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第六話 マグナスの名演技






「おはよう、マグナス。今日のあなたも素敵ね」


「おはよう、カシア。君こそ今日も輝かんばかりの笑顔だね。その瞳を見ているだけで僕も幸せな気持ちになるよ」


 カシアはここ一週間毎日そうしているように、今日も婚約者のダリルよりも、親友のライラよりも先にマグナスに挨拶をした。


 マグナスは目立つ。外見も中身も彼に憧れている生徒は男女共に多い。だからこそ、彼には常に他者からの視線が注がれている。聞こえよがしなひそひそ声がカシアの耳にも入ってくる。


「最近、あのお二人の様子がおかしいけれど、どういうこと? まるで恋人の会話じゃない」


「カシア様はダリル様の婚約者よね?」


(ふふふ。良い流れだわ)


 自分が求めていた反応そのものに、カシアは嬉しくなる。こうやって、自分に落ち度があることを第三者の目に触れさせておいて、婚約解消に穏便に持っていくのだ。


「マグナス、ちょっと良いかしら? 二人だけで話したいことがあるの」


「あぁ、君の願いなら喜んで」


「お、お兄さま?」


 ライラの困惑した声に少しだけ胸が痛くなるのを感じながら、カシアはマグナスの腕に自分の腕を絡ませた。


「カシア!?」


 咎めるようなダリルの声もカシアは無視して、マグナスと共に図書館へと足を進める。


「想像よりもぐいぐい来るね。正直なところ驚いている」


 マグナスの密やかで、でも楽しげな声に、カシアはふふん、と鼻を鳴らした。


「リアに借りた参考書(恋愛小説)を読み込んだもの! 浮気男たちはこれくらい見せつけてたわ! それよりも……ライラ、大丈夫かな。マグナスに何か言ってる?」


 急に不安になる。ライラを悲しませたいわけではない。ダリルを傷つけたいわけでもないけれど、目的遂行のためなのである。


「ライラが不安そうにしていたから、カシアのことは僕に任せるように言った。ライラはそれよりもダリルのフォローをしてあげたほうが良い、ともね。大丈夫。心配することは何もないよ」


「マグナス! あなたって本当に頼りになる! そうね、ライラがダリルを慰めてくれば、ダリルはライラともっと仲良くなれるものね!」


 自分がマグナスと浮気しているかのように見せることだけに頭がいっぱいだったカシアは、心からマグナスを尊敬した。やはり頭が良い人は二手も三手も先を見ているものだ。


「僕は僕のしたいことのために動いているだけだよ」


 マグナスが、絡めたカシアの腕を緩めながら指を絡めてくる。スムーズな動きにカシアは少しだけドキリとした。


(マ、マグナス、お芝居が上手過ぎる……なら、私だって!)


 カシアはその手をぎゅっと握りしめた。驚いた顔でこちらを見つめるマグナスを見つめ返す。


「ほんと、マグナスは昔から今も変わらず、ライラと私の最高のお兄さまねっ!」


 そう言って笑っていた時。


「お姉さま、一体何を企んでおいでですか?」


 突然低い声が二人の会話に割って入る。


「リア! どうして高等部の図書館に?」


 声の方を振り返ると、ウィスタリアが困惑したような顔でこちらを見ていた。その後方でも一人の中等部らしき男子生徒が心配そうにこちらを見ている。


「もう一人のクラス委員の彼と、調べ物があって来ているのです。それよりも! 最近、お姉さまの様子がおかしいとは思っていましたが、一体何を……」


「ウィスタリア、これには深い理由がある。君の姉君が意味もなくこんなことをすると思っているのかい?」


「……」


 カシアがひとりあわあわしている間に、手をぎゅっと握ったままのマグナスが助け舟を出してくれた。


「カシアは真っ直ぐな女性ひとだ。その清々しさに引き寄せられる男がいる。それだけだよ」


「!」


 握ったままの手を持ち上げ、そっと口づけて言うものだから、やはりお芝居を見ているような心持ちになるが、それではいけない。今は自分も役者の一人なのだから。


「そ、そうなの。マグナスは私を誰よりも大切な人のように扱ってくれる。認めてくれる。そんなの初めてなの!」


 そう伝えると、ギャラリーに徹していたはずのマグナスを追いかけていた令嬢の一人も声を張り上げた。


「カシア・フォン・アッシュフィールド! あなたにはダリル・フォン・ホーエンタールという婚約者がいるのでしょう!? どうしてマグナス様のお側から離れないのよ!」


 これはチャンスかもしれない。リアだけでなく、たくさんのギャラリーの前でカシアが二股をかけていることをはっきりと皆に分かってもらうために。


 カシアは腹式呼吸で深く息を吸ってから、教科書(恋愛小説)で読んだシーンを再現した。


「だって私、ダリルよりもマグナスを好きになってしまったもの」


「……なっ!」


 弱小子爵令嬢としてあり得ない台詞を吐きながら、絶賛演技中のカシアは背中にダラダラ滝のような汗を流していた。



(いいわよ、いいわよ! これで私が二股浮気女としてダリルとの婚約を……!!)


 カシアは己の作戦が功を奏しているのを実感し、感激していた。


 ——更に。



「カシア……」


「!?」


 カシアの名前を困惑したように呼ぶ声の主に気づき、カシアは内心で勝利確信の握りこぶしをふりあげた。


「ダリル……! ライラも……!?」


 手の甲へのキスを見られた。カシアがマグナスに心惹かれているという声も聞かれた。


(これで仕込みは完成ねっ!)


 自分がマグナスを好きなのだと、マグナスと一緒にいたいのだと言えばいい。


(私がひとりで言えば、婚約者もいないマグナスは、言い寄られただけって言い逃れもできる!)


 いつ実行できるか分からないけれど、ライラとダリルが揃ったところで、いつかそう演技しよう、と脚本をマグナスと二人で書いた。マグナスも頷いてくれたのだ。


 だからタイミングは今を置いて他にはない!


 カシアが口を大きく開こうとした瞬間。


「すまない、ダリル。僕はカシアをどうしても諦められない」


「!?」


 これには、ライラたちよりもカシアが驚いた。


「マ……っ!」


 止めようとしたカシアの口ごと、顔全体をマグナスは自身の胸に抱き寄せた。


(こんなの、脚本にはなかったよ、マグナス!!)


 一気に顔に熱が上がる。この速い鼓動は自分のものかマグナスのものなのか。


「カシアとダリルの婚約について、ホーエンタール家、アッシュフィールド家、ヴァイスブルグ家で話す機会が欲しい」


 静かな図書館に満ちていたざわめきが、波を打ったように静まり返っていた。





次回(6/15 17:20)、カシア、二度目の失敗

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