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第七話 カシア、二度目の失敗






「いいんじゃない? ただの口約束だし」


 あっさりとそう言ったのはアッシュフィールド子爵夫人。つまりカシアたちの母である。


「だな。特に誰も何も言わなかったからそんな話になってたけど、ダリルとカシアの婚約の書類を交わしてたわけではないしな」


 のんびり口調でホーエンタール子爵も笑う。


「あらあら、ということはカシアがヴァイスブルグ家に来てくれるのかしら。賑やかで良いわね!」


 ヴァイスブルグ伯爵夫妻が目を見合わせて笑った。


「え……」


 愕然とした声を上げたのは、ダリルだった。


「そ、そんなもの……?」


「なんだダリル。カシアとマグナスが想い合っているなら仕方ないだろう。馬に蹴られる気か?」


「い、いや、そんなつもりは……」


 元々親を含めて仲の良い三家だ。わざわざ王都の伯爵邸で三家の当主夫妻が揃って今後のことを話し合うという、本来いかめしくあるはずの空気感はどこにもなかった。


「あとは自分たちの未来は自分たちで決めなさい」


 そう親たちに言われ客間に残ったのは、カシアとライラ、ダリルとマグナスだった。


「……全部、私のためだったんでしょ? 私の気持ちに……気づいて……」


 沈黙が満ちる客間で、ずっと俯いていたライラが震える声で言った。


「……違うよ、自分のためだよ、ライラ」


 カシアははっきりきっぱりと言い切る。


「私が、ライラとダリルにずっと傍にいて欲しかったからだよ」


「ごめん、カシア。君に全部背負わせた」


「やだ、ダリルまで。だからっ! 私が! 自分の意思でそうしたいと思って背負ったの。もう、ライラ、泣かないでよ」


 笑んで見せるが、ライラもダリルも傷ついたような、痛みを堪えるような顔をしていた。


「……ごめんなさい」


 沈黙が、痛かった。


 自分の笑いに、誰も何も返してくれないこの空間の重みに耐えかねて、カシアは謝罪の言葉と共に身を縮めた。


(良かれと思って行動したけど、結局ライラとダリルを傷つけちゃったんだ)


 自分の膝に手を置いて、それを見つめることしかできないでいると、わずかに衣擦れの音がした。


 顔を上げると、ライラがダリルの前に立って彼を見下ろしていた。


「ね、ダリル。私たち、お膳立てされるだけじゃなくて、きちんと自分たちで話して、先のことを考えるべきじゃない?」


「!?」


「どうやらみんなに気づかれていたようだけど。私ね、ダリルのことが好き。優しくて、温かくて」


「ライラ……僕も……」


 立ち上がったダリルがライラを優しい瞳で見下ろしている。二人の視線が絡み合うのを見届けると同時に、カシアの視界がマグナスで遮られた。


「あとは二人が二人だけで話すことだよ。僕たちは退散しよう、カシア」


 差し出された大きな手に、カシアは頷いて立ち上がった。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 伯爵家の広い庭園を、言葉の少ないマグナスと二人で歩いている。


 二股作戦の時は、マグナスの口からは石鹸でも飲んでいるかのように滑らかな心地よい言葉がつるつると出てきていたというのに。


(き、気まずい……)


 自分が黙ってしまうと訪れる沈黙が居心地悪くて、カシアは他愛もないことをひたすら喋り続けていた。


「それにしても、ライラからあんな言葉がでてくるなんて、びっくりしちゃった」


「そうだね」


「ダリルも、ちゃんとビシッとライラに言ってあげているかしら」


「そうだといいね」


「お母さまたちの言葉にもびっくりしたよね」


「……前もって知らせておいたからね」


「え?」 


 驚いて足を止めたカシアにマグナスは笑みを向ける。


「僕はカシアと結婚したい。幸い、ライラがダリルのことを想っているようだ。ダリルも同じようにライラを見ているし、どうにかならないかって」


「そ、それじゃあ……これで解決だよね! ダリルとライラが一緒になる。マグナスと私の浮気は……」


「浮気じゃない」


「え……」


「カシアはダリルのこと、本当に好きだった? 家族としてじゃない。誰にも渡したくない、自分が幸せにしたいって想える相手として、君はダリルを愛していたのかい?」


 マグナスが真っ直ぐにカシアを見つめる。真剣な顔を向けている。目を逸らすことなど、出来そうになかった。


「そんなふうに想ってるわけじゃなかったよね? 君は、ライラもダリルも、そして僕のことも同じくらい同じように——家族のように好きなはずだ」


「……なんで」


「君をずっと見てきたから。身体が弱いライラをみんなが特別扱いする中で、君だけは同じように僕にも心を向けてくれた。だから僕もライラを大事に想えた。君が大事にしてる相手だからだ」


「マグ……ナス? ど、どうしたの? なんか、いつもと違う。もう演技は必要無……」


「……」


 思わず後退りしてしまったのを見たマグナスが悲しそうに目を伏せるから、カシアは慌てた。


 なぜだか、この先を聞くのが怖かった。何かが崩れてしまいそうで。


 だから、カシアは何の悪気もなく言ったのだ。


 いつか自分がライラに投げてしまった軽口の失敗を完全に忘れて。


「そ、そうだよ。もう演技はいいからさ! これでお互いを好き合ってる演技しなきゃいけない肩の重荷も降ろせるから、ホッとするよねっ!」


「……重荷……だったのかい?」


「え?」


 マグナスが、酷く打ちのめされたような表情をしているのを見て、カシアは混乱した。


「ごめん。そこまで嫌な気持ちにさせてるなんて……本当にごめん」


「待って、マグナス?」


 自分にとっての重荷の話じゃない。マグナスにとっての重荷だ。カシアを好きだ、なんていう荒唐無稽な演技が必要だったのだから。


「ごめんね。ご両親を呼んで来るよ。気をつけて帰ってね」


 マグナスは背を向けたままそう言って、茫然と手を伸ばしたままのカシアを中庭に置いて、逃げるように去って行った。







次回(6/16 17:20)、カシアの筋肉痛。

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