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第二話 カシアの暴走





(私とダリルの結婚式が終わったら、ライラが領地に帰っちゃう。それを阻止するためには……)


 カシアは帰宅するなりカバンを自室のベッドに放り投げた。心置きなく思案するために。


 まず自室のド真ん中で真っ直ぐに立って息を吐く。そして肩幅程度に両足を開き、両手を前に突き出して、息をゆっくりと吸いながら腰を落とし始めた。


(私たちの結婚式がなくなれば、ライラは王都に残る?)


 いやいや、完全に無くなってしまったら、逆に更に早く領地に引きこもってしまうかもしれない。


 膝が直角に曲がっているのを確認してから、カシアは真っ直ぐに前を見つめたまま、息を吐きながら姿勢を元に戻し、再び腰を降ろす動作を淡々と繰り返す。


 そう。スクワットである。カシアは昔から考え事をする時にはいつも筋トレを嗜む淑女であった。


 呼吸を止めないように、タイミングを意識しながら思考を沈める。


(結婚の予定だけを後にずらすのが最善?)



 夕暮れの橙色の光に照らされながら、カシアは重心を下げた身体を支えるのに震えている自身のハムストリングスを叱咤する。


「これっぽっちの回数で震えている場合じゃないでしょ!! 大腿四頭筋さんを見習いなさい! 取って替わられたらどうす……っ!」


 そこで閃いた。そうだ。取り換えれば良いのである。


「お姉さま、失礼いたします」


 その時ちょうど自室の扉がノックされ、己の自慢の出来の良い妹ウィスタリアが顔を見せたものだから、カシアはこれ幸いと大腿四頭筋の力で姿勢を戻すなり叫んだ。



「ナイスタイミング! リア!! あなた、ダリルと結婚してくれない??」


「……」


「……」


 カシアのキラキラした瞳を受け止める金色のふわふわした髪をハーフアップにした美少女が、これ以上ないくらい冷たい瞳で姉である自分を凝視してから、長い長いため息を吐いた。


「帰ってくるなり筋トレなんかしてるから、脳みそまで筋肉になってしまわれたんですのね、お姉さま。馬鹿を言うのも大概になさいま――」


「リア聞いて! ライラが私とダリルの結婚式を見届けたら領地に引きこもるなんて言い出したの! 私どうにかして引き留めようと思ったんだけど、私の代わりにリアがダリルと結婚してくれたら、リアが学院を卒業するまでまだ四年近くあるじゃない? 我ながらナイスアイデ……いったぁぁぁぁっ!!!」


 素晴らしい名案説明の途中だというのに、ウィスタリアはコツコツと足を進めて鼻息荒く話し続けるカシアの真正面まで来ると、そのままカシアの広い額を指先で弾いた。


「もう! リアってば! いくら私のオデコが広いからっていっつもオデコ攻撃してくるのやめてよぉ」


「何度言われてもこれだけは譲りませんわ。お姉さまの可愛らしいオデコは私が弾くためにあるんですのよ」


「そんな無茶苦茶な理由、あり得ないよぉ」


「お姉さまの話の方がよっぽどあり得ません。何という世迷言を……」


「でも! ライラが……!!」


 ウィスタリアは小さく息を吐くと、姉の手を握りしめた。そして、泣きそうな姉の瞳を柔らかく見つめて苦笑する。


「ライラのためにそこまで熱く考えられるお姉さまは素敵だと思います。私だって幼馴染ですもの。ライラに領地に帰ってほしくなどありませんわ」


「でしょっ!? だから私が……っ」


 言い募ろうとしたカシアの口を手で抑え、ウィスタリアは首を横に振った。


「でも、考えが足りない上にどこをどう考えたらそんな斜め上の発想に着地なさるのか分かりませんわ……って、まさかお姉さま、気づいてらっしゃらないの?」


「何ふぉ(を)?」


「ダリルとライラの気持ちですわ」


「……へ?」


 カシアのきょとん顔に、ウィスタリアは今日一番の深いため息を吐いた。



「これ以上訳の分からない作戦を考える前に、お姉さまはまず、ダリルとライラが誰を見ているのか、一週間観察してきてくださいまし。話はそれからです」


 では、と言って部屋を出ていこうとした妹にカシアは呼びかける。


「リア? 私に何か用事があったのではないの?」


「お姉さまに聞いていただきたいことがあったのですけど、今のお姉さまには何を言っても上の空になりそうなので、まずライラとダリルのことを片付けてからお話しいたしますわ。あ、そう。お菓子を作りましたの。残り物ですけどお姉さまも良かったらどうぞ」


「わ! リアの手作りクッキー!? 嬉しい!」


 しかし、何故またこんな何もイベントのない時期に?


 カシアが妹を抱きしめながらその疑問を口にすると、「そ……それはまた後日お伝えいたしますわ。」といつもハキハキ答える彼女の何となくモソモソ言う声を不思議に思いながら頷くカシアであった。






 その夜。


(いくら焦ってたからって、いきなりリアにダリルと結婚して! なんて……あれはダメだったよね)


 カシアはベッドの上で両足を大きく開いて左足側に身体を傾け、内腿の筋肉、つまり内転筋を伸ばしていた。


「いくら貴族の宿命とは言え、せめてリアには好きな人と結婚して欲しいもの。恋愛結婚って良いものだって聞くものね。ま、私には関係ない世界だけど」


 と、思ったところで、何かが引っ掛かった。


「……ライラとダリルが誰を見てるかって……どういうことだろう」


 考えてみようとしたカシアだったけれども、結局そのまま夢もみずに寝てしまうのであった。






次回、カシアの人間観察。

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