第14話 継母
ここで問題がある。
私はいつもの様に自分に都合の悪いことは相手に伝えない悪癖をこじらせていた。
つまり、アルバートに魔王の話ができていない。
さすがに一緒に旅をするならいつか言わなければならない。
だけど、家に帰ってきた私にアルバートはなぜか優しくて……私はさらに言えなくなった。
「スカーレット今日はお前が好きだった菓子を買って来たんだ。稽古の後で一緒にお茶にしよう?」
昔の様に私の頭を撫でて、アルバートはにこにこと笑った。
一時期、鬼の様な形相で私の事を打ち据えていた人間とは思えない。
稽古も2人とも冷静であれば、ほとんど互角に打ち合える様になり、お互いに注意すべき点をいい合って充実した稽古ができている。
稽古を終えて、メイドが入れたお茶をアルバートの部屋のソファで飲んでいた。
そして違和感の正体に一つ気がついた。
「お兄様」
私が呼び掛けると隣に座っていたアルバートは、カップを置いて私を見た。
「名前で呼んで欲しいと言ってもなかなかなおらないね?」
アルバートは首を傾げた。
ブロンドの長めの前髪がサラサラと流れ落ち、ブルーの目に影をつくる。
私が謝ると兄は笑った。
「スカーレットは仕方ないな……」
そして頭を撫でられた。
こうして微笑んでいれば、昔大好きだったかっこよくて強いお兄様だ。
稽古の後で汗を流したに違いない、微かに石鹸の匂いがする。
私はなぜかそんな兄にどきどきさせられながら聞いた。
「お義母様は今はご旅行ですか?」
継母はあまり家に居る人ではなかった。
買い物だ旅行だと出歩いている人で、たまに家に居ると私やエリーゼに嫌みを言い捨て、そして兄ともよくケンカをしていた。
つまり、兄がこんなに機嫌がいいのも継母が旅行で不在だからだと思い至ったのだ。
兄の目が一瞬剣呑にすがめられた。
やはり1年で継母までもが、変わるなんて事はないらしい。
「母は再婚して出ていったよ?」
「再婚?」
私は驚いた。
確かに継母は容姿は美しかったが……父が居る間は父に冷遇されていたせいか、暗く覇気のない女性だった。
そして、父が亡くなってからは突然派手になり、自由に振るまっていた。
もともと父の目的は妻ではなく、剣の才能のある後継ぎであるアルバートだったのだ。
継母は父にとっておまけでしかなかった。
家の人間は皆それを知っている。
父が亡くなって、やっと自由になれたのに再婚を選択するなんて……よっぽどよい人に巡り会ったのか……。
兄はカップを手に取って口をつける。
「母もエリーゼもちょうど家から居なくなって、寂しくなったところにスカーレットが帰って来てくれて嬉しいよ。」
確かにこの広い屋敷に独りで居るのは寂しい。
だから兄は私に優しくするのだ。
私は納得した。
「このお菓子スカーレットが好きだっただろう?」
騎士団の近くにある焼き菓子のお店のお菓子だ。
「わぁ。おにいさ……アルバートありがとう。」
やっぱりお兄様といい掛けて慌てて名前を呼ぶ。
「このお菓子、師団長がよく私に下さって……」
騎士団に女性がほとんどいなかったせいか、私は周りから甘やかされていた。
何か失敗して落ち込んでいると、師団長がこのお菓子をくれた。
私は家に居場所が無かったせいもあり、甘やかしてくれる騎士団は私の癒しの場所だったのだ。
兄はお菓子を一つ手に取ると私の口に放り込んだ。
「騎士団はもう退団したことになっている。1年も不在だったのだから仕方がないよね?」
私は口の中のお菓子をもぐもぐしながら頷いた。
1年前は兄に騎士団の退団をせまられても、絶対に辞めたくなかったが……今はアルバートと充実した訓練ができるのでそこまで辛く感じなかった。
そのうち挨拶には行きたいが、隣の国から戻ってからでいいだろう。
「スカーレットと同じ師団にいた男爵家の次男が居ただろう?」
その人は、私が一番仲が良かった人だ。
私は頷く。
「エリーゼはあの男と結婚したんだよ」
なぜかアルバートの言い方に含みを感じたが……。
階級が下がる男爵家に妹が嫁ぐことをアルバートが許した事の方が不思議だった。
結婚しろと言うわりに、私の婚約には色々な難癖をつけていた覚えがあった……。
だか、エリーゼが幸せなら私は良かった。
「彼はとてもいい人なので、エリーゼは幸せですね?」
私は喜んだ。
彼ならばエリーゼを幸せにしてくれるに違いない。
顔は地味だが、誠実で穏やかでいつも私を気づかってくれていた。
私はいつも結婚するなら彼の様な男性が理想だと思っていた。
「そうだな。もう少し、落ち着いたらお祝いに行けばいい。今はまだ嫁いだばかりで、エリーゼもいろいろ大変だろうから」
アルバートは一年前は、私には理由が理解できないことで、突然怒りだす時があった。
だが、継母が居なければ兄は心穏やかに過ごせるらしい。
きっと継母がアルバートにとって一番ストレスだったのだ。
今の兄なら結婚してもいいかもしれない。




