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竜の姫君と巫女  作者: 剣持真尋


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百年の操

 懐かしい顔が一人もいなかった。ミリーが子を奪われて半年後、寒空を通って移動した場所は、変わらず静謐で、清潔であり質素。そして居住者の放つ清貧さで充満している。《壺》に帰属する乙女たちは皆美しく、若々しい。かつて妻帯者のヘランハルメにも視覚的な喜びをもたらしてくれた年頃の処女たちは、全員がこの世から離脱しているはずだ。寿命が尽きるはるか以前に、女神メリオランテの生贄となって。


「どちら様でしょうか?」


 当代の献身者である乙女の一人が、入り込んだヘランハルメ一行に振り向いて問うた。彼が目を留めるとコリオリカと同年代の美少女だ。同性愛者の伝承がある癒やしの神に奉仕していなければ、妻にして子どもを産ませたいと思うほどに身体つきも好みだ。


「君の名前はタルラだね。僕は大魔術師のヘランハルメだ。女神への供物を持参した。門を開けてくれ」精神侵入サイコリクトで彼女の記憶を啜りながら言葉を交わす。


「ヘランハルメ様……」


「そうだ。メリオランテの御座に参じたい」


「幾星霜を経て、お越しになったのですね」


 我が子の復活を願ったときのことは、伝えられているようだ。ギルドの来客として認められて、地下通路の入り口へ導かれる。


「《ヴァルキュリアの壺》は秘密性の高い、癒やしの女神様の奉仕団体。ヤスミンの冒険者ギルドが対応しきれない依頼を都市から要請されない限り、表での活動はありません」


「百年ぶりのお役目かい?」


「門の解錠なら、メンバー以外の通過者はヘランハルメ様だけでした」


「光栄と受け取ろう」


 朱い門の前で立ち止まりタルラに鍵を挿入させる。死者を蘇生する権能を持つ女神が祀られている神殿へ到達するための通路だ。最奥にある泉水に供物を沈めれば、メリオランテと接触できる。


「お気をつけて」門を開けると乙女は入り口で待機した。


 ヘランハルメは聖域に足を踏み入れて、女神の部屋への通り道を進んだ。


「お師匠様、私たちもメリオランテに拝謁してよろしいのですか?」


「君の指摘を事前に考慮すべきだったね。普段は乙女専用の通り道だけれど、僕の従者なら赦されるだろう」


 壁龕に据えられた角灯が、神殿の闇を優しく溶かしていた。前方に浮かび上がる人影に気がついたヘランハルメが、見覚えのある整った顔に話しかける。「やあ、また会えたね。グラディス」


不死者リッチがまたもや、我等の魅惑の淑女を求めて此処へ来たのか」美少女に変身トランスしている不定形生物スライムはギルドメンバーの生娘たちと同じく「壺」の地下施設を護持しているが、彼女は聖域の防衛と廃棄の一翼を担っている。すなわち侵入者の排除と死体の処理だ。「ヘランハルメ。その娘は誰だ? なぜ内側に居る?」


「僕の付き人さ。魔術師らしく弟子を取ったのでね」


「ミンツェと申します」


 随行者の彼女は深く頭を下げたが、グラディスは無視した。再来した一時の客人が従えている他の者を見つめた。


「この青年は僕がメジンバーから連れてきた商人の息子だ。名はカイル・バレット。そして彼の女中のコリオリカ」ヘランハルメが紹介した。


「祈る者以外の異物は赦されない。だが良質な贈り物をすれば、メリオランテは随従を殺しはしないだろう」


「それは安心だ」長命の大魔術師は、小娘コリオリカの内心を探った。純白のローブに身を包むモンスターが人語を解する、さらには魔法によって姿を変じた状態であることには気づかない。門の案内者タルラと同輩に見える女の子が、自身が仕える主人や令息の上位者にも不遜な態度を取っている様子に驚いていた。私の知らない神様は、礼儀を欠けば命を脅かすというの? 贈り物って何かしら? ヘランハルメ様が用意した供物を捧げるみたい。きっと貴重なものだわ。彼がなぜこの場所を訪れたのかわからないけれど。


 ヘランハルメに尻を向けるグラディスの後ろを、弟子と名付け子とその女中を引き連れて付いて行く。通廊を進むと、ついに空間が開けて、秘密の場所の最奥に到達した。


 円の部屋。中央に蒼白く光る泉水が在り、その中心の水面に輝くオリカルカムの結晶が直立していた。水や空に浮いているわけではない。人の背丈ほどの巨大な六角柱の底面が聖漿の表面に着いて、安定して支えられている。


「おお……」コリオリカが感嘆のため息を漏らす。


 百年後も色褪せない宝石の灯りに、さすがのヘランハルメも息を呑む。


「懐かしい男の子が来てくれたわ」蒼い結晶から麗しい、若き女性の声が響いた。「もう一度、私を必要としてくれたのね、ヘランハルメ?」


「メリオランテ……」彼は心を込めて深く頭を垂れた。「長年、あなたと再び愛し合うことを、僕は望んでいた」

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