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第三話 カシアの人間観察





「リアに宿題を出されたから、一週間ほど置物になるけど、気にしないでね」


「「は?」」


「……出来るの?」


 声を揃えて困惑顔を見せたのはライラとダリル。そして面白そうに肩を震わせながら確認してきたのはマグナスである。


 放課後、カシア、ライラ、ダリル、マグナスは馬車停めの場所まで歩いていた。


「ウィスタリアから置物になる宿題を出されたってことかい?」


「違うわ、ダリル。そういうわけじゃなくて、もっとよく見ろって。ライラとあな……」


「え? 私? 私と……穴?」


「ち、違う違う! 忘れて! 間違えただけっ!」


(さすがに観察対象に言ってはいけない内容だってことだけは分かるよ、リアっ!)


 慌てて両手と首を横にぶんぶん振って誤魔化した。


「わ、私があまりにも早とちりで思い込みが過ぎるから……そ、そう、ライラに迷惑をかけているのではないかって。だから、落ち着いて周りをよく見なさいって」


「……ウィスタリアは君のことをよく分かっているんだね」


「ダリル。それはカシアが早とちりで思い込みが過ぎていて、ライラに迷惑をかけている、というところを肯定しているに他ならないんだが」


「まぁ、お兄さま。カシアを擁護なさるのね、なら私もよ。カシアはそういうカシアだから、私も大好きなのよ。迷惑なんてとんでもない。リアにもよく言っておいて」


「ライラ……」


 親友の優しさと、そんな親友に嘘を吐いている心苦しさに、身体がむずむずした。本当にライラはカシアのことを全部認めてくれる。小さな頃から何も変わらない。そんな自分たち二人をいつもダリルとマグナスは困ったようにしつつも優しく見守ってくれていた。


(リアも合わせて、ずっとこの五人で育ってきた。この幼馴染五人組がいつか離れるなんて……、どうしても考えられない)



 そう思いながらダリルに視線を向けた。けれど、ダリルと視線は合わなかった。ダリルはライラだけを見ていた。歩いている間ずっと。


(ダリル……?)


 ライラと並んで歩いている自分もいるのに、全く視線が合わない。今まで気にしたことなかったけれど、いつもこうだったのだろうか。


「……あっ」


 ダリルに気をとられていたからなのか、足元の石畳の段差に足をとられる。身体がぐらりと傾いた。


(ライラにぶつかっちゃうっ!)


 その一瞬で出来ることは限られる。受け身をとれるようカバンを放り投げ両手を空にし、ライラとは別方向に身体を傾け、後は頭を打たないように身体を丸めて……。


 けれど、大きなものに抱き留められた。


「大丈夫かい?」


 放り投げたカシアのカバンとカシア自身を、マグナスが意外と力強く抱き留めてくれていた。


「マグナス! ごめんね。思いっきりぶつかっちゃったんじゃ……」


「問題ないよ。それより君に怪我がなくて良かった」


 ライラと同じ白金の髪を目元に流した金色の瞳が、カシアを至近距離で見つめている。


「……」


「カシア? 僕の顔に何かついてる?」


 見惚れていたのだ。年頃になってから、こんなに近くでマグナスの顔を見ることなどなかったから。


「ホントに綺麗ね!」


「え?」


「マグナスとライラが綺麗なのは知ってたけど、ホントに綺麗!!」


 心からの手放しの称賛だった。


「……カシアは本当に僕のことを意識してないね」


「……?」


「何でもない」


 何故か困ったように笑うマグナスがカシアの髪を撫でた。


「きゃーーーーっ!」


 女生徒たちの歓声に慌ててカシアはマグナスから離れて苦笑する。マグナスは目立つのだ。


「相変わらずマグナスは学院の女生徒たちから大人気ね」


「その女生徒の中にカシアがいるのなら、光栄なことだよ」


「?」


 カシアがマグナスの言葉の意味を捉えかねて首を傾げていると――。


「カシア! 大丈夫?」


 振り返ると、ライラとダリルが心配そうな顔でカシアを見ていた。その言葉にカシアはごめんごめん、と笑う。そしてダリルに目を合わせた。


「うっかり、躓いちゃって」


「怪我が無くて良かったよ」


 やさしい顔を見て苦笑していると、マグナスの声が頭の上から降ってきた。


「ごめんよ、婚約者を差し置いて僕が抱き留めてしまった」


 そう笑うマグナスの言葉に、カシアもダリルも笑った。顔を見合わせて。


「婚約者とか、あんまり意識してないもんね、私たち」


「うん」


 カシアの言葉に素直に頷くダリルに何故かヴァイスブルグ兄妹の方が眉をひそめた。


「……そういうものなのか?」


 マグナスの言葉にダリルとカシアは頷き笑った。


「そういうものよ。幼馴染でいつの間にか婚約者になってた。ダリルは大事な家族」


 カシアの言葉は何かおかしいのだろうか。美しい兄と妹の、喉にある何か小さな痛みを堪えるかのような表情が分からない。帰ったら優秀な妹に尋ねてみよう、とカシアは思うのだった。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「ってことがあったのだけど、マグナスとライラはどうしてあんな顔をしていたのかしら?」


 夜の自室。トレーニングスペースでカシアは仰向けに寝転びながら後頭部に両手を当てて、何度も起き上がる動きを繰り返していた。


「……お姉さまはその場面をご覧になって、どう思われたのですか?」


 ウィスタリアがカシアの足元に乗ったまま本を読みながら質問に質問を返してくる。


「……うーん。何か辛いことがあったのかなって。でも、ライラとマグナスにとって辛いことなんて何もなかったように思うのだけど」


「普通、その状況で辛いのはお姉さまでは?」


「なんで?」


「婚約者が自分を見ずにライラを見つめ続けているのですよ。しかもお姉さまが転んだのに助けない。マグナスがお姉さまに触れても嫉妬もしない。普通の人ならば、怒り狂います」


「……そう?」


「……」


「人を好きになるっていうのは、相手に自分だけを特別に見てもらいたい。って想うことですわ」


「……」


「な、何か?」


 腹筋して身体を起こしたままカシアは、最近急に美少女ぶりを増した妹を凝視する。


「なんか、リアが今までのリアと違う気がする」


「……そんなことありません。一般的にも知られていることですし、このような恋愛小説にだって書いてありますわ」


 そう顔を赤らめて、今まで読んでいた恋愛小説を押し付けてきた。カシアに熟読するように言い置いてウィスタリアはそそくさと部屋から出て行ってしまったけれど、カシアは登場人物紹介辺りのページで意識を手放してしまうのだった。






次回(6/12 17:20)、カシアの大反省会。

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