首無しの乙女
双子を介して力を与えられたジョアンナが変態していく。さらに苗床の後輩から追加の呪力を譲渡されて、女中頭は苦悶しつつ羽化を遂げた。
「廃棄を免れて劣化してもお父様の傑作。とても良質な魔偶」評した姉の上半身が急に切断され、妹の足許に転がる。
ジョアンナの両肩は赤褐色の飛膜が張った翼が生え、鋭い縁で主を意図せず裂いた。人の肌が隆起して皮が破裂し生臭い体液が飛び散るが、剝がれた外皮の下の組織が隆起し、竜に似た鱗を形成した。手足と翼の先端には竜の如き鉤爪が生えた。口元の露骨な敵意は、悪魔のような牙を鳴らす。
「はやく起きて、リア」妹が片割れの胴体を繋げると、
「ありがとう、ノラ」即座に喋り出して蘇生した。
不死者。
「ジョアンナは進化したみたいよ」エレノアの共有。
「目覚めたら魔界の客人がいるなんて! お父様は凄腕の人形師だわ!」オリアナの感服。
狂化されたジョアンナの猛襲をジョセフィア・メイヴァーで受け止め、ロベリアは愛用刀にさらなる魔力を込めて、踏み込んだ。「──風刃斬」風の刃を刀に乗せて、斬れ味と速度を上げた一閃。決死の一撃は、確かにジョアンナの胴体を斬り裂いて両断した。
だが、しかし。
翼で羽ばたいていたジョアンナの上半身は、僅かな間だけ斃れなかった。彼女は息絶えて堕ちる前に、竜擬きの湾曲した爪をロベリアの首に食い込ませて、力の限り引き裂いた。
ロベリアは首を落とされた。死んだジョアンナと同時に、赤い絨毯に転がり落ちて、その色を黒く染めた。
「………………嘘、です……わ」彼女は──ロベリアは呟いた。首無し少女の身体ごとではなく頭部だけが──生きていた。
生まれて初めて首を刎ねられたのだから、生きていることに驚いた。突然の状況に驚愕し、呆然とし、恐れ慄いた。
喉を潰されたのに明瞭な声が出せる。夥しい血が流れているのに意識が明晰なままでいる。頭を捥がれたのに双子のはしゃぎ声が聴こえる。いつまで経っても死ねない!
これでは、お兄様が殺しきれなかった魔女と同じですわ。
「致命傷を受けたのは初めてなのかしら?」オリアナが首元にしゃがみ込んで両膝をついた。ロベリアの顳顬を触って絨毯からの位置をずらし、反対方向から目を合わせる。覗き込んで。「女神の愛し子。不死者とは根本的に性質が違った、死の理から外れた存在。美の癒し手の受け皿」
「それでも老衰では死ぬわよ」エレノアが姉の隣に同じように両膝を揃えて座る。ロベリアに話しかけている。「とはいっても、愛し子は常に健康で只の人間より遥かに長寿だから、百年くらいは若さを保って瑞々しく暮らせるけれど。でもその頃にはお役目を課された新しい娘が生まれてくるから……」
「死なないから、殺すつもりで攻撃しても簡単に生け捕りに出来たわね! 延命魔法を使う必要もないわ」
「リア。それでも胴体は繋げないと。もしも女中の下半身と間違えて廃棄したら、野犬に犯されるかもしれないわ。そうすればメリオランテ様は激怒するでしょうね。勿論ヘランハルメ様も。そしてお父様が」
「そうね、ノラ。だけど私たちは治癒魔法が苦手だわ。この子は自棄になって、死ぬことを諦めないかもしれないわ」
「大丈夫よ」エレノアが、ロベリアの右手を引っ張って首から下の身体を引き摺ってきた。「頭の切り口をこっちに繋げて。向きを間違えないようにしてね」
ぶちゅん、と肉と肉がぶつかる音。そして脊柱と首の骨が触れて、ロベリアの体内で鳴った。するとロベリアの意思を無視して──彼女が身体を治そうとする意識を遮って、それよりも素早く身体が、再生を完了した。一瞬の出来事だった。ロベリアが普段使い慣れている治癒魔法の回復速度を遥かに凌駕する、己の身体そのものに刻まれた仕組みが働いて、彼女は五体満足に戻った。
だけど心は置いて行かれて、全快した身体を動かして双子を仕留めようと反応するのに普段の戦闘に比べればかなりの時間を要した。それこそ致命的な。
その間にオリアナはロベリアに麻痺を施した。
その間にエレノアはロベリアに催眠魔法をもう一度加えた。
そして、ロベリアは再び眼を閉じた。永遠の眠りではなく、限られた暗闇へと。




