あんなふうになるなんて……っ。密室危険!)


「ごめん、カシアっ! つい……っ!」


 慌てた様子のマグナスも馬車から降りてくる。人目があるから、抱きしめはしないけれど、カシアの手を迷子になった子が母親を見つけた時のようにしっかりと掴んでいる。


 けれど、すっかり意気消沈してしまってもいて、肩が落ちているのがおかしかった。


(そうか……この人は、こんなになるくらい、私のことを好きでいてくれたんだ……)


 そう思うと、カシアにとって、頼りになる兄の立ち位置にいたはずのマグナスが、途端に可愛く思えてくるから不思議だ。


「マグナス。少し、歩かない?」




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「ほんとごめん。我を忘れた」


 とぼとぼと歩くマグナスの白金の髪を、オレンジ色の光が明度を落としながら陽の光を当てている。馬車を先に帰し、二人は学院からの帰り道を歩いていた。


「びっくりしたよ」


「……」


「ち、違うからっ! 嫌とかじゃないからっ! そこだけは絶対!!」


 カシアの必死の訂正にマグナスはやっと相好を崩した。その笑顔を見て、カシアは笑ってしまった。どうして今までこんなにあからさまな好意を向けられていたことに気づかずにいられたのだろう。


「……マグナスって」


「ん?」


「ホントに私のこと好きなのね」


「今更っ?!」


「え?」


「僕、結構あからさまに伝えてたけど」


「え?」


「カシアは僕にとってもすごく大切な存在で幸せにしてあげたい幼馴染の女の子だって言ったよね?」


「それはライラと同じように妹みたいな私の幸せを祈る兄としての言葉かと……」


「恋人の演技をするって話も僕にとっては演技じゃない。『よろしくね、僕の恋人』って言ったでしょ?」


「それは! 演技だって前置きがあったでしょ? それで察しろってのはさすがに無理過ぎない?」


「まぁ、それは認めよう。でもその後から僕はかなり本気で君を口説き続けたつもりだ。『瞳を見ているだけで僕も幸せな気持ちになるよ』も『僕は僕のしたいことのために動いているだけだよ』も、『カシアは真っ直ぐな女性ひとだ。その清々しさに引き寄せられる男がいる』も、『すまない、ダリル。僕はカシアをどうしても諦められない』も本気の言葉だ」


「も、もういいよマグナス!」


 聞いているだけで顔から火が出て汗で制服が大変なことになりそうだ。


「僕は『カシアと結婚したい』とも言ったし、『君をずっと見てきた』とも『身体が弱いライラをみんなが特別扱いする中で、君だけは同じように僕にも心を向けてくれた。だから僕もライラを大事に想えた。君が大事にしてる相手だからだ』って言ったのも全て本気だ」


「……やだ、マグナス! 自分で言ったこと全部覚えてるわけ!?」


「当然だろう、自分の言葉には責任を持たないと」


「……っ!!」


 とんでもなく恥ずかしくなったカシアは両手で顔を覆う。



「全然、そんなつもりで聞いてなかった」


「知ってたよ。だからウィスタリアにも相談したんだ」


「!」


「カシアは思い込みで暴走するから、まずそこの情報の整理をするために、閉じ込めてでも気持ちを伝えるべきって言われてさ。そこをちょうど君に見られて、慌てて家の馬車に乗り込んでしまった」


 いつか、リアと共に笑っていたマグナスの顔を思い出した。


「あの時っ!?」


 マグナスは頷く。


「それにその時ウィスタリアに言われたんだ。『私たちお姉さま大好き過ぎる仲間ですわね』って。二人で思わず笑ってしまった」


 本当に全てカシアの誤解と早とちりと暴走だったのだ。最初から最後まで。


 自分の行動に苦笑しながら、カシアは俯く。


「私ね、リアと話してるマグナスがあまりにも楽しそうで嬉しそうだから。てっきり、リアのことを好きなのかって思って悲しくなっちゃって」


「!?」


 マグナスが立ち止まる。


「マグナス?」


「カシア……それって、嫉妬してくれたってこと?」


「……っ!」


 顔が一気に火照った。


「かわいいっ! 知ってたけどかわいいよカシア!」


道の往来だと言うのに抱きしめられる。


「マグナスっ! ダメ!」


 必死で腕を突っ張りマグナスと距離を取った。


「……どこでなら君に触れても許される?」


「今日はもうだめ!」


 カシアがマグナスの胸の中から逃げ出して走り出すのを、マグナスも笑って追いかけた。






 それから数か月後。







「お姉さま! 走っちゃダメ!」


「だって、リアが急げって言うから」


「急げとは言ったけど走れとは言ってません! 婚約式の主役のドレスが汚れたらどうするの!」


「はーい」


 白いふわりとした膝丈のドレスに身を包んだカシアが苦笑する。


 ヴァイスブルグ伯爵家の中庭で婚約式の準備を整えた皆がカシアたちを出迎えてくれた。誰も彼もが嬉しそうな顔をしてくれているのが、とんでもなく嬉しい。満面の笑みで三家族全員が待つパーティー会場に入った。


「色々あったけど、みんなが落ち着くところに落ち着いて良かったよね」


「……」


「な、なに?」


 全員の目の前で妹にジト目で睨みつけられるのは、今日の主役としては気まずい。そんな姉と姉の親友、そしてそれぞれのお相手をひとりひとりねめつけて、ウィスタリアは言った。


「そもそもお姉さまたち全員が、それぞれきちんと正しい相手に正しいタイミングでお相手に気持ちを確認していればこんなややこしいことにはならなかったんですよ!」


 四人は言うべき言葉もない。


「全くもう……ほんっと手のかかる」


 色とりどりの花が咲き誇る中庭で、幸せの真っただ中のカシアたちは、リアの辛辣な言葉に全員が吹き出した。


<了>






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