仕込まれた罠
目覚めた瞬間に違和感を察したロベリアは、肌が粟立つ。尻に冷たさを感じて、自分が寝小便を垂れていることに驚いた。初出陣より遥か以前にしていた粗相を再体験して現実を疑う。夕食でワインを飲み過ぎたとはいえ、普段ならこれほどの失敗をするはずがない。だが、気怠さや疲労からかなり長い時間昏昏と眠り続けていた実感があった。用を足すために起きることもなかったほどに。
腹が減っていた。最後の食事から丸一日ほどは経っている感覚がする。そしてロベリアは、己の身体に別人の魔力が染み込んでいるのを理解した。
私は魔法で眠らされたのね。
それも、かなり強力な催眠魔法が施されている。常人なら七日は眠り続けるほどの。しかしその行為は、ヘイムダルに供された晩餐に仕掛けられたものではないだろう、と彼女は予想する。潤沢な魔力が悪意を持って料理に含まれていたら、口に運ばずとも絶対に気づく。おそらく魔牛かワインに加えられたのは、遅効性の眠り粉だ。そして真夜中に、客人が寝室で目蓋をおろした後で、さらに術をかけたのだ。
だが、ロベリアは彼らの予想よりも早く目覚めた。彼女は二年前から、眠りの魔法に耐性があった。
父が戦士した場所から仲間と敗走していたとき、馬に乗ったロベリアが背負い、失神していた兄を庇ったリディア・ムーア。
私が手綱捌きに慣れていれば……。
彼女の死に、ロベリアは罪悪感で眠れなくなり、毎晩兄の病床の隣で自分に催眠魔法をかけていた。しかし、やがて少しずつ効果は薄れ、意味を成さず、今度は酒に逃げるようになったのだ。
武器は盗まれていなかった。ジョセフィア・メイヴァーを腰に差す。肌着を着替える余裕はない。扉を開けて隣の兄の部屋へ。
「おはようございます。ロベリア様」部屋の前で女中が待ち構えていた。握ったナイフをみぞおちと垂直に構えて、突っ込んできた。
ロベリアは左手でナイフを捌き、軌道を逸らすと、右手で刀を抜いて一閃した。
女中の首が飛んだ瞬間、彼女の頭部が発火した。
炸裂。しかし爆撃は、ロベリアが女中の頭部を球状に展開した魔法壁で包み込んだ内側でのみ燃え盛り、衝撃波も完全に閉じ込めていた。ドモンジョ狩りを経て、自ら編み出して身体に仕込んでいた防御術式。
「ロベリア様」新たに現れたのは十人の女中たち。彼女らも全員ナイフを手にしていた。
そして皆が一斉に構え、自害した。己の首に突き刺して、倒れ、死体の山が出来上がる。
すぐさまロベリアは分厚い魔法壁を展開した。だが、最初の女中を除いた屍はいつまでも弾けなかった。
そこへ、
「お疲れ様でした」女中頭ジョアンナが階段を上って姿を見せた。「モーリ。ジューン。ビアード。フィービー。クレーヴ。ソンダース。モーエル。クレーム。マーキャ。ホール。そしてビアトリクス」
悼む女の後ろから、さらにふたつの声が聞こえる。
「気にすることはないわ、ジョアンナ。この子らはあなたの糧となる」闇に光る碧眼。オリアナ。
「心配しないで、ジョアンナ。私たちが今から、あなたに力を集めてあげる」隣に並ぶ金目銀目。エレノア。
「瘴気」双子が同時に唱えた。すると死体から禍々しい呪力が立ちのぼり、ジョアンナの許へと集まっていった。
配下の魔性を発現させる能力? ロベリアが素早く分析すると同時に、ヘイムダル邸の女中頭は全身を震わせた。すると、彼女の美しい顔の皮膚がぼろぼろと崩れていく。
ロベリアは今更ながら気がついた。彼女は──この屋敷の女中たちは、純粋な人間ではない。




