エルムの幕
お気に入りの女中と久しぶりの情熱的な夜を過ごしたあと、起床したヘランハルメは湯浴みと朝食を済ませ、ヤスミンへ同行させる者を庭へ集めた。ヘイムダル邸からは息子のカイルと少女のコリオリカが付き従う。浮遊魔法で移動するつもりなのに、ヘイムダルは馬車を用意していた。ヘランハルメが退けて御者の代わりに若くて器量の良い女中を選んだ。
昨夜ミンツェがルークに抱かれたことは千里眼で知っていた。彼女は満ち足りた顔つきに変化していた。若きカイルは美男子で体格も良く、読心術で覗くとコリオリカはときめいていたが、我が教え子は彼の容姿に全く感心を示していなかった。彼女の心は腕利きの剣士に掴まれているようだ。
見送りに来たヘイムダルは息子に言葉をかけた。「しっかりと、ヘランハルメ様のお役に立つのだぞ」
「ああ、もちろん。心配しないでくれ、親父」カイルは父親と抱き合って別れを告げた。「妹たちの面倒を頼むよ」
自分と弟子とヘイムダルの家族を浮遊させ、ヘランハルメはメジンバーを発った。コリオリカは上空の飛行に取り乱して叫んだが、カイルが手を繋いでやり、静めると、彼の腕にしがみついた。
「きゃあ、怖い!」僅かな水滴が落下した。
正午過ぎには、広大な海に浮かぶ大型の商船と小さな漁船団が見えた。
「これが、海……。綺麗」コリオリカが生まれて初めての光景を目にして感嘆の声を上げた。
「では降りようか」ヤスミンの領域に入り、ヘランハルメは浮遊魔法を着陸に合わせて解除した。「カイル」
「《ヴァルキュリアの壺》へご案内します。街の中心地にギルドの門があります」
ヘランハルメは都市ギルドへの路を知らなかった。百年前の記憶を街の景色に重ねてみても、かつての面影は発見できなかった。都市の発達とともに様変わりした露店通りを抜け出して裏路地へ踏み入れると、見覚えのある白亜の建物がひそやかに佇んでいた。
カイルが一歩前に出て、両手で重い鉄環を引いた。遠慮がちに軋む木製の扉を、ヘランハルメがくぐる。息を潜めたような音はまるで、顔の整った瑞々しい娘を、彼自身が開拓するときの手応えのようで、一匙の背徳とともに生涯二度目の侵入を果たした。




