第五話 カシアの作戦立案
翌日。登校したカシアに、ライラとダリルが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大丈夫なのか!? ウィスタリアから体調を崩したって聞いて……」
ダリルの心配そうな声に、カシアは満面の笑みで答える。
「大丈夫! もう治ったから」
「……カシア」
後ろめたそうなライラを、カシアは何も言わずに抱きしめた。そして耳元で小さな声で謝罪する。
「ライラ、ごめん。私、考えなしだった」
離れると、ライラは涙ぐんでいた。
「ううん。分かってくれたらいいの。これで元通りね」
そういうライラに頷き、カシアは微笑んだ。
(元通り……にはさせない。私たちの関係を、あるべき姿に正すんだよ、ライラ)
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
その日の放課後、カシアは一人で図書館にいた。
(婚約破棄って物語の中では簡単に話が進んでるけど、現実ではどう進めるのか分かってないとね)
そればかりは恋愛小説(教科書)には載っていなかったのだ。それに――。
(身体の弱いライラが辛い想いをしないで結婚生活を送るためには養子問題もはっきりさせておかなきゃいけないし!)
図書館の書架から、契約破棄、契約解消、継子問題、貴族名鑑まで取り出し、高い塀のような結界を築き上げたカシアは集中していた。
(婚約も含めてきちんと書類に残して初めて成立するわけね。……って、私とダリルのそんな書類、見た記憶ないけど、きっとお父さまとお母さまが管理なさってるよね)
(婚約破棄だと一方的に関係を断つけど解消だと双方合意のもとに進められるんだ……へぇ)
こんな感じに感心しながら読み進めていたものだから気づかなかったのだ。隣で何故か楽しそうに頬杖をついて自分を見つめているマグナスの存在に。
ぐるぎゅるう~ぐるぐぐぐ~。
静かな図書館にカシアの腹部から大音量が鳴り響いた。
「!」
慌ててお腹を押さえて周りをきょろきょろと見回した瞬間、隣でマグナスが机に突っ伏して肩を震わせていることに気づいた。
「ま、マグナスっ!? どうしたの? 大丈夫!?」
お腹の音よりもよっぽど大きな声を上げてカシアはマグナスの肩を揺すった。
「ご……ごめん、だいじょう……ぶ……」
「……もしかして、あなた私のお腹の音で笑ってる?」
「……それはともかく、勉強が一段落したなら、一緒に軽食でもどう?」
「!」
カシアが大きく首を縦に振ったのは言うまでもない。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
「で? 何をそんなに必死になっているんだい?」
マスタード風味のチキンサンドをお腹に入れて満足そうに息を吐いたカシアにマグナスが尋ねる。
「え……っと、それは……」
まだ自分の任務をおいそれと他人に知らせるわけにはいかない。しかもマグナスはライラの兄なのだ。
「契約破棄に解消、継子、爵位継承問題に国の貴族名鑑まで並べて――まるでダリルとの婚約解消を狙っているようじゃないか」
「!?」
口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになって慌てて飲み下したものの、むせてしまった。
「大丈夫?」
慌てたようにマグナスが椅子から立ち上がり、カシアに寄り添って背中を撫でてくれる。そして耳元で囁いた。
「もし、君がダリルとの婚約解消を狙っているなら協力できると思うけど?」
「……な、……なんで?」
「計画がバレバレかって? そりゃ、一昨日ライラが泣いていたのを慰めてカシアとのやり取りを聞いたから、かな? そもそもライラの気持ちもダリルの気持ちも分かっていた立場からすると、随分カシアの初動はゆっくりだなと思ってるくらいだけど?」
ぐぅの音も出ないとはこのことである。
「マグナスは全部分かってたの?」
「これでも年上で、君たちをずっと見てきたし伯爵家嫡男としては周りの状況だけで把握することは必要だし、可愛い妹には幸せになってもらいたいし、カシアは僕にとってもすごく大切な存在で幸せにしてあげたい幼馴染の女の子だからね」
「マグナス……」
カシアは言葉を詰まらせる。
「協力してくれるのねっ!」
そう叫んで隣で跪く見目麗しい貴公子の両手を握りしめ、感動のあまり叫んでいた。
「良かったぁ。私ひとりでどうしたらいいのか、本当は途方に暮れてたの」
「あ、あぁ。喜んでくれて光栄だ。そして君には伝わっていないこともよく分かった。でも……うん、任せて」
マグナスは困ったように笑って言った。じゃあ、まずは君の作戦を教えてくれる? と。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
「なるほど……」
放課後のカフェテリアで、マグナスは面白そうに口の端を上げた。
「カシアの懸念点はライラの健康問題と婚約解消の理由だね?」
頷くカシアに、美麗な伯爵家嫡男は長い足を優雅に組んで余裕たっぷりに言う。
「それについては悩む必要もないね」
「え?」
「まずひとつめ。ライラの健康問題。これはね、僕の口から言っても解決策にならないから今まで言わなかったけれど、もうライラは健康なんだ。後は気持ちの問題」
「気持ちの……?」
「病は気から、という言葉を聞いたことはあるだろう? ライラは成長して身体は少しは丈夫になった。少しくらい体調を崩しても休めば治る。寝込むほどではないんだ。だけど、本人も僕の両親も心配しすぎるんだ。ライラの体力を信じて手を離すことも大事だと主治医から言われている。後はライラの覚悟次第だ」
「……そうだったんだ」
確かにライラが冷たい風にあたってくしゃみひとつしただけでライラたちは大騒ぎだった。けれど言われてみれば、ここ数年、ライラが長期間休むことはなかった。
「もちろん、無理をしない方がいいってことは変わらない。でもそれはどこの貴族令嬢でも同じだろう?」
「そうだね」
(私は違うけど)
「それから、婚約を解消に進めるための方法。君は浮気者になればいいって言ったね」
「うん。でもそれには相手が必要だけど、その相手にも汚名を被らせることになっちゃうから……」
「それなら相手は僕にしない?」
「それはダメっ!!」
「……どうして? そんなに僕じゃ嫌?」
「そうじゃない。マグナスのこれからを汚したくない!」
その言葉を聞いた一瞬、マグナスの瞳が大きくなった。そして柔らかな笑みに変わる。
「そこは心配しなくていい。これでも僕は優秀だからね、一度の過ちぐらい、帳消しにできるだけの実績はあるつもりだよ? それこそ、カシアはどうするの?」
「え、私?」
「貴族令嬢が婚約中に浮気して、次の結婚相手を見つけられるの?」
「あ……考えてなかった」
「……っ!!? あはははっ!」
いきなりマグナスが吹き出した。その顔があまりに楽しそうで、カシアも思わずつられてしまった。
「あはははっ」
二人でひとしきり笑ってから、マグナスはテーブル越しに右手を差し出した。
「今は明言はできないけれど、カシアのこれからもちゃんと僕が考えるよ。だから、僕を二股疑惑の相手にしない?」
(私のこれから? あ、そうか。適当な結婚相手を紹介してくれるんだわ! マグナスは顔が広いものね)
「おんぶに抱っこで申し訳ないけど……お願いしてもいい?」
カシアがおずおずと手を伸ばすと、ぐっと引き寄せられて腰が椅子から浮いた。
「うん。よろしくね、僕の恋人」
至近距離で囁かれ、カシアはびっくりして固まった後、大きく頷いた。
「よろしくね、私の共犯者さん」
次回(6/14 17:20)、マグナスの名演技。




